第25話「尾行ごっこ(side リリーナ)」
私は、いったい何をしているのか。
映司とティナがデートに出かけて。家で聖剣乱武でもして遊んでいようと、そう思っていた。二人が仲良くなる。それはいいことだ。私には知ったことではないし、お二人ともお幸せにどうぞ。
そう思っているはずの私は、何故あの二人を尾行しているのか。
途中で突然、バイブレーションを響かせるスマートフォン。相手は赤坂だ。
そっと手に取り通話をタップ。「今、大丈夫かな? 少し話が……」という彼の言葉に「尾行の練習をしている。邪魔をするな」と短く言って切った。その後、スマートフォンが震えることはなかった。赤坂はどうやらいろいろ察したらしい。
公園を歩いて水族館に行って。
映司め。馬鹿正直に決めたデートプランに沿っているようだ。デート初心者は行動が読みやすくて尾行しやすい。
しかしなんだあの鼻の下を伸ばしたデレデレ顔は。私とのデートでは猫耳を付けた時以外はそんな顔しなかったぞ。何故か無性に殴りたい。
その後、「椋見百貨店」に。タクシーの尾行はめんどくさい。高校生がタクシーなんぞ使うなアホめ。
どうやら狙いはデパ地下らしい。これは私の想定内だ。何故なら椋見百貨店のデパ地下をティナに教えたのは他でもない、私だからな。
ここの地下食料品コーナーは惣菜が豊富で、しかもどれも美味しいと聞く。一度、食べてみたかったんだ!
ティナは惣菜の種類の多さに夢中の様子。その近くで少し肩を落として歩く映司が見ていて笑える。どうやらこちらには気が付いていないようだ。
「どうぞ。お一ついかがですか?」
突然、話しかけられ視線を動かす。女性の店員が爪楊枝に刺した食品を差し出していた。どうやら試食できるらしく、見るとそれは腸詰めの燻製肉……いわゆるソーセージのようだ。
肉の香ばしい匂いが食欲をそそる。尾行の最中だが少し食べるぶんには問題あるまい。
「いただこう」
口に入れると表面がパリッとしていて、中から肉汁があふれてくる。市販のソーセージとは比べ物にならないほど美味しい。
しかも試食はそれだけではない。至るところに存在し、全てが私を誘惑した。しかもどれもタダだ。
なんということか。
私の目の前に試食という名の楽園が広がっていた。
◇ ◇ ◇
「迷った……」
あれもこれもと試食を食べて歩き、気が付いたら映司を見失っていた。さらに道に迷った。来た入り口がどこかさえわからない。
途方に暮れ椅子に座りこむ。試食で腹は膨れたが代わりに涙が込み上げてくる。サービスカウンターにいって店内放送で呼びかけてもらうか? ここにいるのはバレるがこのまま彷徨うよりはマシだ。もっともサービスカウンターがどこかさえわからないが。
『迷子のお知らせです。佐久間映司さん。リリーナさんというお連れの方がお待ちです。いらっしゃいましたらサービスカウンターまでお越しください』
そんな放送が流れるのか。……冗談じゃない!
なんとか自力で脱出するしかない。そういえば店内案内というのがあったはず。それを見つければもしかしたら出口へたどり着けるかもしれない。
重い腰をあげて再び店内をうろうろ。途中で「おひとつ~」と試食が差し出されるが今はそれどころではない。だが体力の回復は必要だ。とりあえず食べる。
もぐもぐしながら壁沿いに歩く。その時、再び声をかけられた。
「いや。試食はもう……」
「あれぇ? リリーナちゃん?」
聞き覚えのある気持ち悪い声。私はハッとして声のした方向へ視線を動かした。
「こんなとこで会うなんてぇ。これは運命のあ・か・い・い・とっていうやつかしら。あらーん。白のフレア袖オフショルダー、似合ってるわよぉん」
「珍獣! いいところにきた!」
いつものウェイター姿の天城に思わず駆け寄る。コイツとの運命の赤い糸など願い下げだが、今回はタイミングが良い!
