第20話「艶やかな夜を」
ティナへのプレゼントを買いにリリーナと出かけた俺は、何故かラブホテルにいた。
茫然として立っている横で「くしゅん」という可愛い声。そういえばお互いびしょ濡れだった。
リリーナは銀髪から水を滴らせ、濡れた服から下着が透けて見えている。正直、すごい色っぽい。この部屋の雰囲気もあってか妙に興奮してくる。
だけど寒そうに震える彼女にハッと我に返って。急いで浴室にいくと大きなバスタオルがあったのでそれをリリーナの頭の上からかぶせた。
「そこにシャワーあるからまず体温めて。あとバスローブあったから浴びたらそれ着ればいい。俺はお前終わったあとでいいから」
「そうする」
いそいそと浴室へと消えていく彼女を一目見て。湿って肌にすいつくTシャツを脱ぎ捨てると、持ってきたバスタオルで体を拭いた。
水が流れる音がする。リリーナがシャワーを浴びている音だ。その時、頭の中に彼女の裸同然の姿がフラッシュバックしてきて。
どうしたんだ俺。頭の中からリリーナの姿が離れない。
まるで邪念を払うように頭をぶんぶん振ると、念のためティナに連絡いれておくかとスマートフォンを手に取った。
家に電話をかけると思いのほか、ティナはすぐ受話器を取った。
「もしもしーーーーーーーー!」
いや声デカいし! 鼓膜が破裂するかと思った……。
「いやティナ、静かに。もっと静かに話しても聞こえるから……」
「あ、ごめんなさい」
「実はちょっとトラブってさ。今日、帰れるかどうかわからなくなったんだ」
「そうなんですか。あの大丈夫なんですか?」
「うん。ホテルで一泊して帰るかも」
「リリーナさんと二人でですか?」
「そう。同じ部屋」
会話がピタリと止まる。あれ、俺まずいこと言ったか?
「……リ、リリリーナさんとホテ、ホテホテルでふた、ふたふたふたりででで」
「いやおちつけ。マジで」
通話先で慌てふためくティナをなんとかなだめて。電話を切るとそのタイミングでリリーナが浴室から顔を出す。
白いバスローブを着た彼女は、手にした服をハンガーにかけるとはぁっとため息をはいた。
「ひどい目にあった。君も浴びてくればいい」
彼女の言葉を耳にしながら俺の目はリリーナから離れなかった。
大きく胸元が開いたバスローブからは、白い肌と左右の膨らみがチラリと見えて。さっきから体がすごい火照ってくるのを感じる。
そんな俺の目線に気が付いたリリーナは、恥ずかしそうに顔を赤らめて胸元をキュッと閉めた。
「ジロジロ見るな! 中は何も着てないんだ。それ以上見たら殺す。っていうかさっさと浴びてこい!」
え、バスローブの中、裸なの?
そう聞くと余計、集中したくなるが殺されたくないので慌ててシャワーを浴びる。俺も濡れた服をハンガーにかけバスローブを羽織った。
部屋に戻るとリリーナはきょろきょろと周りを見ている。
「なぁ映司。この部屋、変じゃない?」
「う、うん?」
「なんでベッドが一つしかないの?」
「い……いや。ここはそういうとこだから……」
振りむいた彼女はジト目で俺に迫った。
「さては何か知ってるな。映司。話せ」
「ここラブホだし」
「ラブホって何?」
「男と女がエッチなことするところ」
身も蓋もなく洗いざらいしゃべる。するとまるで石になったかのように彼女は固まって。
突然、動き出したかと思うと胸元をキュッと閉めて、俺から後ずさりした。
「さてはいかがわしいことを考えているな! そんなところに私を連れてくるなんて、この変態!」
「お前が連れてきたんだろうが! しかもご丁寧に宿泊のボタン押しやがって! 宿泊代かかるぞ。いくらの部屋か見てなかったけど」
「うぐっ。それキャンセルできない?」
金絡みの話となると途端に冷静になるようで、状況を理解したのかしゅんとするリリーナ。彼女はベッドに腰かけ財布の中を覗く俺の横に座った。
買い物にいくということで銀行から多めに金を下ろしていたのがラッキーだった。たぶん宿泊代くらいならなんとかなる。
「たぶん無理だろうな。まぁ多めに金を用意してたから平気だな。余計な出費には違いないけど?」
日ごろの鬱憤を晴らすかのように少し意地悪な口調で言ってみる。リリーナは気まずそうな顔をしたものの「テレビでも見るか」と俺から目を逸らした。コイツ。話題変えようとしてやがるな。
その時、ふと気が付いた。こういうところのテレビってアダルト番組を放送してるんじゃないのか?
