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第41話「みんなが生きる道」

 死神の件でティナを連行する。

 赤坂さんの言う「ご同行」が俺にはそう聞こえた。今まで怖い人だけど決して敵意はないと思っていた。だけどその言葉が聞こえた途端、俺にはティナを連れ去る敵としか見えなくなっていた。

 

「なんで、ティナなんですか」


 沸き上がる驚きと怒りを呑み込んで口を開く。しかし声が震えているのが自分でもわかる。

 なんでティナなんだ。何も知らない、家でおとなしく家事に勤しんでいるだけの女の子が何故、あんな死神なんかと関係あるのか。そんなわけがない!


「それは言えません。そこをどいていただけますか。さもなくば公務執行妨害であなたも警察へ行く事になります」


 冷たい、機械人形みたいな声で淡々と語るな!

 ギュッと拳を握りしめる。ここで俺が暴れたところでどうにかなるとは到底、思えない。だけどこのままティナを拘束させるわけにはいかない!


 しかしそんな俺の考えをまるで見抜いたかのように、後ろから呼びかけられた。「映司君」と俺を呼ぶティナの声。ハッとして振り返る俺の目に彼女が映りこむ。

 きっと怖がっている。俺はそう思っていた。だけどティナは「まるで来るのがわかっていた」かのように平然と立っていた。その瞳に恐怖は感じられず、気丈にも整った唇はキリッと引き締まっていた。


 近寄ってきた彼女は制止するように俺の握りこぶしに触れて。輝くエメラルドの瞳が「大丈夫だよ」って俺に囁いていた。

 そんなわけ……ないじゃないか。きっと彼女は、俺を守るために自分から進んで赤坂さんのところへ身を乗り出したんだ。


「連れて行ってください。わたしにはその覚悟ができています」


 その覚悟ってなんだよ……ティナ。君を守るのは俺の役目じゃないか。君がこの世界で暮らせるようにするって俺は言ったじゃないか。それなのに俺は何もできなくて、代わりに何故、君が俺を守るように前に出るんだ。

 怒りと無力感に震える俺を置いてティナが玄関を出る。その揺れる金髪を見て、今ここで離ればなれになったら二度と会えない。そんな気がした。


 思わず手が伸びた。体を前に出して離れていくティナの体を掴もうとした。

 その時、俺の目の前に鉄の塊が突き付けられた。銀色に光るそれは……リリーナの愛銃「ベレッタ」だった。

 銃口の奥で鋭いサファイアの瞳が俺を睨みつけていた。


「リリーナ!」


「赤坂。ここは私に任せてティナを連れていけ」


 赤坂さんに促され歩くティナがチラリと俺を見る。彼女の普段、そこにあるはずの笑顔がなかった。寂しくて悲しみに満ちた表情。それは彼女と出会ったばかりの時と同じ顔だった。

 ゆっくりと扉が閉まる。俺はいまだ銃口を向けるリリーナに叫んだ。


「どけよ」


「だめだ」


「どけって言ってんだよ!」


 今まで彼女に出した事がない怒声を響かせ、俺はリリーナを力づくで払いのけようと手を伸ばす。その時、彼女の細い腕がスッと俺の胸倉へと伸びた。

 その瞬間、全身に襲いかかるのは見えない空気の壁で叩きつけられたかのような感覚。彼女の細腕一本で俺は床に抑えつけられていた。

 俺よりもずっと細い腕なのに、体がピクリとも動かない。それでも立ち上がろうともがいているその時、俺は気が付いた。

 リリーナの腕は震えていた。


「なんでだよ!? 何でティナが連行される? 彼女が何をした? 何もしていないじゃないか!」


 彼女は何も答えない。


「赤坂さんが来たってことはお前が絡んでいるんだろ? なんでこんなことをした!? 一体、彼女が何をしたっていうんだ? 答えろよ!」


「……ティナは死神だ(・・・)


 リリーナの震える声が響いた時、俺の体に衝撃が走った。何度も何度も心の中でその言葉を繰り返した。そして何度も否定し続けた。ティナは死神なんかじゃないって。

 だけど意識の奥底で否定しきれない自分がいた。あのリリーナが家族であるティナを何の理由もなく「死神」だと断定するわけがない。

 彼女は声だけじゃなく体全身が震えていた。今にも泣き崩れそうなほど悲しみに満ちた表情は、彼女自身がこの決断をするのに悩み続けた結果だ。そして、それは俺を助けるためなんだ。

 いつしか俺を抑えつけていた彼女の力が抜けていた。


「教えてくれ。リリーナ。なんで彼女が死神なんだ?」


「……ティナの記憶がないのは転移の影響じゃない。それなら私も記憶喪失になっていても不思議じゃない。彼女の記憶がないのは死神の姿(・・・・)で転移したからだ。おそらく死神化している時の記憶は彼女にはない」


 以前からティナは記憶が飛んでいるように見えた。確かにそれなら話が合う。


「さらにティナが天然繊維の服しか着ないのも理由がある。死神化する際、体ごと入れ替える。その時、私のいた世界に存在したものでなければシオンになってもそのまま残るんだ。ティナが好んで着ていた素材はすべて以前いた世界にも存在したものだ。そして……」


 話せば話すほどリリーナの震えは大きくなっていった。ベレッタはとうに投げ捨て、俺を抑えつけるのではなくしがみついていた。

 わずかに覗いたサファイアの瞳は涙に濡れていて。その儚い姿を俺はそっと抱き寄せた。


「確定になったのはあのアメジストのピアスだ。君も遭遇した二回目のシオン襲撃。その時の映像でシオンの左耳にアメジストのピアスがあるのを確認した。あの公園にも行って調べた。死神が四散した場所にアメジストの破片が落ちていたよ。あのピアスに使われている素材は私のいた世界になかったものだ。だからそのままシオンになっても残っていた」


「……それが理由なのか」


「そうだ。シオンが完全に破壊された際に再生するのに必要な依代(・・)、それがティナなんだ!」


 リリーナは俺の胸元に顔を埋めて。腕を背中に回してギュッと抱きついた。

 彼女がこの答えを出すのにどれだけ苦しんだのだろう。どれだけ身を裂かれる思いでティナを拘束するという決断を下したんだろう。

 リリーナが失踪した夜。あの時に彼女はこの答えを出していた。だけどこの事実はティナに好意を寄せている俺を確実に蝕む。傷つけ、狂わせる。しかし刻印を解除するには死神を無力化するしかない。それはつまり依代であるティナをも無力化させる事を意味している。

 その事で悩み続けて、それでもリリーナはティナを拘束する事を選んだ。俺を救うためにティナを犠牲にする事を選んだんだ。


 脳裏にティナの笑顔が浮かぶ。いつも俺に癒しをくれる天使の微笑みが見える。

 たとえリリーナが俺のためにティナを犠牲にする道を選んだとしても、俺はティナを殺す事なんてできない。


「リリーナ。教えてくれ。ティナはどうなるんだ?」


「銀狼で監視の上で保護する事になる。だけどその先はまだ……」


「俺を彼女の下へ連れて行ってくれ。俺は知りたいんだ。本当の事をすべて。そして……」


 リリーナが顔を上げた。サファイアの瞳から大粒の涙を流して、あの綺麗な銀髪もくしゃくしゃで。

 俺はそっと手を伸ばして髪に触れる。一撫でしながらゆっくりと語り掛けた。


「一緒に考えよう? みんなが生きる道を」

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