第19話「萌える前哨戦」
高校生活最後の夏休みがスタート。
俺はこの休み期間にティナをデートに誘う計画を立てた。京子にデートスポットの相談に乗ってもらいリリーナにはプレゼントを選ぶのを手伝ってもらうことにした。
そして、リリーナと買い物に行く日の朝。
俺はリビングで両手をあげ正座をしていた。
グリッと冷たい鉄の塊が俺の頭に押し付けられる。銀色の銃口を向けたリリーナの冷ややかな声が響いた。
「ティナ。この変態は危険人物だ。君も危ない目に遭うかもしれない。私が管理する」
どうしてこうなったかと言うと。時間は少し遡る。
朝、目が覚めた後、俺は寝ぼけながら顔を洗おうと浴室に行った。
この家には男は俺だけ。あとはみんな女の子だ。当然、浴室で鉢合わせにならないように、彼女達が使用する時は「立ち入り禁止」のステッカーを貼るようにしていた。
寝ぼけていた俺はそれを見逃して……不用意にも思いっきり浴室へのドアを開けた。
そこには美しい女神がいた。
透き通るような白い肌にレースをあしらった純白の下着をつけたリリーナの姿だった。俺が入った時、ちょうどブラジャーのホックを背中で止めている最中だった。
そこで目が合って。俺と彼女は同時に固まった。
止まった時間を戻したのは、浴室に響き渡る悲鳴。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
そして俺はこうして正座をさせられている。挙句の果てに頭になすりつけられているのは実銃だ。
「つーかキャアアじゃなくてぎゃああって。何そのムクドリの鳴き声みたいな」
「脳漿ぶちまけ大会に参加するか?」
「そんな物騒な大会、全力でお断りします」
しかし思い出してみれば見惚れるほど綺麗だった。スレンダーなモデル体型をそのまま小さくしたような感じ。それにあんなちょっとセクシーな下着を着ているとは思わなかった。
まさか今日、一緒に買い物にいくから? いくらなんでもそれはないか。
ただ銀髪を気にしなければ、どこからどう見ても現代の女性だった。
「ステッカーは見る。ノックする。状況を考える。いいな?」
「はい」
「復唱しろ」
「ステッカー見る! ノックする! 状況を考える!」
「いいだろう。次やったら脳漿ぶちまけ大会の最初の会員にしてやる」
「……ご迷惑をおかけしました……」
俺がおそるおそる言うとようやく銀色の銃口が下がった。
間髪入れずにティナが心配そうに顔を覗き込む。
「やりすぎですよ。リリーナさん」
「君は甘すぎる」
優しい俺の天使。
そういえばティナは下着とかどうしているんだろうか。服は数着あるワンピースを取り替えてるけど、さすがに下着はわからない。覗くわけにもいかないし、リリーナみたいに女性がつけるものを普通に履いているのだろうか。
その時、気が付くと俺を見るのはティナではなくリリーナのジト目。
「ほら見ろ。今コイツは君の下着姿を想像しているぞ」
「人の心の中、覗くのやめてくれませんかね!?」
ふんっと俺の声を鼻で笑い、拳銃をくるくるしながらリリーナは自室へと入っていった。
後ろ姿を眺めた後、ゆっくり立ち上がる。ひさしぶりに正座したから足が痺れてしまった。
しばらくして出発の時間に。外はあいにくの曇り空。
俺は黒スキニーのボトムスにデニム風のTシャツにした。メインは買い物だしカジュアルな恰好でいいと思ったから。
サクッと決めた俺とは正反対にやけに時間がかかったリリーナはというと。
水色のフリルのついたキャミソールに白のショートパンツを合わせたコーディネートだった。靴はローヒールのサンダル。いかにも夏という感じ。
この世界に来たばかりの時の彼女と比べると格段に変わったなと思う。もうほぼ別人。あのダブダブのパーカー姿はどこへやら。
だけどそれはリリーナがそれだけこの世界を満喫している証拠だと思う。
玄関で二人揃って出る時、ティナが笑顔で見送っていた。
「これからデートですか?」
「「ちげーよ!」」
俺とリリーナが同時に答えたことにティナは目を丸くしていた。
◇ ◇ ◇
椋見市内にある大手ショッピングモールは、夏休み期間もありかなり人で溢れかえっていた。
そんな中、輝く銀髪に可愛らしさと綺麗さを兼ね備えたリリーナは、嫌でも人目を引く。通りすぎて行く人は男であれ女であれ視線がくぎ付けになっていた。
そんな彼女は俺のデニムシャツをギュッと掴んで。何せ方向音痴のリリーナにとって俺を捕まえておけるかどうかは死活問題だ。見失ったらこの人ごみの中、混乱するのは一目瞭然。もっとも今はスマートフォンがあるから連絡とれるんだけど。
俺は彼女に合わせて歩く速度をゆっくりにした。そうすることで彼女もゆっくりと物を見られるから。
ショッピングモール内でリリーナが興味を引いたものは至って女の子らしかった。
肩から下げた小さなバッグを揺らしながら見て歩くものは服やバッグ、靴、アクセサリーなど。どこからどう見ても年頃の女の子だ。服などを見ながらチラチラと俺を確認するのは変わらないが。
ただホビーショップに寄った時、モデルガンを見る瞳はどこか熱かった。やはりミリオタの気はあるようだ。
それとゲームコーナーにあるクレーンゲーム。これも気に入ったらしく何度もチャレンジして一喜一憂していた。ちなみに熱心になるあまり念動力で落とそうとして、俺は慌てて止めた。
マジやめて。このゲームコーナー、子供の頃から何度か行ってて俺も好きなんだから出禁になるとか嫌なんです!
