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最終話「ディアドラは愛に縛られない」

 俺を乗せたバイクは銀狼の施設の前で止まった。

 前を歩くリリーナは花を片手に無言で地下への階段を下りていく。ついていった先にあるのは一つの扉。厳重にロックされたそれを開けた時、俺の目の前に広がったのは奇妙な光景だった。

 ここは紛れもない殺風景な地下室だ。だけど、一本の小さな木が生えていた。水も土もないのに、それは枝を伸ばし小さな葉をつけている。

 木の根元には花が大量に飾ってあった。それはまるで祭壇のようだった。

 茫然とする俺の前でリリーナは、まるで慈しむように木に触れると持ち込んだ「プリムローズ」の花をそこに添えた。


「……なぁ、リリーナ。これ何なんだ?」


「ティナだ」


 その言葉に全身がビクッと震えた。

 彼女の言っている意味が理解できないのもある。あの死んだティナがこんな所で木になっているわけがない。それに急性ストレス障害を乗り切ったとはいえ、あの惨劇を忘れたわけじゃないから。

 

 目を瞑る。今でも脳裏にはティナの笑顔が見える。

 以前の俺なら血みどろの惨劇に切り替わった。どう足掻いても首のないティナから逃げることはできなかった。

 だけど、今なら彼女の笑顔だけ思い浮かべる事ができる。彼女が助けてくれたこの命を使って前に踏み出す事ができる。

 大丈夫だ。俺はもう真実と向き合えるはずだ。


「リリーナ。今なら会える。そう言ったよな。すべて話してくれ」


「この木の根元にはティナの首がある。彼女が自殺した時、私が斬り落としてシオンの魂を魂縛した。そして、ここに安置したんだ」


 忘れもしない十二月二十六日。ティナのコールドスリープ実施の日。

 ティナが自殺したその時、リリーナは俺を部屋から追い出した。俺は彼女が自殺したショックで茫然としていて記憶も曖昧だけど、リリーナの衣服の惨状と血のついたクーラーボックスだけははっきりと覚えている。そして、その中に入っているものも予想できていた。

 彼女はずっとここで俺を見守っていたのか。

 

「その後、クーラーボックスから芽が出た。原因はさっぱりわからない。肥料も当然、水さえ与えていない。だけど、まるでティナの生まれ変わりのように、この木は育ち続けている」


 太陽の光さえない地下室でその葉は輝いていた。ティナの笑顔のように。

 こうして木と向き合っていると、まるでそこに彼女が立っているような錯覚さえ感じた。


「映司。ディアドラという悲劇のヒロインを知っているか?」


「ごめん。知らない」


「ケルト神話に登場するディアドラは金髪と翠眼を持つ美しい女性だった。彼女はある男性と恋に落ち、駆け落ちするが男性を殺され、さらにその仇ともいうべき男達に嘲笑された結果、馬車から飛び降りて自殺した」


