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第34話「隠し事」

「わたしとリリーナさん、選ぶならどちらを映司君は選びますか?」


 突然、降りかかった思いがけない質問。俺は自分でもわかるほど目を大きく見開いて。そこに映るのはただ真っ直ぐ前を見つめて答えを待つティナの姿。彼女の瞳は宝石のようなエメラルドではなく、深い森のような深緑。それも一度入ったら抜け出せないような。

 当然、ティナだよと言おうとしても口が動かない。以前ならそう即答できた。だけど口を閉ざしてしまう自分がそこにいた。天使の笑顔を浮かべるティナと、優しく俺の手を握るリリーナの姿が頭の中で交錯した。


 答えあぐねていると、ティナは俺の手をそっと握って体を離す。

 そこにあるのは普段通りの天使の微笑みを浮かべたティナの姿だった。


「ごめんなさい。変なことを聞いちゃいました。わたし、今日ちょっと変でしたね。映司君がどちらを選んでもわたしが取る道は同じなのに」


 彼女は麦わら帽子を脱いで。夕焼けに赤く煌めく金髪を俺の胸元に埋めた。

 何かを噛みしめるように、俺の温もりを覚えようとしているかのように、無言でずっと。ただ手だけはしっかり俺の手を握りしめていた。


「このぬくもりをずっと感じていたい。ずっとあなたの腕の中で生きていたい。だけどそれは……」


 そこまで言ってティナはゆっくりと離れる。そして麦わら帽子を被ると笑顔を俺に見せた。


「そろそろ晩御飯の時間ですね。映司君のおばあちゃんの手伝いもしたいので、そろそろ戻りましょう。映司君」


 無言でうなずく俺の手を引いて彼女は前を向き歩きはじめた。俺には目の前で金髪が揺れるその先で、彼女がどんな表情をしているのか気になった。

 そしてさっきの言葉も。ティナの「取るべき道は同じ」というその意味が俺には理解できなかった。



 ◇ ◇ ◇



 実家の近くには墓地がある。ちょうどティナといた小川の近くだ。

 そこには俺の親父である「佐久間裕司」の墓もある。その墓地の前を通りかかった時、何気なく見た視線の先に銀色の光が見えた。

 リリーナだった。彼女は墓地の中、一人で佇んでいる。そしてある墓石をじっと眺めていた。

 気になった俺はティナに「ちょっとここにいて」とだけ言い、彼女に近づいていく。その時、俺は気が付いた。彼女が見つめる先は「佐久間裕司」の墓石。そしてそこでリリーナの頬を一筋の涙が流れていくのを。


「ごめんなさい。私はあなたのもっとも大事な人を……この手で殺します(・・・・)


 殺す。そのキーワードに俺はびっくりして。なぜそんな言葉を親父の墓石に向かって言っているのか。

 その時、パキンと枝を踏む音が響く。ハッとこちらを向いたリリーナは素早く頬を撫でて。涙が消えた彼女は普段通りのすまし顔をしていた。


「なんだ。映司か。てっきり幽霊か何かかと思ったぞ」


「いや……そのお前、なんで親父の墓の前に?」


「墓参りだ。さな恵さんから墓の場所を聞いた」


 おばあちゃんから聞きたかったことって親父の墓の場所か? いやたぶん違う。それなら何もおばあちゃんでなくても俺にも聞けることだから。

 たぶんリリーナは何かを隠している。きっと俺には言えないことを。平静を装うサファイアの瞳の奥に戸惑いと焦りの色が見えた時、俺はそう悟った。それと同時に隠し事をしている彼女に無性に腹が立った。

 俺とリリーナはそんな関係じゃない。俺は彼女に隠し事なんて何一つしてこなかった。彼女も自らが人殺しであることを隠した事はなかった。だからこそ俺は彼女の前では、刻印の事で不安で眠れない素の佐久間映司でいる事ができた。

 それをなんで……。


「なぁ。リリーナ」


「なんだ?」


「なんで隠すんだ?」


 俺がそう言った途端、彼女はサファイアの瞳を見開いて。サァーと吹く風が夕陽に輝く銀色の髪をなびかせた。

 はじめて見た。彼女の怯える顔を。パッと見れば平然としているように見える。だけど目は嘘をつけない。瞳の奥は動揺で激しく揺らいでいた。

 彼女は一瞬、言葉を詰まらせ目をそむける。「べ……別に何も」と小さな声でつぶやくリリーナに俺は詰め寄った。


「俺のためを思ってとかそんなんだったら気にすんな。言ってくれ。何か知ってんだろ?」


「ごめん映司。その……」


 リリーナは話すべきかどうか、そう悩んでいる様子だ。俺は彼女の細い肩を両手で掴んでさらに詰め寄ろうとしたその時、後ろから誰かが近づく気配がした。


「映司君?」


 ティナだった。俺が振り向くと心配そうに顔を覗き込んで。


「いつまでも戻って来ないので心配してました。リリーナさんと何かあったんですか?」


「いや、何でもないよ。大丈夫」


「そうですか。そろそろ戻らないとおばあちゃん心配しますよ?」


「そ、そうだね。帰ろうか。んじゃリリーナも一緒に……」


「いやいい。二人で先に帰ってくれ。私は少し一人になりたい」


 視線を移した先でリリーナは少し離れていて。先程の動揺は見えないけど、そのサファイアの瞳はどこか寂しげで冷たい。

 俺はうなずくとティナを連れて墓地を出た。背中にリリーナの視線を浴びながら、自分の怒りと彼女の悲しげな瞳が混ざり合って、やるせない気持ちが頭の中で膨らみ続けていた。


 

 その後、実家に到着した俺は晩御飯の準備を手伝うというティナと別れ、親父の部屋に来ていた。

 どうしてもさっきのリリーナの行動が気になって。親父の墓の前にいたんだから、部屋を漁れば何かわかるかもしれない。そう思ったからだ。

 閉め切っていたせいか少しかび臭い部屋。中は整理されほとんど何もない状態だった。

 部屋の中を見渡して目についたのは、ぽつんと取り残されたタンス。まるで親父が生きていた時代から、俺に開けられるのを待っているかのように、部屋にそのタンスだけが置かれている。

 

 下の段から順番にあけていくが中は空っぽだ。

 何もないのかと諦めかけたその時、最上段の奥に一冊のノートを見つけた。表紙には何も書かれていない古ぼけたそれは相当、年季が入っている代物で所々、色あせている。そのノートを見ていると親父が遺した「解析ノート」と同様に何か因縁めいたものを感じた。

 

 開いてみる。

 中はほとんど破られていて何が書いてあったか不明だ。ただ数ページだけ無事な所があった。

 書いてある筆跡は解析ノートと同じ。つまりこれは親父が書いていたノートだ。

 上から順に読んでいく。最初に書かれているのは日付。今から二十年くらい前のものだった。内容はどうやら日記のようだ。


 最初の文字は「彼女と出会ったのは……」と書かれている。

 その時、直感した。これは俺の母親のことについて書かれた日記だって。


『彼女と出会ったのは、探偵事務所を開いたばかりの時だった。彼女は近くの公園の中で一人、寂しげに座っていた』

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