第16話「幻影の家族」
幽霊になって化けて出てくるなんて!
この一言で空気が固まった。
俺は霊感体質だ。幽霊とかよく見たしもう慣れている。ただどう見ても、目の前にいる桐生っていう人は人間にしか見えない。
リリーナですら予想の斜め上どころか場外ホームラン発言に目を丸くしていた。
「映司が霊感体質だから、あたしもいずれ見えるようになるのかなって冗談半分で言ってたけど」
うん。確かにそんなこと言った気がする。
「まさかはじめてみた幽霊が父さんとか……」
いや、京子。悪いけどそこにいる人、たぶん生きてるよ?
勘違いにしては度が過ぎるけど、何か要因がありそうだ。俺がそう思った時、リリーナも同じことを考えたんだろう。丸くなっていたサファイアの瞳をジト目に切り替えると、桐生さんを見つめる。
「どう見てもゴーストの類には認識できないが桐生は死んでいるのか? それともアンデッドか何か?」
「あー。忘れてた。オレ、戸籍上は死んでるんだった」
「えっ!? だって……あたし小学生だったからよくわからないけど、死亡診断書もらったって母さん言ってたし、それに葬式だってしたし……」
「そう。したよ。オレの葬式な。それに棺も焼いた。オレじゃない他人が入った棺をな」
桐生さんの口から語られる真実に京子は茫然と立っている。
当然だ。小学生の時に死んだと思っていた父親が実は生きていて。それも葬式から死亡診断書まで全て偽装だったなんて、当時の京子が知る由もない。
「京子。戸籍上は死んでるがオレは生きている。それはな。詳しくは言えないがお前や聡美のためにそうするしかなかったんだ」
聡美さんというのは京子のお母さんの名前だ。ちょうど小学生の時、俺の実家の近くに京子が引っ越してきた。タイミング的にその時の話をしているんだろう。
いつしか京子の目にはうっすら涙が浮かんでいた。それを見て桐生さんは優しく微笑んで。
「アイツに似て綺麗になったな京子」
何かを噛みしめるようにじっくりと京子の成長した姿を見つめると、桐生さんはリリーナへ笑顔を向けた。でもその微笑みはどこか寂しげだった。
「邪魔したな。オレ帰るわ」
テーブルの上に置かれていた茶色のテンガロンハットを掴み、椅子から立ち上がろうとする桐生さんに京子の体が反応した。ビクッと何かに怯えるように大きく震える。
もう会えないかもしれない。彼女はそう思ったのかもしれない。何かを言いたそうに口をパクパクさせているけど言葉は出ていなかった。
そんな京子に助け船を出したのは、俺じゃなく意外な人物だった。銀色の髪を揺らして彼女は桐生さんを見つめた。
「待て。桐生」
「リリーちゃん?」
「せっかくだ。飯くらい食っていけ。ティナの作る料理は美味いぞ。あとおっぱい女。お前もこっちにこい。たまには家族団らんもいいだろう」
そこにあるのはリリーナの優しい言葉とティナの温かな笑顔。
桐生さんはそれを見て「んじゃいただくわ」とテンガロンハットをそっとテーブルの上に置いた。京子もうなずくとゆっくり桐生さんに近づいていく。
場の雰囲気が一気に和らぐのを感じて。
俺は心の中で安堵のため息を出す。その時、何かを思い出したのかリリーナが「あっ」と声をあげた。
くるりと俺へ向き直った彼女のサファイアの瞳は、宝石のように綺麗で輝いていた。
「言い忘れてた。おかえり映司」
「ただいま」
微笑み俺は歩き出した。そこには俺の家族がいる。
たとえそれが血が繋がっていない幻影の家族であっても。
◇ ◇ ◇
晩御飯は豪勢だった。
リリーナが買ってきたらしいアジのたたきにエビフライ。それに鰻のかば焼きまで。かば焼きはさすがにティナでは作れないようで市販品を温めたみたい。
びっくりしたのはエビフライ。ついにティナは揚げ物ができるようになったようだ。日々、進化する彼女の料理の腕は予想をはるかに超えていた。