「そう……なんだ」


「ディアドラは愛に縛られた。その男性への想いが強すぎたため、王の下での生活にも満足せず、愛するがゆえに嘲笑され、愛するがゆえに死を選んだ」


 リリーナは木を見つめた。やわらかく煌めくサファイアの瞳はまるでティナを見ているかのようだった。

 慈愛に満ちた視線の先で彼女の言葉は俺に、そして、目の前で佇む木となったティナに注がれた。


「ティナは違う。君への想いを抱きながら、それでも助けるために想いも命も愛も捨てた。ティナは愛に縛られなかったんだ」


 俺はリリーナの言葉の余韻を噛みしめながら、そっと木に触れた。目をつぶると頭の中にティナの感情が流れ込んでくる。


 服を買ってもらえて本当に嬉しかったこと。

 俺やリリーナとの生活が本当に楽しかったこと。

 孤独ではない夜がとても暖かかったこと。

 恋人岬で俺がキスしようとしていたのを受け入れていたこと。

 たとえ俺がリリーナを選んだとしてもずっとそばにいたかったこと。

 俺に刻印をつけた死神の依代だと知って悲しかったこと。

 死んででも俺を守りたかったこと。

 そして、俺とリリーナが大好きだったこと。


 浮かび上がるのは、ティナが見せた最後の微笑み。そして、あの言葉だった。


『生きて。あなたの幸せを』


 目を開けて。まるでそこにティナがいるかのように木に語り掛ける。


「君のおかげで刻印は消えたよ。死神の呪縛から解放されたんだ。……俺さ。心理学の大学行って探偵やろうかと思うんだ。君とのきっかけになったノート、知ってるだろ? あれを書いた親父が探偵やっててさ。跡を継ごうかと思うんだ。君のことは忘れない。忘れてほしいって言ってたけど、やっぱり無理だよ。だけど、前を向いて生きていくよ。リリーナと一緒に」


 木から手を離すと俺は笑顔を形作った。

 あのカプセルの中にいるティナに向けた悲しみに満ちたものではなく、彼女が喜べるような優しい笑顔を。


「君に会えて本当に良かったよ」








 数年後。

 椋見市内のとある建物の中が騒がしくなっていた。

 引っ越し業者が行き来し、俺もリリーナも開設の準備に忙しい。時より赤坂さんが顔を出してたけど「仕事の斡旋はもちろんするんだろうな」とリリーナに詰め寄られて涼しい顔をしながら受け流していた。

 その後初めて知ったけど、親父である「佐久間裕司」と赤坂さんは実は知り合いらしい。世の中、本当に狭いなと感じた瞬間だった。何も言わないけど、もしかしたら赤坂さんは最初から俺の事を知っていたのかもしれない。リリーナには言ってないようだけど俺にだけこっそりと「君にもできそうな仕事は回すよ」と微笑んでくれた。

 

 俺は大学を卒業後、親父が経営していた「佐久間探偵事務所」を復活させた。

 ノウハウも何もない白紙からのスタート。たぶんいろんな人間に迷惑をかけるだろうし、助けられる事も多いと思う。不安もある。

 だけど助けられたぶんだけ助けようと思った。何といっても俺がここに立っている事自体がティナの救いによるものだから。

 彼女の言葉を俺は実現していこうと思う。俺自身の幸せを生きる事を。


 新しくリフォームした事務所の前に立つ。そして二人で「佐久間探偵事務所」の看板を見上げた。

 その時、隣に立つリリーナの手をぎゅっと握る。

 彼女の左手薬指には、髪の色と同じ銀色の指輪が輝いていた。


 「ディアドラは愛に縛られない」を最後までお読みいただきありがとうございます。

 ここではあとがきとして、物語の中では語れなかった事や、作者の想いを綴っていきたいと思います。

 

 まず原作となる「ベレオネッタ」の話からいきます。

 この「ディアドラは愛に縛られない」は作者の処女作である「ベレオネッタ」のリメイク作品です。ベレオネッタは小説家になろうに登録した際、最初に公開した作品で、一人で黙々と執筆して校正の後に仕上がった作品を投稿したものでした。特に元ネタもなく頭に浮かんだキャラクターで、筆が思うがままに書き綴った作品でした。ここから生まれたキャラクターである「リリーナ・シルフィリア」と「シオン」がメインとなって「シルフィリアシリーズ」として、「死世界のシルフィリア」やその過去を描いた「マリアは転生者を皆殺しにしたい」へと続いていきました。そういう意味では、この作品があったからこそ今まで執筆できていたと言えます。

 

 原作では佐久間映司の刻印が消えたシーンや、ティナが死んだ後の話はありませんでした。元々、構想にあった後日談を今作で公開できたといった次第です。


 「ディアドラは愛に縛られない」は、ここまで読まれた読者の方ならわかると思いますが、残酷な悲劇です。

 胸キュンものはあまり得意ではないというのもありますが、作者自身、悲劇が好きなもので。抗えない死とそれを命を賭けて救おうとするヒロインを描きたく筆を取り、この作品を書き切りました。なろう向きではありませんし、人を選ぶとは思いますが、そういった悲しい話が好きな方に届けば幸いです。


 それではまた別な作品でお会いしましょう。

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