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第18話「デートの準備は大変だ」

 俺はパンッと手の平をあわせて拝んでいた。

 相手は神でも神棚でも神社でもない。幼馴染の栗林京子だ。放課後、屋上に彼女を呼び「頼む」と開口一番、拝み倒した。

 チラチラと手の横から様子を伺う。京子は腕を組みじっとこちらを見つめて……いや、睨んでいる。明らかに不機嫌丸出しの表情。


「なんであたしがあんたのデートの予定、考えないとだめなわけ?」


「いや、俺そういうの詳しくないし。頼めるの京子くらいしかいないし」


 本当にデートスポットとか予定とか考えるのが苦手だ。何も思いつかない。

 京子とは何度も一緒に出かけたことはあるけど。それはデートという感じではなかったし、ただ買い物をしただけだった。少なからず俺の中ではそうだった。

 だが今回はわけがちがう。俺は人生で初のデートをしようと画策していた。相手はティナだ。


「あたしだってティナって子の好み知らないんだしさ。立てようがないじゃん!」


「そこを何とか! 女の子が喜びそうな場所を教えてくれるだけでいいからさ。頼むよ神様、仏様、京子様!」


 京子は、はぁっと大きなため息を吐いて。

 視線を逸らすと腕を組んだままぶつぶつと何かを言いはじめた。


「……本当に何もわからないんだから。もう」


「はい?」


「あーっ! もう! わかったわよ。考えりゃいいんでしょ! そのかわりなんか奢ってよね!?」


「天城さんのとこでケーキとジュースおごる!」


「おーけー。んじゃそこでついでに作戦会議といきましょ」


 セミロングの黒髪をふわりと揺らして、京子がずかずかと歩いていく。

 不機嫌になってしまったのは申し訳ないと思っている。だけどこれで準備段階の一つがなんとかなりそうだ。

 だが一難去ってまた一難。次はアイツに頼まなければならない。さっきの京子の反応を見て、何度も頼める気はしないし、さすがにそこまですると彼女にも迷惑だろうから。

 

「女の子とデートするのって……大変だな」


 俺は階段を降りていく京子の背中を見ながらぼそっとつぶやいた。


 その後、天城さんのカフェでデートコースの作戦会議がはじまった。前払いでショコラのケーキとフレッシュストロベリージュースを注文。

 デート教官たる京子は熱心にスマートフォンを眺めている。ネットで調べてくれているんだろうなと感心していたけど、チラリとみたらゲームをしているだけだった。見るとリリーナもやってる「聖剣乱武」だ。


「はいはい。映司はきちんとコースを考える、考える」


「頼んでおいてなんだけどお前、マジやる気ないな」


「困った時は手を貸すっていうことで。お、フレンドの人がログインしてる。この人、強いから助かるんだよねー。メッセージのやり取りもしたことあるけど、親切で丁寧な人って感じ。優しそう」


「へぇ、そうっすか。ちなみにプレイヤーネームは?」


「『ぶぶぶ』だって。名前は変わってるけどね。女の人みたいだけど一回、会ってみたいなぁ」


 いや待て京子。お前、そいつはリリーナだぞ。会いたいってめちゃくちゃ険悪な仲じゃないですか。

 しかし親切、丁寧、優しそうってアイツのイメージと正反対だ。彼女はネットの中だとたぶん人を欺くタイプだな。真実を打ち明けると面白そうではあるけど放置することにした。


 そしてゲームに夢中の京子をなんとか会議に強制参加させ、おおかたコースが決まった時には外はもう暗くなっていた。



 ◇ ◇ ◇



「リリーナ。デートしよう」


 京子とデートコースの予定を相談した日の夜。ノックして入ったリリーナの部屋で俺は開口一番、そう言った。

 それを聞いた彼女はサファイアの目を丸くして、口を半開きにしている。コイツがこんな顔するのは珍しい。よほど予想外の発言だったとみえる。


 夏真っ盛りの夜。何故か蛍光灯を消した薄暗い部屋で、白いタンクトップを着たリリーナは驚いたのか少し黙り込んで。

 だけどしばらくすると硬直を解いていつものすまし顔に戻った。


「断る」


「いやデートは言いすぎた。買い物に付き合って欲しい」


「一人でいけ」


「俺だけで選ぶのは難儀なミッションなんだ。協力を要請したい」


「ならば尚更、単独行動で実行しろ。君に協力したところで私になんの利点があるというのか」


「今回の任務は単独では達成が難しい。ターゲットの確保さえ予想外の苦難が待ち受けていると現時点では考えられる。それ故、貴官の協力が必要不可欠なのだ。貴官の能力があれば本件の難易度を飛躍的に下げることが可能だと判断した」