しかし目的を忘れてはならない。俺達がやらなければならないのは、ティナへのプレゼントの選別だ。
服も考えてみたがティナは、肌に合わないのか理由ははっきりしないけど天然繊維の服しか着ない。最初に買ったワンピースはたまたまリネン素材のもので問題なかったけど、いざ買うとなると素材が限定されるぶん選択肢が狭くなるという理由で却下。
リリーナの提案でアクセサリーはどうかという話になり、二人でとある店に入る。物色している時、彼女はとある物をみつけた。
それは猫耳カチューシャだ。ケモミミ好きな俺にとって悶絶アイテムであるそれ。ティナにつけてほしい……いやこの際、リリーナでもいいと思っていたその時。
何を思ったかリリーナは、俺の方を向くと猫耳カチューシャをすぽっとかぶってみせた。
いや、予想はしていた。性格はどうあれ容姿だけで言えばリリーナは見惚れるレベルだ。猫耳カチューシャなんてつけたら可愛いに決まっている。
だけど実際に見たそれは想像をはるかに超えて悶絶レベルだった。無表情っていうのが逆に縄で首を絞めるがごとくじわじわと俺に揺さぶりをかける。
でも「可愛いと言ったら負け」と「コイツには負けたくない」という妙なプライドが邪魔をして、俺は無言でやり過ごした。
「ほう。耐えたか。ならばこれはどうだ?」
そう言いながら彼女は、小さな手をまるで猫のように丸めて「招き猫」のスタイルを決めた。
「にゃぁ」
「ぐふっ!」
パシッと音を鳴らして吹き出しそうになった口を塞ぐ。何、猫なで声出してんだよ!? どういうつもりだ。悶絶死させる気か!?
再び現れるプライド。意地でも「可愛い」なんて言いたくない!
だが体は正直だ。自分でもわかるほど震えている。なんとか顔を背けて直視はしていないが、その猫リリーナの姿を見たくて眼球がちらちらと動いてしまう。
なんとか耐えきったその時、彼女は手を下ろした。
「これにも耐えたか。いいだろう。今回は私の負けにしておいてやる」
「なんの……勝負ですか……」
猫耳カチューシャを取り外し、棚に戻したリリーナは僅かに顔をほころばすと、ちょこんと舌を出してみせた。
「いつもティナには可愛い言うが私には言わないからな。言わせてみたくなった。それだけ」
いや正直、お前めちゃくちゃ可愛いよ。だが性格が悪いんだよ!