異世界から来たリリーナが生の魚を食べているのにもびっくりした。いったいどこで食べる機会があったのか。さすがにティナは無理そうで箸をつけなかった。
桐生さんと京子は最初、ギクシャクしてたけど、桐生さんが俺も知らない彼女の幼少時代を語りだしてから一変した。
聡美さんと「女の子らしく育ってほしい」なんて語り合ってたらしいけど、小学生になったばかりの時はもう男みたいだったとか。近所のガキどもと喧嘩したり泣かしたりしてたらしい。
そういえば確かに俺の実家の近くに引っ越してきた時、やたら男っぽい女の子だなぁとは思ってた気がする。今はまったくそんな感じしないけど。
さらに実は逆子だったとか、出せと言わんばかりに腹を蹴ってたとか、京子が生まれる前の話まで飛び出して。一気に食卓が騒がしくなったと同時に京子に笑顔が戻った気がした。
その後、京子を家まで送ると一緒に出ていった桐生さん達を見送って。
俺は食事の後片付けを手伝っていた。慣れた手つきで皿を洗っていくティナはもうどこを見ても現代の女性に見える。いや、いっそ嫁と言いたい。口では言えないけど心の中では「俺の嫁」と叫びたい。
ちなみにリリーナは食後、自室に入っていった。そう言えば桐生さんが持ってきたらしい「例のもの」って何なのか聞き忘れてしまった。おそらく赤坂さん率いる特殊部隊とかに絡んだ物だと俺は予想した。
せっせと片づけをするティナはどこか上機嫌だ。
気分が高揚しているのか、きめ細やかな肌を少し赤らめて。口元には僅かに笑みを浮かべエメラルドの瞳が爛々と輝いている。よほど嬉しいことでもあったんだろう。
思わず見惚れるその姿に一瞬、息を呑んで。俺はティナの横顔を見つめた。
「なんか嬉しいことでもあった?」
「え? あ、はい。やっぱりみんなで食べるご飯は楽しいです。家族っていいですね」
笑顔で語る彼女に心が温まる。
その時、この家に来る前の奴隷のような恰好をした彼女を思い出した。満足にご飯も食べられなかったのか痩せていて、服もほつれて汚れていた彼女。その姿から想像するにおそらく前の世界では、こうしてみんなで食事をすることもなかったのかもしれない。
だからティナは家族の団らんというものに憧れていた。俺の家に来てもしそれが叶ったのなら、これから先のことはわからないけど、彼女をここに連れてきて本当によかったと思う。
だけど同時に考えもした。
前の世界にティナの家族はいないのだろうか。あんな姿でも家族がいないとは限らない。もしかしたら前の世界でずっとティナのことを探しているのかもしれない。
その時、俺の心の中に迷いが生まれた。このまま彼女が家にいて本当にいいのか。俺は正直、居てほしい。離れたくない。だけど彼女はどう思っているんだろうか。
「……なぁ。ティナ。君は家族っているの?」
「はい?」
「いや。前の世界にも家族っているのかなって。もしかしたら彼らが君を探しているのかなって。そして君も家族に会いたいのかなって。帰るっていう選択肢も必要なのかな」
その瞬間、ピキンと何かが凍り付いた気がした。
それはティナの表情だった。先程、浮かべていた笑顔が消えて。エメラルドの瞳を大きく開き、身動き一つせずに蛇口から流れる水をじっと見つめていた。
「……ティナ?」
「……それ、本気で言っているんですか……?」
背筋にざわっと電流のようなものが流れた。
急激に鼓動が早くなる心臓と徐々に沸き上がる焦燥感。表情を一変させたティナに言葉をかけようにも喉から何も出てこない。
黙り込んでしまった俺に彼女はハッと顔をあげて。笑顔を見せると、「お風呂の準備してきますね」とまるで逃げるように浴室へと歩いていった。
俺はただ彼女の後ろ姿を眺めることしかできなかった。
頭の中で笑顔だけど陰りのある彼女の表情がいつまでも離れない。流れる水の音が寂しく響いていた。




