第11話「京子メイド」
俺の家にティナやリリーナが来てから約二か月たった。
あれからいろいろ身の回りで変化もある。まずティナが日本語を話せるようになったこと。まだ難しい漢字や言葉は読み書きできないけど、普段の会話程度ならできるようになった。あの解析ノートも棚にしまったまま出番がなくなってしまった。
それと彼女は料理もするようになった。以前から家事はちょくちょくしてもらっていたんだけど、最近は慣れてきたらしい。綺麗な金髪を揺らしエプロン姿で料理を作るティナを見てると、嬉しくて思わず顔がニンマリしてくる。
リリーナはどうやったかわからないがスマートフォンを持っていた。
もちろん俺は買ってない。本体だけかと思ったが、アプリケーションを起動しているところを見ると回線は繋がっている。身分証を持たないリリーナがどうやってスマートフォンを契約したのかは謎だ。
それとなく聞いてみると「イケおじに買ってもらった」とか言っていた。胡散臭いにも程がある。
中身や口の悪さを除けばリリーナの容姿はトップクラスだ。それこそ男にちょっと上目遣いで頼むだけでスマートフォン程度なら本当に入手しそうだ。
しかもロリ属性ときてる。そういう系が好きな「おじさま」なら金を積みそう。
ティナの話では俺が学校に行ってる間に誰か来たらしい。おそらくリリーナの言う「イケおじ」とはその人なのかもしれない。
リリーナには彼女なりのプライベートもあるかと思う。だけどやはり気にはなるし少し心配だ。正直にそのことを話したら、リリーナいわく「時期がきたら詳しく言う」とのこと。その言葉に納得したわけじゃないけど、ここは彼女を信用することにした。
ちなみにリリーナはソーシャルゲームでいつも遊んでいる。
一度、見せてもらったが「ちゅんちゅんGO」という庭で鳥を飼うゲームだった。彼女は鳥が好きなのだろうか。彼女の庭には「椋鳥」しかいないけど。
リリーナのプレイヤーネームはちょっと変わっている。別なゲームのものは「ぶぶぶ」だったし、ちゅんちゅんGOに至っては「ぶいぬは」とかもう意味がわからない。
リセマラするときに大雑把につけた名前でそのままプレイしている印象だ。リセマラを知ってるかどうかは不明だけど、あのスマートフォンやネットに対する順応の早さから考えるに知っていてもおかしくない。
そして、死神はあれから姿を見せない。
この世界であの黒髪の女が何をしているのかさっぱりわからない。ただリリーナの話だと居場所を特定できるわけでもないし、何よりまだ対抗手段がないから実はこの状況は好都合だという。
「一度は撃退できたが今度はそうはいかないぞ映司。奴はまだ銃器というものに慣れていない。それで一度勝てただけだ。そんな奇襲まがいの戦い方では何度も勝てない」
ふと思ったがリリーナはあのシオンとかいう死神を嫌っているけど、戦闘に関してだけは認めている感じがする。
もしかしたら彼女がいた世界で一度、一緒に戦っていたのかもしれない。
そして俺が遭遇したあのバイク圧死事件。
テレビでも特集されていて、時間が経つほどに罪悪感が募ってきていたが、最近見たニュースでは「事故死」と断定されたと報道していた。
正直、警察に行こうかと本気で悩んでいたくらいだった。リリーナにもそのことは話をした。その時、彼女は「警察にいくべきではない」「どのみち信用してもらえない。君が捕まるだけ」と言って、最後に「じきに終わる」と意味ありげな言葉で締めくくった。
俺にはそれがすごく気になっていた。まるでリリーナが「事故死になる」のを知っているかのようだったから。
それ以降、彼女とこの話はしていないしニュースでもまったく見なくなった。いずれは忘れ去られることだと思うけど、俺の心の中ではいまだしこりのように残っている。
刻印がついて二か月。確かにこの存在は気になる。
だけど俺にはもう一つ気がかりがあった。それは幼馴染である栗林京子だ。
◇ ◇ ◇
「今日こそは家にいくからね!」
放課後、次々とクラスメイトが教室から出ていく。そんな中で京子は、綺麗な黒髪を揺らしながら上半身をずいっと俺に近づけてそう言った。
実は京子は週一回か週二回ほど俺の家にきて家事全般をしてくれていたのだ。これは京子の母親にも公認で、当然のことながらクラスメイトも知っている。
最初は「恋人」だの「お熱い」だのヒソヒソ言われてたが、京子は素知らぬ顔。高校生の男女が同じ屋根の下で二人っきりなんだから当然、よからぬ噂もたった。
だけど話す内容が、やれ服は畳めだの皿くらい洗えだの洗濯くらい教えてあげるだのそんなのばかりで。そのせいで「恋人」を通り越して「嫁」になり、俺達の会話は「夫婦喧嘩」と茶化されるようになった。今だともう慣れてしまったみたいでクラスメイトも聞き流している感じだ。
