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第47話「君が俺を殺すまで」

 十一月二十三日、勤労感謝の日。刻印の残り日数はあと九十八日。

 その日も俺はティナに会うべく銀狼の施設へ向かっていた。


 リリーナはいまだ家には帰っていない。ただコネクトで少し会話はした。

 開口一番、この前の事を謝った俺に「気にしていない」なんて誤魔化していた。そんなわけないのに。その言葉の裏に俺を安心させようという彼女の心が垣間見えて。逆に俺はチクリと胸が痛くなった。

 そして「お互い少し一人になって考えよう」とも言っていた。自分達のことも、ティナのことも。お互いゆっくり考える時間が必要だって。それには俺も同意した。

 ただ会話の終わりにティナがいない家の中の惨状を想定してメイドを一人、派遣すると一言添えられていた。翌日、京子が家に来た時、なんか納得してしまった。話を聞くといきなりリリーナから頼まれたそうだ。


「まったく。来るな言っておいて、いきなりまた面倒見てって。ほんと自分勝手な人だよね!」


 なんてプクッと頬を膨らませておきながら、家事をする彼女はどこか嬉しそうだった。

 ティナが監視されている現状、死神が動く事はない。つまり京子が巻き込まれる心配はほぼなくなったという事か。

 久しぶりにエプロン姿の京子の黒髪が揺れる様を見て。俺はホッと安堵のため息を出した。



 ティナが保護されている施設は、周りが森に囲まれている。

 敷地内への出入り口は一つだけで警備員が待機している。もう何度も訪れている俺は会釈だけで通してもらえた。

 車が通れるほどの一本道を抜けると見えてくるのは、白い三階建ての建物だ。そこの入り口を通れば一気に雰囲気が変わる。

 迷彩服を着た男の人が至る所で待機、および警戒している状況だ。普段の生活ではまず見る事がない大きな実銃を肩からぶら下げている。まだ慣れない俺はここに来ると、まるで外国の軍隊施設に転移してきたような感覚を覚えた。

 

 ティナのいる部屋は三階にある。

 外の景色が薄暗くなっていく中、俺は扉の前に立つ部隊の人に会釈をして扉を開けてもらう。最初の頃は桐生さんが同席していたが、今は俺一人でも通してくれるようになった。

 その扉の奥には捕らわれの天使がいる。金色の髪を揺らしてティナは俺を見て笑顔を浮かべた。

 俺は微笑み返すと彼女が腰かけているベッドの隣に座る。


「ここの生活はどう?」


「みなさん、すごく優しいです。最初、連れて来られた時は正直、怖かったんですけど、今はそんな事ありません」


「それは良かった。……でも俺はまだ不安を拭い切れていないんだ。本当に君が無事で済むのかどうかわからないし。方法も思いつかないんだ」


 俺の抱えている不安を聞いた彼女は、とても寂しげな表情を浮かべて。

 だけどそれを一瞬で消し去って、気丈で強気な瞳を俺に向けた。今まで見た事もない凛とした表情に俺の視線は吸い込まれた。


「リリーナさんの事が信用できないんですか?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「わたしは過去の記憶を全て取り戻しました。死神となったわたしがしてきた事に言い訳なんてしません。その罪を贖うためなら死んでも構わないと思っています。もしリリーナさんがそういう決断を下すならわたしは拒否しません」


「でも生きたくて仕方なくてそうしたんだろ!?」


 そうだ。彼女は何も好んで死神になったわけじゃない。生きたい。ただそれだけのためだったんだ。

 ティナが依代になるかならないかの分岐点で、彼女がもしシオン・デスサイズの誘いを断ったら。もしかしたら今、目の前にティナはいなかったかもしれない。貴族の男に殺されていたかもしれない。

 生きたいと願ったティナにとって仕方のない選択肢だったんだ。そして俺だってティナと会う事は多分できなかった。


「君にとって選択肢は依代になるしかなかったんだろ!?」


「確かにあの時は生きる事に必死でした。だけど今は違うんです。だって生きるために殺す相手が……映司君なんですから。……残り日数、もう少ないんですよね」


 ティナの言葉に俺は驚いて。

 残り日数がさす意味は「刻印」しかない。だけど彼女にその話をしたことはない。ティナは知らないはずだった。


「なんで刻印の事を!?」


「半覚醒状態だと死神の言っていた言葉を少し覚えているんです。あの人が提示した条件のことも刻印の事も。それから赤坂さんに問い詰めて詳しく聞きました」


「そう……なのか」


「もしあの条件を受け入れるくらいなら、わたしを殺して下さい」


「……やめてくれ」


 俺はティナの細い肩を掴んだ。彼女は口から出た拒否の言葉を真っ向から受けて、うっすらと涙を浮かべながら、それでも力強い瞳で見つめている。

 

「それは言ったらだめだ! 前にも言ったよな。この世界にきて幸せだって。あんな思いをしてまでようやく掴んだものなんだ。それをすべて無くすつもりなのか!? 君はこれからもっと幸せにならなくちゃいけないんじゃないか!」


「……生きたいよ。死にたくないよ。死神になって人を殺しておいて、そんな願望が許されるわけがないのはわかってる。本当は大好きな映司君との生活を続けたい」


 耐えきれずティナの頬を一筋の涙が伝う。

 小さな両手を膝の上でギュッと握って。涙があふれるエメラルドの瞳は俺を捉えて離さない。


「だけどこの願望もあなたに対する想いもわたし自身によるものなのか、死神が生み出しているものなのかわからないんです。だからわたしは、大好きなあなたを殺してしまうかもしれない。だから……」


「それでもいい!」


 心の底からの叫びがティナの体を大きく揺さぶった。

 大きく開いた瞳を俺は見つめて。頭の中ではティナの笑顔や彼女との生活が走馬燈のように駆け巡っていった。あの恋人岬での夕焼けに染まった天使の微笑みも心の中にはっきりと刻まれている。

 俺はそれを失いたくなんかない。


「君が俺を殺すまで君のことを好きでいたい!」


 嘘偽りのない本心からの叫びにティナは首を横に振る。まるで寒さに震えるように両手で自らの体を抱きしめて。

 そしてそっと俺の手を掴むと優しく握りしめた。


「……映司君。それは駄目です。絶対に駄目です。あなたは生きて。わたしを犠牲にしてでもあなたは生きて。お願い……だから」


 温かく包み込むような声。だけどそこに彼女の決意を垣間見て。

 目の前に映るティナは儚くて消えてしまいそうで。だけど俺にはどうする事もできない。

 失いたくないという感情と無力感が頭の中で混じりあって。俺はたまらずティナを抱きしめようと手を伸ばす。


 その時、突然、扉が開いた。

 ハッとして振り向いた先にいるのは、今まで見た事もないような鋭い表情をした桐生さんだった。


「映司君。ここにいたか。いいか。指示があるまでこの部屋から出ないでくれ!」


「何か、あったんですか?」


 桐生さんは険しい顔を浮かべたまま、俺を……いやティナを見つめている。


「この建物が所属不明の部隊に包囲されつつあるんだ。ここは戦場になる」

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