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第22話「銀狼結成(side リリーナ)」

 椋見市の夏は暑い。

 私がいたアフトクラトラスも猛暑が続く時期があった。だがこの世界の暑さは質が違う。なんというかこうじめっとした気持ち悪さがあった。

 燦燦と照らす太陽の光。肌を刺すような暑さ。女性がこの時期に薄着になるのは仕方ないと言える。

 それは私も例外ではなく。今日は映司と出かけた時に着ていたキャミソール姿だ。



 あの日。間違って彼とラブホテルに入った日。

 ソファーで寝ると言い出した彼をベッドに入るように促し一緒に寝た。風邪をひかれても困るしサイズに余裕のあるダブルベッドだ。離れて寝るぶんには問題ないと思っていた。

 その時、映司は言った。「俺はティナや……そしてお前も『この世界に来て良かった』って言わせたいんだ」と。そして「過去のことは水に流して幸せになってもいいと思うんだ」と。

 私はその言葉を聞いて胸が熱くなるのを感じて。思わず彼に抱きついてしまった。咄嗟に寝たふりしたから鈍感な映司はたぶん気が付いていない。


 どこの世界に人殺しにそんなことを言う男がいるのか。映司は優しすぎる。そしてそれは彼の欠点でもあるのかもしれない。

 だけど今まで感じたことがない安心感に包まれている自分に気が付いた。あれほど温かさに抱かれて寝ていたことが過去にあっただろうか。


 私は知っている。普段、彼は刻印のことを話さない。くよくよせずに気楽に、そして前向きに生きている。しかし刻印による死という重圧は、想像以上に彼に圧し掛かっている。残り日数は二百を切っているんだ。不安でないはずはなかった。

 ティナは夜、寝るのが早いから気が付いていないかもしれないが、映司は眠れない日が増えてきた。私はそんな時、特に会話することもないが彼が眠くなるまでずっと隣にいた。

 そんな彼を見ていて私は死神への怒りが増すばかりだ。さっさとあのクソ女を蜂の巣にして彼を刻印から解放させてあげたい。

 だがあの銃器展示会での一件から数か月。死神は今だ現れない。

 


