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第43話「交換条件」

「そして、わたしは死神になりました」


 小さな部屋でうっすらと涙を浮かべたエメラルドの瞳を俺に向けて。ティナは取り戻した記憶をすべて語って口を閉じた。

 個室には椅子に座ったティナと彼女を取り巻くように俺、リリーナ、赤坂さんと桐生さんがいる。最初、俺の同席を赤坂さんは拒否した。だけどティナを落ち着かせるためという理由をつけてリリーナが説得した。もちろんそれも本当の理由の一つではあるだろうけど、リリーナは俺の「全てを知りたい」という願いを聞いてくれたんだと思う。

 

 リリーナはこの部屋に入る前に俺に訊いた。


「知る事は必ずしも良い事に繋がるとは限らない。知る事によって絶望する事もある。知らない方がいい事もある。それでも君は知りたいの?」


 俺はそれにうなずいた。何故なら俺はティナの全てを知りたいと願っているから。知ったうえで彼女を助けたいと思っているから。

 そして意を決したかのように口を開いたティナから語られたのは壮絶な過去だった。まさか俺に刻印をつけた死神がティナだったなんて。そこに彼女の意思がなかったとしても、ティナの中に確実に死神がいる。

 最初は受け入れられなかった。だけど隠す事なく全てを語ったティナの決意がこもった瞳を見て。俺はそれを信じて、そのうえで助かる道を模索するべきだと考えていた。俺もティナも助かる方法を。

 ティナが今、何を思っているのか俺にはわからない。ただ最後の言葉だけは俺に向けて言っているように思えた。

 

『映司君がどちらを選んでもわたしが取る道は同じなのに』


 あの実家に行った時のティナの言葉が脳裏をよぎる。多分この時、すでにティナは記憶を取り戻していたのかもしれない。

 だからこそこの言葉の意味が気になって。すでにティナの中でこれから自分が辿る道の結論が出ているような気がした。


 ふとリリーナへ視線を移す。彼女のサファイアの瞳はどことなく鋭い。

 ティナは死神だった。リリーナが意図せずとも出した結論は正しかった。だけど問題はそこじゃないんだ。


 ティナは死神の依代。それじゃ彼女をこれからどうする(・・・・・・・・)のか。それが最大の問題なんだ。

 きっとリリーナはそれを考えている。


 赤坂さんと桐生さんは無言を貫いていた。彼らの思考は読めないけど、たぶんティナの処遇をどうするか、それを考えているんだと思う。

 その時、沈黙が流れる中、突然ティナが体をビクンとのけ反らせた。頭を後ろに倒す彼女に慌てて手を差し伸べようとした俺の体をリリーナの腕が制止する。

 見るとティナがゆっくりと頭の位置を元に戻した。その時、全身を襲うのは身の毛もよだつ冷気。

 彼女のエメラルドの瞳が、血のように赤いルビーの瞳へと変化していた。


「ふふふ」


 ティナが笑っている。だけどその声は彼女のものではなかった。俺にとって恐怖の対象でしかない、あの死神の声だ。


「……シオンか」


「よく依代までたどり着いたわね。彼女を守るために色々手を尽くしたのに無駄になったわ」


 リリーナの鋭い声にティナ、いや死神シオン・デスサイズが答える。

 すかさずリリーナは銀色のベレッタを彼女に向けていた。


「ピアスをつけたままにするなんて、お前らしくないミスをしたな」


「本当は制御できるんだけどね。でもそこの彼からもらった代物よ? つけないと逆に怪しまれるでしょう? それにまさかあの戦闘で刻印の彼に撃たれるとは思わなかったから。さすがに想定外だったわ」


「想定外ついでにこの場で脳漿をぶちまけるっていうのはどうだ?」


「相変わらず、すぐに敵意を剥き出しにするのね、あなたは。少しは相手の話を聞く事を覚えなさいな。今、私はあなたと殺し合う気はないわ。こちらとしても依代を簡単に失うわけにはいかないもの」


「私がお前の話を聞くと思うか? それに逆を言えばお前のその言葉、自分で弱みをさらけ出しているのと同じだぞ?」


「本来ならそうなるわね。わからないかしら? それは私にとってすでに弱みではないって事よ」


「試してやろうか?」


 リリーナがベレッタのセイフティを外したのが見えた。

 撃つつもりなのか。だけど姿はティナのままだ。もし今、リリーナが銃弾を撃ちこんだらどうなるのか。俺には想像すらできなかった。

 ただ「止めなきゃならない」という気持ちだけが俺の脳を駆け巡っていた。


「強がりはよしなさいな。過去のあなたなら今、躊躇いもなく撃ったでしょうね。でも無理よ。何故なら今のあなたは撃てない(・・・・・・・・・・)。この姿でいる以上はね」


 リリーナは死神の言葉にハッと目を一瞬、見開いて。チラッと俺へ視線を移した。

 表情こそ変わらないものの、俺を見るサファイアの瞳に悲しみの色が混じっているのを感じて。彼女の腕から力がスッと抜けていくのが見て取れた。

 シオンはそれを見て薄ら笑いを浮かべると、部屋に集まるみんなを見渡して。ゆっくりと語り掛けた。


「さて一つ、取引をしないかしら? もし条件を呑んでくれればこの子を解放してもいいわ。そこの彼の刻印も解除してあげる。そして私はこの世界の人間に一切、手出ししない事を約束しましょう」


「じ……条件ってなんだよ」


 俺は震える声で死神の目を見つめた。

 赤い瞳が俺を貫いたと同時にその口元が歪む。まるで俺達を嘲笑うかのような冷笑を浮かべて。

 あの可愛らしいティナがその時だけ、冷酷な死神と重なって見えた。


「そこの女、リリーナ・シルフィリアを殺しなさい」

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