俺はいつも助かっていたし、むしろ京子のほうが心配だった。あちこちで俺達のことを噂してたし、彼女も変な目で見られていたんじゃないかって気になっていた。
でも京子には気にしているそぶりはまったく見えない。むしろ「コイツ、家事だめだから子供の頃からの習慣なんだよ」と笑い飛ばす始末。なんとも強固なメンタルだ。
ちなみに京子は見た目は可愛いしスタイルもいいから、他の男子からは注目されていると思う。なんで幼馴染という理由だけで俺なんかの世話をしてくれているのか、実は本当のところはよくわかっていない。というか他の男子の視線が痛い。
そんな彼女だがその好意が今回は問題になる。何故ならティナやリリーナが家にいるからだ。
彼女達の説明をどうするか俺はずっと悩んでいた。いつかは来るこの問題の対策を考えられず、最近はのらりくらりと京子の「家事手伝い」を回避していた。
でもそんな付け焼刃の作戦がいつまでも続くわけがない。
「いや、大丈夫だよ……」
「そんなわけないでしょ? あんた家事できないんだから、家の中がどうなってんのか想像しただけで掃除したくてウズウズする!」
「京子の適職はメイドだと思うよ。うん」
「冗談はともかく。あたしいないと何もできないでしょ? 今日は絶対行くから。ご飯も作るし」
切り抜けられる気がしない。なんでコイツはこんなに押しが強いんだ。
「いや、マジで大丈夫なんだって! 実は親父の親戚が最近、家に通っててさ。ほら、高校生一人じゃ大変だっていうんで……」
「だからあたしが行ってるんじゃない。ってか親戚? なんで今頃? あんたの世話するのあたし、映司のおばあちゃんにも承諾得てるんだから。その話おかしくない?」
ちょっとまて。おばあちゃん、そんな話聞いてない!
いつの間に京子とメイド契約交わしたの!?
「それに最近、お昼だって隠れてコソコソ食べてるでしょ? いつもは教室でパンなりコンビニ弁当なり広げていたのにさ。誰かに弁当でも作ってもらってるの? それも見られちゃまずいもの?」
鋭すぎる。
最近、『お昼に食べてください』とティナから弁当を渡されるようになっていた。京子に感づかれるのを恐れて屋上とかでこっそり食べてたんだけど、かえって逆効果だったか……。
しかしコイツ。見てないようで見ているな! いろいろと!
「いやうちのおばあちゃん、たぶん忘れてるんだよ親戚くること。今までちょっと仕事の関係で来られなかったんだってさ。だけど暇ができたから来るようになったってだけ。弁当もその人作ってる」
「それなら教室で食べればいいじゃない」
「いやそれがさ……その人、変わっててさ。ハートマークとかご飯に書く系なんだよ。ちょっと恥ずかしくて」
嘘はついてない。ティナは家族みたいなもんだから親戚と同意義。それにハートマークは一回、本当に弁当につけられたことあるし。
「ふぅん」
京子がジト目で俺を見つめる。明らかに信じてませんねその顔。
内心、冷や汗をかきながら苦し紛れの言い訳をすると、「わかった」とだけ短く言い京子は体をそっと離した。
心の中で安堵のため息を出した時、「あんたの好きな料理作りたかったんだけどね」とぼそっとつぶやき教室を出ていった。
一瞬、見えた寂しげな顔に俺の心がチクリと痛む。京子は純粋に俺のことを思って家事をしてくれているんだなって。
今度はあの二人にちょっと出かけてもらって、京子を家に呼ぼうかと思った。
その後、俺は下校途中にあるアニメショップに少し寄り、リリーナへ「コネクト」を飛ばす。「コネクト」とは、登録した人同士で会話やリアルタイムチャットができるアプリケーションだ。
いつもは彼女から「ぶぁー」って返事がくるんだけど今日は何故かこない。ちなみにこの「ぶぁー」も何を意味するのかよくわかっていない。なんとなく返事なんだろうとそう勝手に思っている。
帰宅し玄関の扉を開ける。その時、鼻に香るのはおいしそうな料理の匂い。
ふと俺は立ち止まった。何か違和感がある。その正体は足元にあった。
靴が一つ多い。それも見た感じ女物。これ……学校指定のローファーだ。
頭に浮かぶのはセミロングの黒髪。俺は靴を脱ぐとリビングへと急ぐ。その時、耳に響くのは「おかえりなさい」というティナの声と、トスンという何かがテーブルの上に落ちる音。
俺の目の前に異様な光景が広がっていた。
食卓を挟んで座るのは京子とリリーナ。ティナはこちらへ笑顔を見せている。
問題なのは京子とリリーナだ。何があったかは知らないけど、京子はこじんまりと縮こまっていて、向かい合っているリリーナは何かでテーブルの上を叩いている。
トスン、トスンとリズミカルに動くそれは銀色に光っていた。
リリーナさん。
なんであんた、ナイフもっているんですか……?