 赤坂から招集があったのは数時間前。

 たどり着いた銀狼の本部で椅子に座る私を赤坂がチラチラ見ている。普段スーツの彼は、夏らしく白いワイシャツに青いネクタイを締めた姿だが、どうも様子がおかしい。

 あまり私と視線を合わせようとせず、妙に眼鏡をいじっている。


「ところでリリーナ。少し話があるんだが」


 おもむろに口を開いた彼は、やはり視線を合わせない。


「なんだ。改まって」


「君はもう十八歳の女性だ。一人の大人として扱わなければならないのは承知している」


「一体、何の話だ?」


「いや、こういうことを言っていいのかどうか悩んだのだが……」


「なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え。君らしくもない」


 買ってきた天然水のペットボトルの口を開けて。ごくごくと喉を潤しているその時、一呼吸おいて彼は語り始めた。


「では言おう。余計なお世話だとは思うが、佐久間映司君は十八歳とはいえ現役の高校生だ。そんな彼を連れてラブホテルに行くのはどうかと思うんだが」


「ぶふっ!」


 思わず冷水を口から噴き出した。

 その瞬間、思考も時間もすべてが停止した。見開いた目で瞬きすらせず私はゆっくりと赤坂へ頭を動かす。


「君の男性関係は別に我々が口を挟むことではないことは重々、承知しているし、中で何をしようと私は気にはしないが世間体というものがあってだな」


「ちょっと待て! 何故それを知っている!?」


「忘れたのか? 君に渡してあるスマホにはGPSが内蔵されている。それで君の居場所はすぐに特定できる。説明したはずだが?」


「プライベートもへったくれもないな……」


「君と佐久間君がもっとも死神と遭遇しやすい状況なんだ。すぐに特定できるようにしているのは当然だよ」


「……誰にも言ってないだろうな? 特に桐生のおっさんに知れた日には……」


 そこで言葉を詰まらせた。何気なく振り向いた先に桐生が立っていた。「あっ」と間抜けな声をあげて、思わず口が開いたままになった。

 その時、沸き上がるのは恥ずかしさと、コイツを今すぐ始末しなければならないという焦燥感。私はバッグの中から素早くベレッタを抜いて、銃口を桐生に向けた。

 彼は反射的に両手をあげるがお構いなくセイフティを解除。


「ちょちょちょちょっと! 待った! オレ知らない。何も聞いていない!」


「そのニヤけたツラを見ながらそんな話を信用できると思うのか!?」


「いや本当だって! ……って、ヤったの?」


「死ね!」


「まじ撃たれるって! 赤坂! なんとかしてくれ!」


「これは桐生さんが悪い」


「わかったよ。聞いてないことにするって。何も言わないって。頼むよ。銃を下ろしてくれよ……」


 はぁっと大きなため息を出して。

 私は無言でベレッタを下ろすと桐生は、何事もなかったかのように私の隣に座った。そしてそっと耳打ちをする。


「お詫びと言っちゃなんだが、極秘情報を教えよう」


「……なんだ。ひそひそ話か」


 メンバーが揃ったところで赤坂は何かの書類を準備している。その姿をチラチラ見ながら桐生のひそひそ声は続く。


「今日、赤坂の奴。なんか変じゃなかったか?」


「確かに。妙にこう視線を合わせようとはしない。何か知ってるのか?」


「実はな。アイツ、若い女の子が苦手なんだよ。さらに薄着なら効果抜群ってな」


「はぁ?」


 とてもそうは見えない。はじめて会った時も普通に会話をしていたし。

 それに妻子持ちだったはずだ。


「冷静に見えるが内心、かなり動揺している。サインは眼鏡だ。照れている時やたらと触る。それをよく見ろ」


 思い出してみれば今日はやけに眼鏡を触る。彼にその癖があるのは承知しているが、明らかに今日は不自然なほど回数が多い。

 桐生の言う通り私の薄着に反応しているのであれば……これは面白いことができそうだ。

 悪戯心にまみれたうすら笑いを胸に秘め、そっと資料を準備している赤坂に近づく。そして覗き込むふりをしてぐっと彼に体を近づけた。


「さっきから何の資料を漁っている? 部隊のメンバーでも決まったのか? 私にも見せろ」


「むっ。近すぎないか……」


「何を言っている。近づかないと見えないだろう」


 チラリと眼鏡を見る。おぉ、触ってる触ってる。

 ふふふ。これは愉快だ。あの冷徹鉄仮面がうろたえる様を見るのは楽しすぎる!


 ほれほれと体をすり寄せること数分。痺れを切らした赤坂に席に座るように言われ、しぶしぶ椅子に腰かける。

 ちなみに彼が用意した資料は、予想通り部隊に配属となるメンバーの情報だった。数日後、この本部で発足会が開かれるとのことだった。その時はまた薄着にしようかなと、そんなくだらないことを私は考えていた。


 その後、家に帰った時、ソファーに座っていた映司に試しに体を近づけてみた。

 うんともすんとも反応がない彼にイラッとして。思いっきりストレートパンチを食らわした。



 ◇ ◇ ◇



 部隊発足会の当日。

 私は赤坂を弄れそうな服をルンルン気分で選んでいたがその時、家に黒のフォーマルスーツが送られてきた。

 紙が一枚入っていて「発足会当日はこれを着るように。命令だ」と短く書いてあった。あの冷徹鉄仮面め。先手を打ってきやがった。

 私は仕方なく女性用のフォーマルスーツを着ると家を出た。


 銀狼本部の一室にて。

 男達が椅子に座る中、大き目のホワイトボードの前に赤坂が立っている。私の隣には「フォーマルな恰好も似合うねぇリリーちゃん」と薄ら笑いを浮かべる桐生。何故か知らないが無性に今すぐ殴りたい。

