第30話「死闘(side リリーナ)」
血だまりの上に長い黒髪を広げ、赤い瞳が私を見据える。
神聖付与が刻まれたコンバットナイフにより首を切断され、再生することなく死神シオンは横たわっていた。私は予備のマガジンを付け替え、用心のため銃口を頭へ向ける。
『……死んだのか?』
「死なないよ。首を落とした程度で死ぬなら、私は今までコイツに苦労などしない」
『再戦、ありそうだな。今のうちにヘカートの準備をしておく』
桐生との無線での会話を終わらせ、私はシオンの頭を見据えた。その時、全身が逆立つかのようなざわつく殺気を感じる。
耳に響くのは含み笑い。地面に転がったシオンの首が笑っていた。
「なるほど。音を置き去りにする速度か。確かにそれならば私の攻撃範囲外から狙うことは可能なわけか。つくづく恐ろしい世界だわ」
ゆっくりと首のないシオンの体が立ち上がった。
そして自らの首を拾い上げると切断面に乗せる。「くっつくのには少し時間かかりそうね」などと不敵な笑みを含ませながら、殺意に塗れた紅玉を私に向けていた。
「……化け物め」
「あなたも十分、化け物よ? いい加減に人間の皮を被るのはやめなさいな」
「残念ながら私は人なんでな。お前と一緒にするな」
「あなた、本当に何も知らないのね。いや、知らされていないか。まぁいずれはわかることだけどあえて言うわ。あなたは人間なんかじゃない。私と同じ……化け物よ。人をゴミとしか見ない、価値など見いだせない正真正銘の神の眷属」
ゴミ? ゴミだと? ティナも映司も赤坂も桐生も、みんな生きる価値すらないゴミ屑だと?
人は……ゴミなんかじゃない。ティナの優しさを、映司の温かさを否定する言葉に感情が激流のごとく激しく荒れ狂う。
確かに私は化け物だ。人を万と殺してきた殺人者だ。死ぬ際には業火に焼かれてもおかしくないと思っていた。だが私は人の側にいる。目の前にいる生を貪り死をばら撒く死神と決して同じであるはずはない!
「女神の名を持っているからといって……あの冷酷な女神と一緒にするな!」
私の激情に反応したかのようにベレッタが火を吹く。銃口から放たれた銃弾は精密にシオンの頭部へ突き進み、そして……虚空を貫いた。
「銃撃は直線運動。それゆえ少し位置をずらすだけで容易に躱せる」
シオンの足が大地を踏みしめる。まるで猛獣のごとく四肢を躍動させ、私へ牙を剥いた。
咄嗟に魔法障壁を展開。シオンの斬撃とぶつかり合ったその瞬間、今までとは比べ物にならない衝撃が私を襲う。
「え?」
吹き飛ばされ思わず体勢を崩した。
まるで見えない空気の壁ではじき飛ばされたような感覚。急激に奴の斬撃の威力が上昇したのか、それとも……。
「あなた。気が付いていない? 障壁を展開すればするほど強度が下がることに」
ゆっくりと死神が死の足音を奏でて私に近づいてくる。
「魔法使用者なら魔力の違いくらいわかるでしょ? 以前いた世界では外部魔力と内部魔力の二つにより供給されていた。だけどこの世界は<ソウル>しかない。だから使えば使うほど枯渇する。体を休めなければ回復はしない」
「……なんだって……」
「そろそろ減少する頃合いだと踏んでいたのよ。あなた……いつから私が最初から全力だと錯覚していたの?」
シオンの殺気が奔流のように襲いかかる。
目の前に繰り出された漆黒の剣閃に再び障壁を展開。だがそれはあまりに薄く、あまりに脆い。
「きゃああっ!」
衝撃に耐えられずはじき飛ばされた私は地面に倒れた。
辛うじて上げる視界は揺れ、体には痛みが走る。視線の先には、まるで幽鬼のようにぼんやりと死神の姿が浮かんでいた。
痛覚により意識を繋ぎとめ、よろけながらも立ち上がる。その時、「まずい!」という無線が聞こえた瞬間、高速で銃弾が目の前を駆け抜けた。だがそれはシオンの頬を掠め地面に突き刺さる。
頬の血を拭いシオンの紅玉がある一点を見据えていた。それは……桐生のいる狙撃ポイントだ。
『躱しやがった!?』
無線から聞こえる驚愕の声に混ざり、じゃりっという砂を踏む音がわずかに響く。
桐生の狙撃を無視し再び真紅の瞳が私を貫いた。奴を止めんと次々と銃弾が撃ちこまれる。しかし頭部以外の部位を撃たれてもシオンの動きは止まらない。
『止まれ! 止まれぇぇ!』
銀狼の悲痛な叫びも虚しくシオンは距離を詰めるとゆっくりと大鎌を掲げた。長い柄を地面に突き刺すと、整った唇から呪詛の言葉が流れる。
その余韻に私は聞き覚えがあった。以前いた世界でも聞いたことがある魔法。それは死神が死者を操る死霊魔法の奏で。
「下級死霊魔法・動く死体作成」
シオンが口を結ぶ。直後、無線から響くのは地獄絵図の状況だった。
『死体が……死体が動いた!?』
『赤坂だ! ゾンビの処理をしつつリリーナの救助に向かえ! 彼女を失うわけにはいかない!』
『オレが向かう。他のメンバーはゾンビを処理しながら撤退しろ』
だめだ……。来ちゃだめだ。
奴の狙いは私じゃない。邪魔な狙撃班を炙り出して……始末することだ!
私は力を振り絞り声を張り上げた。
「だめだ! ここに来ちゃいけない!」
反応がない。声だけが虚しく空間へと溶けて消えていく。
シオンはまるで何かを探るかのように身動き一つせず私を見据えている。その時、遥か視線の先で死神へ銃口をむける桐生の姿が見えた。
直後、私にざわっと寒気が襲いかかり背筋が凍る。シオンがまるで生者を嘲笑うかのような冷笑を浮かべていた。
「ようやくネズミが……かかったようね」
死神の言葉と同時に大鎌「死者の叫び」が音を立てた。刃の部分が変化し女の叫んだ顔へと姿を変えていく。
「この大鎌がなんで死者の叫びって言われているかわかる?」
その瞬間、キーンっと耳鳴りを感じた。
まるでその顔から超音波が発生しているかのような感覚。だがそれはほんのわずかな時間だけで聴覚は失われていない。
私の身にはなんの変化もなかった。しかし遠くに映る桐生がドサッと地面に倒れ込んだ。
直後、無線に響くのは悶え苦しむ狼達の声。
『ぐあぁぁぁ! 耳が……耳がぁああ!』
『赤坂だ! 何が起こっている!?』
「……お前、何をした……?」
状況が完全に呑みこめていない私をシオンは見据えた。大鎌をいつもの刀身に戻し、ゆっくりと私に歩み寄る。
「死者の叫びが奏でるのは、文字通り死者の声。それは魔法に耐性がない人間の自由を奪う。……これであなた達の戦力は削がれ、邪魔者は消えた。ようやくゆっくりとあなたを始末できる」
血のように赤い瞳を輝かせ、シオンは冷酷な笑みを浮かべる。
その姿はまさに人が怖れ、恐怖を抱く死神に他ならない。それは人間には贖うことすらできない絶命を与える死の権化だ。
「いい? ど腐れ貧乳。戦というものは、こうやってやるものよ?」