案の定、テレビに映るのは裸の男女。そして響き渡る盛大な喘ぎ声。それを見て彼女は再び石化したかと思うと突然、バスローブを大きくめくった。
細くて綺麗な足にベルトで固定されているのは銀色の拳銃。リリーナはそれを抜くと銃口をテレビに向けた。
「下品! 汚い! けがらわしい!」
「ちょ……ちょっとおおおお! まてぇぇぇ!」
本当に撃ちそうな気配を感じて俺は、咄嗟に後ろからリリーナに覆いかぶさり彼女の両手を掴む。
抑え込むこと数分。リリーナの動きが止まったのを確認してほっと安堵のため息を出した。そのまま撃てば器物破損どころか下手したら銃刀法違反で警察行きだ。通報で押しかけた警察官とラブホテルで撃ち合いとか嫌だよほんと。
その時、彼女と目が合った。
吐息が触れるくらいの距離で俺と彼女は密着していた。ほのかに香る花のようないい匂いに、ぷるんと潤っている唇。吸い込まれそうなほど魅惑的に輝くサファイアの瞳が俺の視線を奪って離さない。
しかもよく見ると目元が普段よりはっきりしているし、唇の色もちょっと違う。その時、俺ははじめて気が付いた。普段、何もしていない彼女が今日、この日のためにわざわざ化粧をしていたことに。今朝、準備にやたら時間かかっていたのはこのせいだったのか。
リリーナの温かさを全身に感じて。そのまま黙って見つめ合っていたその時、ハッと我に返ったように彼女は突然、離れると俺に銃口を向けた。
「待った! 今のは不可抗力だ!」
咄嗟に両手をあげた俺に彼女は溜め息を出すと拳銃を下ろす。
「おなかすいた」
「なんか買ってくるか。近くにコンビニくらいあるだろうし」
「その恰好でか?」
そういえばパンツ一丁の上に白いバスローブ姿でした。
俺が「あっ」と間抜けな声をあげるのを見て、リリーナは拳銃をテーブルの上に置くとテクテクと歩き出す。何気なく俺は後を追った。
彼女が選んだこの部屋。どういう意図があるか不明だがキッチンがある。冷蔵庫もあって中には野菜とかベーコン、ソーセージやらが入っていた。
俺とリリーナの視線の先に「ご自由にお使いください」と書かれた張り紙が貼ってある。どうやら料理を作ってもいいらしい。張り紙の下のほうに「裸エプロンプレイにもどうぞ」なんて書いてあったが全力でスルー。
「裸エプロンプレイが何なのかはこの際、無視する。どうやら使っていいようだし、私が何か作ろう」
「お前、料理できんの?」
「料理くらい作れるさ。普段はティナの顔を立てているだけだ」
「想像できねぇわ」
普段のコイツは家だと食っちゃ寝している。とても家事ができるとは思えなかった。
そんな思考を見抜いたか、彼女は突然、包丁を持ち出すと俺に突き付けた。どうやら俺の発言で彼女の料理心に火がついたようだ。
「いいだろう。絶対に美味しいと言わせてやる!」
「いや意気込むのはいいけど、包丁を向けないでください」
俺のツッコミを華麗に無視して、リリーナはエプロンを持ち出すとバスローブの上から紐を通した。
「なんなら裸エプロンプレイでも……」
「君自身が食材になりたいか?」
「すみませんでした」
なんてくだらない会話をしながらもリリーナは食材を切り始める。見たところ確かに料理の心得はありそうな動きだ。
俺は備え付けてある食卓の椅子に座り、彼女の様子を観察することにした。単純にリリーナがどんな料理を作るのか興味があったから。
鍋に水を入れてソーセージなどの食材を入れて火にかける。どうやらスープみたいなものを作っているらしい。
料理する彼女はどこか上機嫌に見える。その姿がここにはいないティナと混ざり合った。以前、俺はティナに聞いたことがある。料理するの楽しいのかって。
するとティナは「誰かのために料理を作るのが、すごい嬉しいんです」と答えた。美味しいと言うその顔を想像して、その通りになった時、とても嬉しく感じると。
それだけ俺のことを想って作ってくれているのかと心がほっこりとしたが、今のリリーナも同じなのだろうか。
誰かのために何かをする。ティナは俺のために料理とか家事全般をやってくれている。リリーナは俺のために死神と立ち向かってくれている。
それじゃ俺は、彼女達のために何ができるだろうか。
いろいろと考えが頭の中を巡るその時、料理ができたのかリリーナが鍋ごとテーブルの上に置いた。
蓋を開けるとかぐわしい香りが漂う。見ると野菜と肉を煮込んだ料理だった。
「私の得意料理でな。以前いた世界でもよく作っていた。この世界では似たようなものを『ポトフ』というらしい。味が薄ければ好みで塩、こしょうをかけて食べてくれ」
満面のドヤ顔で料理の説明をするリリーナがどこか可愛らしい。
彼女はスープ皿に野菜と肉をとりわけ俺の前に置いた。ベーコンや野菜がゴロッと大きく切り分けられ入っている。
「いただきます」
一口食べてみて。正直、すごい美味しい。
野菜はきちんと火が通っていて、ベーコンはほろほろとほぐれるほどの柔らかさ。スープも素材の味が出ていて、味わうほどに体に染み渡る美味しさだった。
「美味い……。なんか特別なことしてるの? このスープ」
「コンソメで煮込んでいるだけだ。何も特別なことなんてしていない。私のいた世界では干し肉を使っていたがここではベーコンで代用した。ベーコンは西洋の鰹節と言われるようにいいダシが出るんだ」
ドヤ顔で語る彼女に俺は頬が緩んだ。普段はいやらしく見えるがどうも今日のコイツはやけに可愛く見える。
夢中になって食べていると視線を感じて。目線をあげるとリリーナと目が合った。
彼女はテーブルに頬杖をつきじっと俺を見つめている。その瞳はとても優しくて、艶やかだった。
「な……なんだよ」
「いや、思えばこうして男の人に料理を作ったのははじめてだったなって。……悪くないな。こういうの」
妙にしおらしい言葉に俺はどぎまぎしてしまって。雰囲気のせいもあって目の前の彼女がすごく色っぽく見える。
煌めく瞳も潤った唇もバスローブの隙間から見える白い肌も。まるで俺を誘惑しているかのようにさえ感じられた。
そんな普段と違う一面を見せているリリーナは、俺が食べ終わった後に信じられない一言を言い放った。
「さて、寝るか」
「んじゃ俺はソファーにでも……」
「いや。同じベッドで」




