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第10話「赤き復讐者(side リリーナ)」

 綺麗な店内。磨き上げられた木材のテーブル。白熱灯の光が温かく照らす中、私は寿司というものを堪能するべく赤坂ととある店にきた。

 案内された個室へと足を踏み入れる。

 明らかに店内の雰囲気が違った。あのアフトクラトラスにあった騒がしい酒場とは次元が違う。音も静か、店員の対応も丁寧で店そのものに粗雑な印象はまったく受けない。回らない寿司とはこれほどの高級感漂う世界なのか。


 そして女性の店員が私の目の前に置いたのが寿司である。確かに回っていない。いや、何が回るのか理解できていないが。

 実物を目にしたのははじめてだが、白米の上に魚の切り身が乗っている、なんとも奇妙な料理だ。その切り身も同じものではなく白い物から赤い物まで。何やら焼いたようなものもある。


「右からマグロ、タイ、炙りサワラです」


「はぁ……」


 思わず変な声が出る。赤坂が言ってるのはおそらく上に乗ってる魚の名前だろう。ネットで今すぐ調べたい。

 ただこの潤いのある身はなんだ。輝いて見える。よほどの上物なのだろう。


「下にある白米はシャリといいます。中間にあるのがわさび、上に乗っている魚をネタといいます。寿司とはそれらを握った料理です」

 

 赤坂の説明を聞きながら箸を使って魚の切り身をめくってみる。覗き込んだ先にあるのは緑色の何かだった。これがたぶん「わさび」というものだろう。

 本当に白米の上に切り身が乗ってるだけだ。切り身は妙にしっとりとしている。炙りは表面だけ焼いているのはわかるが、このしっとり感と見た目はまさか……生なのか?


「炙りはだいたいわかるが、それ以外は生なのか?」


「はい。日本人は魚を生食しますので」


「生だと!? 魚を生で食べたら死ぬぞ!?」


「貴女のおられた世界では、生食すると死に至る魚を食べていらっしゃったのですか……」


「う……。魚を生で食べる機会などまずあり得ない世界だからな……」


 アフトクラトラスの王都は内陸部だし、漁村で捕れる魚をそのまま持ち込めば腐ってしまう。だから内臓を抜き乾燥させて王都に持ち込み食用とする。生で食べるのはもちろんご法度だ。漁村に出向けば焼いた魚は食べられるが、それは海に面した市民と貴族のみの特権だった。

 ただ私は釣りができるから旅をする中、湖で魚を釣り焼いて食べたことはあった。


「あまりご無理はなさらず。店を変えましょうか?」


「いやせっかくだ。食べてみよう」


「では食べ方をご説明致します。まず理想ですが寿司は一口で食べるのが望ましいとされています。リリーナさんのほうは女性用にシャリを小さくしてもらっています」


「なるほど。細かい配慮だな」


「まず小皿に醤油をとります」


 赤坂は小さな皿に黒い液体を入れる。どうやら醤油という日本の調味料らしい。


「そして箸で寿司を横に倒します。そして持ち上げネタの部分だけに醤油を少量つけます。そして一口でお召し上がりください」


 実際に赤坂が目の前でやってみせた食べ方を見様見真似でやってみる。

 白身の方を箸でつまんで醤油とやらをチョンとつけて。小さな口に入るか心配だったが、シャリが小さいせいか思ったよりスムーズに舌の上に乗る。


 咀嚼した時に舌の上で踊るのは魚の旨味と白米の味。ほんのりわずかに舌に響く辛みが魚の味を引き立てる。

 見事なのはシャリという白米だ。程よい酸味と塩味。さらに力任せに握りしめたものではなく、歯を入れるとホロホロとほぐれていく。それが魚の切り身と一体となって美味を生み出していた。


 生の魚がこれほど美味いとは知らなかった。もっとも以前いた世界では、こんなものは食べられないだろうが。おそらく貯蔵技術か輸送技術か、それに類するものが飛躍的に高いおかげだろう。この世界に生きる人間のなんと幸せなことか。

 じっくり味わい飲み込んだところで。少し不安げに赤坂が話かけてきた。


「いかがですか? お口に合いますでしょうか?」


「これは美味だ」


「喜んで頂けたようで何よりです」


 ホッと安堵の表情を浮かべる赤坂を一目みて。鯛という白身に続き、炙りというものを箸でつまんでみる。「炙りはそのままお召し上がりください」という赤坂の言葉にうなずき、醤油をつけずに口の中へ入れた。


 炙りのなんと美味なことか! 表面をさっと焼くことで香ばしさが追加されている。

 あまりの美味さに盗聴などとうに吹き飛んだ。我ながら甘いとは思うが美味いものは美味い。人は正直だ。美味い飯相手に盗聴などという過去の小さな罪状などどうでもいい。

 すっかり上機嫌に箸が進む私に赤坂は笑顔で語り掛けてきた。


「実はこの三品のみではありません。この後にヤリイカ、コハダ、鰹、甘海老、炙り大トロなどもきます」


「それは楽しみだ」



 ◇ ◇ ◇



「堪能した」


 出されたすべての寿司を平らげ、私は箸を置いた。

 さすがは日本を代表する料理。見事だった。一見するとただ白米の上に魚の切り身が乗っているだけにしか見えない。しかし随所には料理人の工夫が凝らされている。

 値段は当然、わからないがおそらく映司とは食べにいけない代物だろう。「回る」という寿司にも興味はあるがこれ以上の料理など到底、考えられない。回る寿司への興味はネットだけで済ませておくとしよう。