黙る俺を後目に再び、何事もなかったかのように物色を開始するリリーナ。呼吸が落ち着くと彼女の後を追う。その時、何かを見つけたのかリリーナの足が止まった。
「これ、いいんじゃないか」
彼女が手に取ったのは紫色の石がついたピアスだった。確かに金髪のティナには似合いそうだ。
「この石はアメジストといって、愛の守護石として真実の愛を守り抜く強さをはぐくむそうだ。孤独に生きてきた彼女がようやく得た楽園を守り抜けるように、言わばお守りにいいんじゃないか」
俺はその話を聞いて本当にピッタリなアクセサリーだと思った。やっぱりリリーナを連れてきて本当に良かった。猫耳見られたし。
迷うことなくアメジストのピアスを買い昼食を済ますと、俺とリリーナはショッピングモールを出て彼女のお目当てである大手アニメグッズショップへ。
広い入口でリリーナは俺の方へ向き直った。輝くサファイアの瞳は期待感の表れか。
いや違う。戦場に赴く戦士の闘志を表しているに違いない。
「二手に分かれよう。私は三階のゲームグッズコーナーから作戦を開始する」
「俺は一階のアニメコーナーから侵攻を開始。対象を入手する」
「いいだろう。ヒトロクマルマルにてここに集合。時間厳守だ」
「了解した」
「健闘を祈る。状況開始」
お互い背中を合わせるとその場から素早く移動した。狙うべき相手は人気度が高い。
リリーナは当然、「聖剣乱武」のグッズだろう。特に「グングニル」は超人気キャラだ。ライバルは多いはず。
だがリリーナはこの時のために店内MAPを入手し、移動ルートの設定まで行っている。今の彼女に阻むものなどいない。方向音痴さえ克服したリリーナは、的確に対象を入手することだろう。
俺はというと今、動画でもっともホットな人気バーチャル天使アイドル「プリムたん」のフィギュアが狙いだ。「キミのハートにアルカナ起動!」のキメ台詞でお馴染みの彼女だが、今まで人気がありながら何故かグッズ化されなかった。
それがようやく解禁され、このアニメグッズショップに期間限定で並んでいるという情報を得ていた。狙わないわけがない。
並んでいるのに横入りするデブオタク。会計が異常に長いおばちゃん。徒党を組んで商品をブロックする謎の集団。まさに苦難の道のりだった。
迫り来るいろいろな障害を乗り越えた俺は、一階の待ち合わせ場所にいた。
時間はちょうど十六時。手からぶら下げた袋にはようやく手に入れた「プリムたん」のフィギュアが入っている。他にもポスターやタペストリーなど。
十分な収穫だ。リリーナが事前に開いた「攻略ルート講習」の効果あってのことだと思う。オーバル型の眼鏡をつけて指揮棒を振るい説明するリリーナは、なかなか様になっていた。というかアイツはそのうちコスプレにも目覚めそうだ。
その時、目の前で銀髪がふわりと揺れる。
手に大きな袋を下げたリリーナが立っていた。多少、疲労感が見えるが満足気に微笑む顔は、目的を成し遂げた証か。
「うまくいったようだな。どこかで戦利品でも見せ合うか」
彼女の提案に同意した俺は、ネットカフェに移動。そこで戦利品の確認。
奇遇にもお互い手に入れたのはポスターやタペストリー、フィギュアと似たようなものだった。こうリリーナと妙にシンクロすることが多いのは何故なのか。
個室でジュースを飲みながら彼女は「プリムたん」のポスターを見て一言。
「ピンク髪。デカい胸。どことなく漂うビッチ臭。君が好きそうだな」
「お前のやつもイケメンだらけじゃねぇか。狙いはグングニルだけじゃないのか」
「グングニルは一番狙いだがそれ以外にもある。なんかこう……イケメン同士付き合うのも悪くない」
「なんか今、すげぇパワーワード聞こえたんだけど気のせいだよね?」
お互いの推しキャラの話で花を咲かす。リリーナとはこの手の話題で盛り上がれるから嬉しい。ティナにはない彼女だけの役得と言える。ちょっとBLっぽいけど。
口ではビッチ言いながらもリリーナは何故かプリムたんのポスターを熱心に眺めている。どうしたのかと聞くと「君は肩だしが好きなのか?」と逆に聞かれた。確かにプリムたんの衣装は肩が露出している。
なんというかチラリズムとでも言えるか。露出が高すぎるよりうなじが出ていたり肩だけ出ていたり、あとニーソックスとスカートの間、いわゆる「絶対領域」が際立っているとか。そういう衣装に俺は萌える特性があると思っている。
そのことを言うと「変態だな。実に君らしい」と言われた。相変わらずの口の悪さだけど、何故か表情はとても柔らかかった。
ネットカフェで話し込み、気が付くともう十九時を回っていた。いい加減帰るかという話になり外に出て駅の方角へ歩いていたら突然の大雨。
濡れるのを嫌ったかリリーナは慌てて俺の手を引き、とある建物へ入り込む。しばらく雨宿りしようにも止みそうにない。
入った場所はどうやらホテルらしい。お互いびしょ濡れで風邪を引いたらまずいし思案していたところ突然、彼女は「一泊」のボタンを押し出てきた鍵を取った。え、休憩じゃなく一泊?
そして入った部屋。なんかアダルトな雰囲気が漂い、極め付けはダブルベッド。
いや俺もはじめてだからよくわからないけど。思うにここって……ラブホテルだよね?