「どうしたのん?」
「実はちょっと迷ってな。出口を探している。後で店に金を落としに行くから教えてほしい」
「あらぁん。出口なら……」
丁寧に天城は紙にサラサラと出口までの道順を書いてくれた。
「これで大丈夫よぉん。あ、そうそう。さっきその出口で映司クン、見かけたわよぉん」
「パーフェクトだ。珍獣」
天城から紙を受け取ると、何故か敬礼の姿勢をする彼を置いて急いで出口へと向かう。奴が書いたメモは目印となる店の名前まで書いてあって非常にわかりやすかった。
なんとか出口へ到着。見ると少し離れた位置で麦わら帽子をかぶったティナと買い物袋を下げた映司がいた。
こちらには気が付いていない様子。さて尾行再開だ。
映司とティナは「恋人岬」へ。
会話の内容は聞こえないがティナが何かを熱心に話している。映司は黙ってそれを聞いていて、動いたと思ったらあの「アメジストのピアス」をティナに渡した。
その時だ。私の心臓がビクンと跳ねたのは。
映司の唇とティナの唇がぐっと近づいた時だった。
彼らが何をしようとしているのか気が付いたその時、心臓の鼓動が激しく全身を打って。そしてそれはどんどん大きくなった。
浴室の時とは違う明確な意思がそこにあった。映司にもティナにも、それを感じ取ってしまった。
それ以上、近づかないで。
何故かそう思う私がそこにはいて。見てられなくなって木の陰に隠れてしまった。
いまだ激しく動く心臓に手を添えて。胸がキュッと締め付けられるように苦しくて、脳裏に浮かぶのはキスをしている二人の姿。それを振り払うように頭を左右にぶんぶん振ったその時、気が付いた。
隣の木の陰に見覚えのある顔がいる。
紺のノースリーブワンピース、セミロングの黒髪にデカい胸。映司の幼馴染である栗林京子じゃないか。人のことを言えないがコイツ、こんなところで何をしているのか。
素早く近づく。京子はこちらに気が付かず、ずっと映司を見ているようだ。
「おい。こんなとこで何をしている」
「うひゃぁ!」
私もびっくりするほど京子は大きな声を出して。思わず口を塞ぎ、静まり返ったと同時にそっと映司の様子を伺った。
見ると彼はティナから離れ、しきりに周りを確認している。首を引っ込めると京子へ耳打ちをした。
「奴ら。どこまでいった?」
「キスしてないよ。する寸前で止まった」
私はほっと胸をなで下ろす。何故か安心している自分がそこにいた。
だがここにいては見つかるのも時間の問題だ。隣にいる京子にアイコンタクトを送る。どうやら彼女も同じ考えのようだ。
「逃げるか」
「同感」
二人で素早く離脱。こういう時だけ妙に息が合う。
ただ映司達から離れながらも、心のどこかにいまだ引きずっている感情があった。熱くて焦燥感がわずかにあって。そして怒りと悲しみが混ざったようなこの感覚はいったい何なのか。
何故か無性に彼のそばに居たかった。このまま離れていくともう手が届かなくなるという恐怖にも似た感情が、私の中で渦を巻いていた。
◇ ◇ ◇
「んで、なんであんたのその不機嫌そうな顔、見ていないと駄目なわけ?」
陽が落ちた夜。天城のカフェ「クラシオン」で、私は栗林京子とテーブルを挟んで向かい合っていた。
ぶつぶつと文句をいう京子の声は無視。その時、「いらっしゃいませ~~」という気持ち悪い声が店内に響く。
遅れて登場した天城は私達を見て一言。
「あら。珍しい組み合わせねぇ。映司クンはどうしたのかしらぁん?」
「知るか! あんな男!」
私と京子がほぼ同時に同じ言葉を吐いた。その息のピッタリ揃った声にさすがの天城も若干、引き気味だ。
「それより注文!」
「珍獣! オレンジジュースだ」
「あたし、コーラフロート」
「かしこまりっ!」
敬礼して去っていく天城。相変わらずなぜその姿勢をするのか理由は不明だ。
「……んで、なんであんた、あそこにいたのよ?」
「その質問、お前にも返す」
「べ……別にあたしはデートがうまくいっているか気になっただけで」
「私は尾行の練習だ。追及はするな」
「何その練習。ってかあんたってそんな仕事してんの?」
京子の追撃は全力でスルー。その時、テーブルの上がコトンと鳴る。
運ばれてきたのは黒い液体にアイスクリームが浮かんでいるコーラフロート。それとオレンジジュースだ。
しかしこのコーラという飲み物。映司もよく飲んでいる。この女といい彼といい美味しそうに口にしているが、黒い液体はどうしても抵抗感が拭えない。
会話もなくじっと見つめている視線に気が付いた京子は、それが物欲しそうに見えたのだろうか。ストローから口を離した。
「何? 飲みたいのコレ」
「いらん」
彼女は人の話を聞かずにストローを一本追加し、「ん」と短い声を出して目の前にコーラを動かした。
甘い匂いとシュワシュワと泡立つ液体。少しだけ飲んでみよう。そう思いストローを唇に差し込む。そして口に含ませたその瞬間。
ぶしゅっと勢いよく逆流。グラスから盛大に噴き出すコーラ。
「うわっきたなっ!」
「こ……これは、人間の飲み物ではない!」
なんだこの黒い液体に砂糖をぶちまけたかのような甘さは! 映司もコイツもよくこんなもの平気で飲めるな!
舌の上に残る甘ったるさを水で洗い流す。その間、咄嗟に駆け付けた天城が汚れたテーブルを拭き始めていた。手伝っていた京子は私の物言いが面白かったのか、拭き終わると笑顔を見せる。
「なに、その言い方。あんたってさ。なんか違う世界から来たみたいだよね」
「まぁ当たらずしも遠からずってところだな」
サービスよと一言添えて、替えのコーラフロートを置いていき天城が視界から消える。そのタイミングで京子は私の顔をじっと見て。
シュワシュワと泡が浮かぶコーラを一口飲むと、彼女は頬杖をついた。
「ねぇ。あんたさ。映司のこと、好きなの?」




