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第28話「接敵(side リリーナ)」

「き……京子っ!」


 映司のその声が響いたと同時に私の体は動いた。透明な体(インビジブルボディ)を解除し、ショルダーホルスターからベレッタを引き抜く。

 同時に発動した索敵の目(サーチアイ)に映りこむのは、京子へと牙を剥くアンデッドドッグの姿。索敵の魔法陣がゾンビ犬の頭部を精密に捉え、自動照準(オートターゲット)の魔法がそれにリンクする。

 自動(オート)で動く腕に全てを委ね、私はトリガーを引いた。排莢と同時に銀色の銃口から火を吹き、弾頭はアンデッドドッグの頭部を貫く。

 腐ったどす黒い血液をまき散らし、動かなくなるゾンビ犬を確認して。私は二人へ視線を移した。


「栗林京子。今すぐこの場から離脱しろ。これは最終通告だ。これ以上、深入りすると死ぬぞ」


 大きく体を震わせる京子の瞳には恐怖が宿っている。しかし「頼む」という言葉と共に彼女へ向けられる映司の真剣な眼差しを前に、京子は震えを止めうなずいた。


 ――助けてあげて。

 

 背を向け走り出すその前に一瞬、私へと向けた彼女の瞳にそんな言葉が宿っているような気がした。

 京子の後ろ姿を一目見て。映司は突然の奇襲にも尻込みすることなく、私を見つめた。


「その犬。普通じゃないな」


「アンデッドだよ。君も漫画やアニメで聞いたことくらいはあるだろ?」


「それって死神の仕業?」


「その通り。シオンは死霊魔法を使う。それにより死体をアンデッド化させ手駒に使うんだ。奴の気配はこの場では感じないところを見るとシオンめ。アンデッドをけしかけて遊んでやがる。……赤坂」


 右耳から伸びた小型のマイクに手を添える。銀狼で装備されている無線機だ。


「今この場に奴はいない。どうやらアンデッドをけしかけて遊んでいるようだ」


『そのアンデッドとやらのみで死神は現れないと?』


「いやその可能性は薄い。たかだか犬程度をアンデッド化するなら階級も低いだろう。下級死霊魔法ローレベルファントムマジックならば範囲もそこまで広くない。近くにはいるはずだ」


 五感を研ぎ澄まし周辺を見渡す。その際に脳に告げられるほんのわずかな違和感、歪みを感じ取りそこへ意識を向ける。

 視線を感じる。確実に私達を見ている。


「赤坂。奴を狙撃できるポイントはあるか? そこで迎撃する」


『今、君達のいる場所から五百メートルほど先に公園がある。周りが木々で覆われているぶん死神からの視界は悪いはずだ。そこに部隊を配置する』


「銀狼としては初の死神戦だ。ようやく尻尾を出した相手。心躍るか?」


『残念ながら踊らないな。むしろ冷めているよ。さっさとさらし首にでもして眺めながら酒でも飲みたい気分だ』


「同感だ」


『おいおい。無線で怖い会話はやめてくれよ赤坂。あと五分で配置完了だ。映司君はどうするんだ?』


「映司はこのまま連れていく。栗林京子と違い映司を単独で逃がした場合、シオンが追う可能性もありえる。むしろ同行したほうが安全だ」


 マイクから唇を離すと映司を見つめる。

 刻印がある彼はおそらく私より死神に対する「感度」が高い。パッと見ても平然としているが内心、恐怖に苛まれているに違いない。それでも気丈に立つ映司の目には力強さと私への信頼が見て取れた。


