第29話「シオンの冷笑(side リリーナ)」
シオンは目を見開いたまま動かない。
私が撃ちこんだ銃弾は、ベレッタm92fの使用弾薬「9x19mmパラベラム弾」だ。神聖付与されていないゆえに、シオンの額に刻まれた銃創はみるみるうちに再生していく。
先端がひしゃげた弾頭が地面に落ちて。シオンは黒髪を揺らし口元に薄ら笑いを浮かべた。
「どういう仕組み? あなた、狙いを定めてないわね」
「残念ながら種明かしはなしだ」
刃の軌跡を感じて。即座に障壁を発動。
間髪を入れず繰り出される斬撃を抑え込み、火花の向こうで口角を上げるシオンを睨みつける。
「以前、戦ったことがある銃とは明らかに異質だけど、まぁいいわ。全て叩き切ってしまえば同じことよ」
私は硬質な不協和音を奏で駆け抜けていく斬撃を受け流し、後退と同時に銃口を向ける。
索敵の目でロックしたのは頭、右腕、心臓、腹部、左足の五か所。リンクしたベレッタが精密に未だ斬撃体勢にあるシオンを捉えた。
銃撃。五発の弾頭がらせん状に空間を抉りシオンを貫く。最後の弾丸が頭部を跳ね上げ、血しぶきが舞った。
落ちる薬莢の音と漂う硝煙の匂い。それに血の匂いが混じる中、のけ反ったシオンの頭がゆっくり正面を向く。
頭部の銃創から鮮血を垂らし、それを舐めながら不敵に笑う死神を私は睨みつけた。
全身が殺意に飲み込まれていく。それは久しい感覚。ある意味、懐かしささえ感じるほどに。私は心の奥底に封じ込めた破壊の女神の誘惑に全てを委ねた。
「私の輝かしい第二の人生を邪魔するな。さっさと死ね。このボッチ死神め!」
◇ ◇ ◇
『狙撃はまだか?』
『だめだ。二人の動く速度が速すぎる。もう人間同士の戦いじゃない』
『初撃はオレがいく。一度、当たれば奴の注意は散漫となるはず。それなら他のメンバーでも狙撃できるだろ』
初となる死神戦。他のメンバーは奴の強さ、速さに驚愕しているようだ。
だが一人落ち着いた声がある。どうやら桐生らしい。
「映司はどうした?」
ベレッタの銃口が炎の花弁を咲かせ、その先で鮮血が舞う中、私は素早く無線で話しかけた。
白煙の中、血しぶきをまき散らしながらも迫るシオンの姿がぼんやりと浮かぶ。
『よくその状態で喋れるな!?』
「無駄口はいい。早く答えろ」
『菅原が保護した。安心して戦ってくれ』
「吉報だな。安心した」
眼前に死神が迫る中、私は微笑んだ。
ベレッタから撃ち出される銃撃の中、奴の動きは衰えない。全身から鮮血を噴き出しながらも構うことなく斬撃を振るう様はまさに不死者だ。先端が潰れた弾頭と薬莢で地面が埋め尽くされていく。
だが頭部への着弾だけは一瞬、動きが止まる。それを防ぐためか他の部位への銃撃は無視するが、頭部へは回避行動の兆候が見える。それが意味するのは、奴の唯一の弱点だということ。
つまり狙撃するなら頭部一点狙い。おそらく桐生はそれを理解しているはずだ。私は彼を信じる。
銃撃の雨を抜け、シオンの右足が鋭く大地を穿つ。
繰り出された漆黒の刃。私は魔力を集中し、障壁を叩きつけるように展開。衝撃が全身を襲う中、シオンの呪詛のような不気味な声が耳へと響く。
「あなた。障壁の中ではソレ、撃たないのね」
その言葉に私は平然としながらも赤い瞳を睨みつける。
奴の言葉は正しい。実は魔法障壁の中では銃は使えない。モデルガンで試したが障壁内部で跳弾してえらい目にあった。
無言の私にシオンはさらに大鎌へ力を込める。障壁とぶつかり合い発生する火花がより大きく激しく空気を震わす。
「それにその銃。無限に撃てるわけじゃないんでしょう?」
「……この世界には素早く補給する方法があってだな」
「それ、私が見逃すと思う?」
振動が消失する。
斬撃を受け流した瞬間、目の前でシオンの体が躍動した。一撃目の斬撃体勢から右足を軸に回転、さらに左足を踏み込み遠心力を伴った二撃目。
魔法障壁ですら衝撃で後退させる剛の剣閃に私の体が後ろに弾かれる。刹那。ベレッタが火を吹いた。
頭部を精密に狙った十五発目の銃撃。だがそれは空間を裂いた。即座に首を捻って躱したシオンは追撃せんと私に迫る。
十五発装填のベレッタは弾切れだ。予備のマガジンは当然、所持しているが奴の目の前で呑気に交換などできるはずがない。
そしてほんのわずかな隙でさえ、シオンの前では命取りだ。
目の前で紅玉が輝いた。殺意に塗れた血の色は赤い眼光の帯を空中に描き斬撃体勢に入る。しかし私の心は殺気に満ちながらも平静だった。
戦闘をする傍ら、密かに集めていたアレを球体に纏め念動力で浮かび上がらせる。シオンの斬撃に合わせてそれを銃弾のように撃ち出した。
眼前におびただしい血液が吹き飛ぶ。顔面に無数の穴をあけたシオンは動きを止め後退した。
「シオン、リサイクルって知ってるか?」
念動力により死神へ撃ちこんだソレ。奴の再生能力で吐き出された銃弾の残骸だ。それを念動力で球体に固め即席のショットシェルを作成し、奴の頭部へと叩きつけた。
さすがにあのレミントンM870のようにシオンの頭部を吹き飛ばすことはできない。だが無数の残骸による視覚の消失は十分に効果があった。
「小賢しい真似をするのね!」
怒りの色か。真紅の瞳が燃え上がるように揺らぐ。
視覚を戻したシオンが再度、私へ迫ろうとした瞬間、それは起きた。死神の側頭部より一筋の血液が流れる。ターンッという音が着弾してから耳に届いた。
意識外からの狙撃。シオンの頭はそれに対応できず動きが完全に止まっていた。その時、赤い瞳を見開き立ち止まる奴へ向けて私は大地を蹴っていた。
「.300ウィンチェスターマグナムによる遠距離射撃。有効射程は最大1300メートルだ」
腰へ手を伸ばす。ナイフケースから抜き放たれるのは黒色に輝くコンバットナイフ。
特注で作らせたそれは刀身に魔法構成が刻んである。私の魔力に反応し、文字が青く輝いた。全能力強化により強化された膂力で、刃をシオンの首元へ滑り込ませる。
肉を切る手応えと散る鮮血。
私の斬撃によりシオンの首は切断され、地面へと転がった。