 

 食後に出されたお茶を一口。深い緑色に渋い味。これもなかなか美味しい。

 小さな手にあまる大き目なコップを置いて。私は赤坂を見つめた。


「ご満足頂けたようで何よりです。それでは場所を変えてお話の続きでも……」


「いやここでいい」


「よろしいのですか? 食事の直後にする話ではないのですが」


「構わない。その手の話題には慣れている」


「左様ですか。それではお話の続きをさせていただきます。私どものもう一つの目的は、貴女の部隊への編入でございます」


「部隊……死神を殺すことを目的とした集団か」


「左様です。武器だけでなく、貴女が求めるものも可能なかぎりご用意致します。その部隊をもって死神を殺していただきたい(・・・・・・・・・)


 赤坂の表情から笑みが消えていた。

 この男は明確に言った。殺してほしいと。仮にも治安を維持する警察という組織に属する人間が、「殺してほしい」と嘆願したのだ。

 赤坂の黒い瞳の奥に炎が見えた。揺れるどす黒いそれは、復讐の炎だ。


「返事をする前に少し聞いていいかな?」


「はい。なんなりと」


「君の真意はわかった。だがあえて聞きたい。そこまで君が死神へ憎悪を燃やす理由はなんだ? 私には奴を仕留めなければならない理由がある。だが、同胞を殺され一般市民へ危険が及ぶかもしれないとしても、警察の立場を覆してまで奴を殺そうとする君のその理由が知りたい」


「まず、同胞ではございません(・・・・・・・・・・)


「どういう意味だ?」


「私は警察官ではございません。警視庁公安部というのは仮の姿です。確かに警察官を殺したのは許せない事件です。ですがそれだけのために新たに部隊を設立し、こうして貴女に嘆願することはいたしません」


「では君は何者だ?」


銀狼(・・)。貴女が加入した暁にその名をつけようと思っております。銀狼は死神を狩る狼の群れ。そしてそれを設立した者は、家族を殺された一人の復讐者でございます」


 私はその言葉にハッとした。

 映司が襲われた死神の一件。あれからネットで調べていた。そこで判明したのは、奴に<食われた>一般市民は成人を過ぎた女性と女児であったという。


「まさか奴に喰われた被害者は、君の家族か」


「はい」


 すべて納得した。

 目の前にいるのは、安寧を捨て家族を食われた憎悪を糧に動く復讐者だ。そしてそれは、かつての私と同じ。

 唯一の家族を七賢者に殺され、憎悪を心の中で磨きながら賢者へと登りつめ、七賢者を皆殺しにした私と。

 赤坂と自分を重ねる。彼の憎しみが私には痛い程よくわかった。


「赤坂といったな。交渉は成立だ」


「それでは……!」


「いいだろう。私の力がこの世界でどこまで奴に通用するかはわからない。だが君と私は同じ目的を抱いている。共戦しよう。復讐者と殺人鬼のコンビも悪くない」


「ありがとうございます」


 深々と赤坂は頭を下げた。

 こんな自分より明らかに年若い一人の女にだ。それも異世界からきたろくに右も左もわからない女に。

 死神を殺す。ただそれだけのために彼はここにいる。それは私も同じなのかもしれない。

 奴をなんとかしなければ私の命も危ない。そして映司。彼には恩義がある。家族ごっこでもいい。それでもこんな人殺しを「家族と認めてくれた」彼を私は助けたい。

 赤坂と私の共戦はいわば必然なんだ。


「さしあたって、何か必要なものはございますか? 日常的に使うものでも構いません。まずは貴女の生活を確保しなくてはいけませんので」


 彼のその言葉で頭の中に浮かんだのは「アレ」だ。映司の持ってるアレ。すまほ!

 頼むべきなのか? 「すまほ」なんて頼んだらただ一笑に伏すだけで終わるのか? だが日常的に使えるものと彼は言った。まさに的確ではないか!

 映司に頼んでみても彼はのらりくらりとかわすだけだ。ならこれは「すまほ」を手に入れるチャンスだ!

 私はコホンと咳払いし、視線を逸らしながらおそるおそる口を開く。


「す……すまほかな」


「スマートフォンでございますか。なるほど。連絡も取れますし必要なものですね。早速、手配致しましょう」


 やったと心の中でガッツポーズ。よしよし。これですまほで遊べる! ネットも使い放題だ! しかも場所を問わず! 

 待っていろ映司。君がいつもいじって遊んでいる「あぷり」とかいうゲームを私はやりたかったんだ!

 寿司もとんでもなく美味かったが、「すまほ」獲得は私にとって本日、最大の収穫だ。


 その後、「後程スマートフォンをお持ち致します」と答えた赤坂と店を出た。

 会計の際、さりげなく値段を見た。一食二万円だった。

 私にはこの世界の紙幣の価値はまだわからない。

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