 大丈夫だよ。映司。私は決して君を死なせはしないし刻印を発動させることもしない。君のことは私が守るよ。

 硝煙の匂いの中で、私は笑顔で手を差し伸べた。


「行こう。映司」



 ◇ ◇ ◇



『狙撃班。ポイントに到着。アンデッドの気配なし』


『オレもポイントに着いた。しかしアンデッドとかどこかの映画みたいになってきたなぁ。リリーちゃんはどうしてる?』


『一般的な歩行スピードで迎撃ポイントに向かっています。彼氏とおてて繋いでラブラブですよ』


『犬の迎撃どうしてんだよ』


『近づく犬が片っ端から潰れてますね。銃いらないですよ彼女』


「こんな雑魚に撃つとか弾薬がもったいない。しかし男と手を繋いで歩くシチュエーションで周りが腐った犬だらけとは、まったくもってムードがない」


 私の目の前でゾンビ犬が吹き飛び潰れていく。

 念動力(サイコキネシス)により空気の鉄槌を作り出し叩きつけた結果だ。本気を出せば人間ですら破壊できる威力。犬、猫程度では一撃で動きが止まる。

 右手にはベレッタを握り、左手には映司の手があった。それは離せない、いや離すわけにはいかない温かさ。迫り来るアンデッドに怯えながらも彼はしっかりと私の手を握っている。


「あまり見るなよ。夕飯が食べられなくなるぞ」


「VRのゾンビサバイバルだと思い込んでいるよ。じゃなきゃ正気を保てる気がしない……」


 映司の震えながらも強気な発言に口元をほころばして。再び無線に唇を添えた。


「赤坂。やたら犬、猫が多いがこの近くに何かあるのか?」


『近くに保健所がある。おそらく殺処分された動物が元だろう』


「なるほどな。もう少しでポイントに到着する。……戦争のはじまりだ」


 目の前に広がるのは、周辺を木々に覆われた緑豊かな公園。

 本来はそこで森林浴を楽しみ、時には家族と食事をし、子供がはしゃぐ場所なのだろう。だがそこには死の気配しかない。公園の入り口はまさに地獄の門へと変貌を遂げていた。


 遊歩道を抜けた先には、自然にできた広場が広がっている。私にはそれが闘技場に思えてならなかった。

 シオンの姿は見えない。だが全体を包み込む冷たい空気はまさに奴が生み出すものだ。刃のように鋭利で氷のように冷たく、そしてねっとりと全身に纏わりつくような殺意。まるで広場全体が凍結しているかのようだ。

 ふと映司へ視線を移す。彼の表情は蒼白としていて、寒さに耐えるかのように身震いしていた。目の焦点もはっきり合っていないようにも見える。

 彼のその様子は、シオンが明らかに近くにいるのを私に告げている。


『息苦しいな。死神はまだ見えない』


『狙撃班より報告。森の至る所に身元不明の死体を発見。衣服から一般人と思われる』


『死体?』


『赤坂だ。多発している行方不明事件の被害者である可能性がある。だが我々がやらねばならないのは死神の排除だ。死体については警察に任せ、本来の任務に集中せよ』


『了解』


「待て赤坂。奴の死霊魔法で動く死体(リビングデッド)になる可能性がある。木などに縛り付けておいたほうが……」


 そこで私は口を閉ざした。

 急激に殺気が増す。全身にざわつくそれは明確な殺意となって私の精神を逆立てた。映司の震える手がギュッと私の手を握りしめる。

 その時、偵察班の口調が変わった。


『目標捕捉! 猛スピードでターゲットに急行中。接敵まで残り一分もない! 隊長補佐!』


 狙いは私か映司か。どちらだ?

 意識を集中するため目を瞑る。視覚を失ったことでよりシオンの殺意を感じ取れる。

 闇が刃を形成し、それは高速で剣閃を生む。斬撃が狙うのは……映司ではない。私の首。

 狙いは(こっち)か!


 目を開けたと同時に見えるのは迫り来る漆黒の刃。

 私は映司を突き飛ばし魔法障壁を展開。死神が繰り出した大鎌の斬撃とぶつかり合い火花が散る。

 魔力を注ぎ込んだ障壁は硬質の音を響かせ、シオンの刃をはじき返した。

 同時に発動するのは索敵の目(サーチアイ)。そしてリンクした右手が銀色の銃口をシオンの頭部へ向ける。


 銃撃。刹那に漂うのは硝煙の匂い。そして地面に落ちる薬莢と飛び散る鮮血。

 弾頭は精密に死神の頭部を撃ち抜いた。


「やっと捕まえたぞ死神。今度こそお前をこの世界で滅してやる!」


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