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第64話「再生」

 ずっと心の中は暗闇に包まれていた。

 ぼんやりとその中に金色に光る天使がいて。だけど、彼女はいつも可憐な微笑みをみせた後、目の前で首が転がって落ちた。そして、そのままゾンビ映画のように両手を突き出して俺に近づいてきて、頭の中に直接、囁くんだ。


『なんで、わたしを、選ばなかったんですか』


 毎晩、毎晩、彼女は現れた。

 毎晩、毎晩、彼女はコールドスリープのカプセルの中で自殺した。眉間にデリンジャーを突き付けて、俺の目の前で血しぶきを撒き散らして死んだ。


 ベッドに入って目を瞑ると彼女の姿が見えた。その笑顔が浮かんで。その綺麗な声が聞こえて。そんな彼女との生活が脳内で再現されて。そして、すべてが血に濡れて砕け散った。

 彼女はもうこの世にはいない。その事実から目を背けたくても体が反応した。まるで布団の中が極寒の監獄のように寒くて。全身がガタガタと震えた。

 恐ろしくなった。彼女のいない世界が。ティナの温かさを求めても、決して手に入らない世界が。


 こうなることはわかっていた。だけど受け入れられなかった。

 ティナは死んだ。だけど受け入れられなかった。

 ぬくもりが欲しかった。あるはずのない彼女の温もりを。


 

 だけど。

 常に俺の背中には、別の温もりがあった。それがこの極寒の世界で、たった一つだけの種火だった。

 いつも彼女がいた。常にリリーナが寄り添っていた。

 彼女は無言だった。ただ優しく包み込むように俺を背中から抱きしめた。まるでティナの代わりに俺にぬくもりを与えるために。


 それは長い時間の中で俺の心に到達した。

 リリーナの体から伝わる熱は、俺の時間が止った心臓を再び動かした。氷壁を溶かして殻を破って、その中で縮こまる俺へ手を差し伸べた。

 そこにいる彼女は、常に俺を助けてくれたあの女神そのものだった。


 俺はリリーナと共に生きることを選んだ。

 ティナを失った傷は決して癒えない。だけど、同じ傷を持つ彼女となら、一緒に生きていける。そう思えた。

 そして、ベッドの中でリリーナを抱きしめて眠ったその翌日。まだ寝ている彼女を残して俺は洗面台の前に立った。

 

 思わず泣きそうになった。

 それをぐっとこらえて。心の中で何度もティナに「ありがとう」って繰り返した。そして、少し溢れた涙を払って、最もこの事実を先に伝えなければならない存在へ俺は声を張り上げた。


「リリーナ! 刻印が……!」


 俺の頭上に浮かんでいた残り日数をしめす数字。死神シオン・デスサイズに刻まれた死への宣告。

 それが、跡形もなく消え去っていた。



 ◇ ◇ ◇



 冬休みが明けて。

 高校を卒業したら、俺は親父の跡を継ぐことを決めた。

 父親「佐久間裕司」は探偵だった。その時、使用していた佐久間探偵事務所は今でもこの椋見市に眠っている。鍵は実家のおばあちゃんが持っていた。

 その決断をしたのはリリーナにも要因がある。以前いた世界での魔法がほとんど使えない彼女は、探索魔法だけは従来通り使えるとのことで。それが探偵業に役に立つのと、彼女の言うには俺に秘められた「霊的素質」は、勘という形で捜査に役立つらしい。

 それに死神の体となった俺の母親、シオン・イティネルもそうやって親父を助けていたらしい。同じ未来を歩む必要はないけど、せっかく遺してくれた遺産を活用しようと思った。


 学校で会うたびに陰りのある表情をみせていた京子は、何か言いたそうに俺を見つめることが多かった。

 家に来て家事をする事も全くしなくなった。話を聞くと彼女は医師を目指していて、アメリカへ留学するつもりらしい。その勉強で忙しくて、俺に構っている余裕がなくなったようだ。

 留学となるとしばらく日本には戻れないらしい。寂しくないのかと訊いたら「あんたを見たら決心がついた」と言われた。

 その時の京子の表情は寂しげで、だけど強い意思を感じた。彼女の言葉の意味を俺ははっきりと理解しているわけじゃない。ただ少なからずその言葉で京子の存在を遠く感じた。ずっと一緒だった幼馴染が突然、知って間もない女の人になった気分だった。


 いずれは別れるかもしれない。遅かれ早かれこうなる結末だったと思う。

 京子も同じ気持ちなのか、それ以上は何も言わなかった。ただ「手紙は書くよ」とだけ言い微笑むと、「あの銀髪チビによろしく」と囁いて俺の前から姿を消した。



 そして、三月一日。佐久間高等学校卒業式の日。

 教室へ入った俺を見るなり、京子が大泣きした。他のクラスメイトのざわつく視線をもろともせず、ずっと泣き続けた。

 そんな彼女を見て俺は理解した。きっと京子は「刻印」のことを知っている。おそらく教えたのはリリーナだ。どのタイミングかはわからないけど、あの二人の妙な繋がりは俺をめぐる協力関係から来ていたんだ。

 刻印を知っているのなら、この卒業式の日に俺がここにくるかどうか不安で仕方なかったんだと思う。でもこうして俺と会って、生きていることを知って。それで大泣きしているんだ。


 俺は、大粒の涙を流す彼女に微笑むと、「もう大丈夫だ」とだけ言った。色々な意味を込めたその言葉に彼女は頷くと涙を払って笑顔を見せた。


 卒業式が終わって。卒業証書を手に学校を一目見て。

 京子とこうして校門を歩くのも最後になる。そんな感慨深さを胸に秘めながら、これからのことに思いを馳せているその時、バイクのエンジン音が耳に響いた。

 黒い大きなバイクに小さな女の子が跨っている。水色のパーカーを羽織った彼女はフルフェイスヘルメットで素顔は見えない。

 女の子は俺と京子の前にバイクを止めた。そして、いきなり俺にヘルメットを投げつけると、自分のそれを脱ぐ。そこから溢れるのは銀色の髪。そして、宝石のようにきらめくサファイアの瞳。


「……お前、なにしてんの!?」


「いいから早く乗れ。怪物がくるぞ」


 リリーナのその声に反応するかのように、遠くから雄たけびが聞こえる。図太い野獣のような咆哮はどんどん俺達に近づいてきた。

 そして、それが筋骨隆々のエプロン姿の大男だと気が付くのに、そんな時間はかからなかった。


「リリーナちゅああああああん! バイク取ったらダメよ!! ダメ!! また壊すでしょおおおおがああああああっ! 返しなさああああああああああああああああああああああいいいい!!」


「あれ……天城さんか!? クラシオンからここまで走ってきたのかよ!?」


「奴の体力はドラゴンクラスだ。地の果てまでも追ってくるぞ。さっさと乗れ」


 リリーナの鬼気迫る圧力に押され、俺はバイクの後部座席に座った。ヘルメットをかぶると同時にバイクのエンジンが唸りを上げる。

 チラリと京子へ視線を移すと、彼女は動じることもなく微笑んでいた。その可憐で柔らかい笑顔に俺は「それじゃ行ってくる」とだけ呟くと、タイヤがけたたましい音を上げる。

 背中に京子の視線を感じながら、俺を乗せたバイクは風を切った。


「つーかどこ行くんだよ!?」


「君を連れて行きたい場所がある」


 短く答えたリリーナの声は、どこか悲しげな余韻を響かせていた。


「今の君なら、きっと会える」

 

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