 男達は桐生も含めて迷彩服だ。身なりや雰囲気からおそらく軍人やその類の人間だと思われた。

 チラチラと視線が私に飛ぶ。無理もない。こんな場所に十八歳の少女がいると誰が予想したであろうか。


「これより警視庁公安部第十八課、通称<銀狼>の発足会をはじめる。ここにいるメンバーはみな自らの命を預ける人間達だ。顔と名前を覚えておくように。さて我々の目的はただ一つ。この椋見市に現れたシオン・デスサイズ……コードネーム<死神>を排除することにある。そのために死力を尽くしてもらいたい。それにあたりまずは各担当と部隊長の紹介をしよう」


 赤坂が淡々と話を進める。

 銀狼の部隊長として桐生京介が。これは以前から決まっていたことだから私は驚くことでもなんでもない。ただそのドヤ顔はなんだ。やっぱり今すぐ殴りたい。

 他のメンバーも驚く気配はない。どうやら赤坂もだが桐生も面識があるかもしくは名前だけでも知っているようだ。桐生は部隊長としてすでに認められているということか。

 ただ次に続く赤坂の言葉で一瞬、場が騒然となった。


「そして桐生隊長を補佐する隊長補佐として彼女、リリーナがその役に就く。異論は認めない」


 異論は認めないとは強く出たな赤坂。もっとも反対意見が出ようが私は話を聞く気はないが。

 ざっと見渡すが思ったより反対意見は出ない。それは赤坂に対する信頼と見るべきか。まぁ実質的に部隊をまとめる立場にある彼が「異論は認めない」と断言している以上、反対のしようもないわけだが。私としては少々、拍子抜けではあった。


 だがやはり一人くらいは空気を読まない人間がいるものだ。静まり返る中、一人の男が手をあげた。

 歳は二十代後半あたりだろうか。ここにいるメンバーで私を除けば若い部類のちょっとイケメン。


「異論は認めないとおっしゃいましたが質問はよろしいですか?」


「許可する」


榊原(さかきばら)です。リリーナさんを隊長補佐にする理由をできれば教えて頂きたいです」


「彼女はこの中で唯一、死神との実戦経験者だ。また奴に対する知識、および戦闘において誰よりも秀でている。彼女が協力することで死神を排除できる確率は各段に上昇すると理解してほしい。さらに彼女の配属に関して柳参事官の許可も得ている」


「しかし失礼ですがどう見ても戦闘技術があるようには見えません。命令とあれば従いますが納得のいく形で仕事をしたいのです」


 なかなか言うなこの男。確かに私は見た目はか弱い少女だ。そう見えても仕方ないだろう。

 赤坂が事前に「異論は認めない」と語気を強めたのは、この手の意見が出ると面倒だからだ。それなりに戦闘経験を積んだ者が集まる以上、私に対して懐疑的になるのは無理もない。だからこそ赤坂は「上からの立場」で抑えることを選んだんだ。

 そして柳参事官。はじめて聞く名だが参事官とは警察の中でもかなり上の階級のようだ。おそらく赤坂より立場が上の人間といったところか。私が知らないところで彼もいろいろ工面しているようだ。


 チラリと赤坂がこちらの顔を伺う。彼の目は「説得しろ」と言っているように見える。

 確かにこの榊原という男の言うことはもっともだ。誰一人として彼の発言を止めようとしないのは、赤坂と桐生を除けば、多かれ少なかれみな思っていることなのだろう。

 納得できればそれに越したことはない。そのために一度、私の力を見せたほうがいい。

 赤坂の許可もおりたようだし、ひさしぶりにスイッチを入れるか。


 内に秘める魔力を放出する。ざわっと全身が逆立つようなそれは、おそらくこの世界の人間には「殺気」として感じられるだろう。

 一瞬に場の空気が凍ったのを感じた。魔力に当てられ榊原という男の顔も一変する。まるで敵を見るような目だ。


「ならば私の力を見せれば問題ないな? いいだろう。ちょうど黙って座っているのにも飽きてきたところだ。……来い。格の違いを見せてやる」

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