「作戦を行うにはそれなりの金銭、物資が必要となる。それがわからない君ではあるまい。ならばそれを消費してなお私に利点が生ずるかどうかを提示しなければ私は動けない。協力してほしければ私にプレゼンテーションをしてみせろ」


 ここまで話して。俺は思案した。

 リリーナが首を縦に振るのに必要なものは何か。コイツの性格を考えれば京子とは違い、頼み込んでもおそらく承諾しないだろう。彼女の言う通り明確な利点を提示しなければならない。


 うーんと首を捻って。

 目についたのは壁に貼ってあるポスター。それはソーシャルゲーム「聖剣乱武」のキャラクター「グングニル」のイラスト。リリーナの推しキャラだ。

 最近のコイツはオタ女子化が進行している。今はまだポスター程度だがそのうちグッズだのなんだの欲しがるのではないだろうか。いや、すでに欲しがっているが買えないんじゃないか。

 

 リリーナが来てまだ間もない時、コイツはすぐに迷子になった。方向音痴らしい。

 今は慣れたようだけど、ここから離れた場所はおそらく行ったことすらないかもしれない。例えば大手ショッピングモールとか……大手アニメグッズショップだとか。

 それならばコイツが食いつく可能性があるじゃないか。


「よしわかった。リリーナ。今回の買い物に付き合ってくれたなら、大手アニメグッズショップへ連れて行ってやろう」


 リリーナの銀色の髪がピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。


「それって……アニリンク?」


 アニリンクは家の近くにあるアニメグッズショップだ。リリーナの活動範囲内にあるのでよく利用しているっぽい。当然、俺も学校の帰りに寄ったりする。


「アニリンクとは系列が違うが店の規模は全然デカい。大手だからな。三階建てという巨大さで漫画から小説、アニメ、ゲーム、グッズまで何でも揃うぞ。普段のお前ならまず行かない場所だ。今回、手伝ってくれたら俺が特別に連れて行ってやる。こんな機会、そんなにないぞ?」


 食いついたリリーナに畳みかける。

 彼女は表情こそ平然としているがひっきりなしに銀髪の先をいじっている。これはかなり効いている感じ。


「べ……別に通販でも買えるし」


 コイツ、通販で買ってやがったのか。おそらくポスターの入手経路もそれか。というか金はどこから? 俺は日用品以外は出してないし。仕事はしてるわけないし……ってあの赤坂さんの部隊で給料って出るのか?

 とりあえず置いておこう。今はリリーナを口説くほうが先決だ。


「甘いな。通販だと物は限られるしレア物には出会えない。それに現物を見て選ぶのがグッズショップの良さだ。画像だけではわからないディテールまでチェックできる。細かい質感とかネットじゃわからないだろ? こだわるならば自らの目をもって現物で確認しなければならない! こいつは原則だ」


 オタクを舐めるなよ。お前とは年季が違う。

 本だって汚れとかあるしタペストリーなどもしかり。ましてやフィギュアに至っては現物でないと本当に安心できない。


 俺の熱弁ぶりにさすがのリリーナもたじろいだ。会話の主導権を握らせてやるもんか!

 彼女はしばらく悩んで。決心がついたのかゆっくり顔をあげた。


「わかった。買い物に付き合うだけだな? 行こう」


「よし。頼んだぜ」


「それで。私に何を協力してほしいんだ?」


「ティナにあげるプレゼントを一緒に選んでほしい。今度デートに誘おうと思ってさ。ほら、ちょっと前に俺の不注意で彼女を傷つけたから。そのお詫びだよ」


「なるほどな」


「時期はそうだな。もうちょっとで夏休み入るからさ。その時に行こう」


「了解」


 なんとか約束をとりつけて一安心。

 その時、ふと思った。なんでいつも蛍光灯、消しているんだろうか。俺が入る時は毎回、枕元にある白熱灯だけだ。

 前の世界と比べたら蛍光灯は明るすぎるっていうのも考えたけど、それならリビングとかも同じだし。それに暗くなってから帰宅した時、何気なく部屋を見たら普通に灯りがついていたしな。


「なぁ、お前さ。なんでいつも灯り消してんの?」


 そういいながらドアの近くにあるスイッチをパチンと鳴らした。

 パッと部屋が明るくなると同時にリリーナは驚いて。咄嗟に胸元を腕で隠すと枕をすごい勢いで俺に投げつけた。


「へぶっ」


「馬鹿アホ死ね変態! 上はこれ一枚だけなんだよ! 透けるだろうがこの変態がっ!」


 あぁ。そういうことね。

 顔にめりこんだ枕がずり落ちるのと同時に俺はスイッチを切った。

 ちょっと拝んでおけばよかったと思ったのは、彼女には内緒だ。

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