第9話「眼鏡をかけた狼(side リリーナ)」
何故、私を知っている?
インターホン越しにいる男は『私に会いに来た』といった。私の名を知るのはティナと映司だけのはずだ。もしあの男を殺した一件で来たとしても私の名を知っているのはおかしい。
身元が判明したというなら「佐久間映司はいませんか」というのが普通だろう。何故ならここは彼の家なのだから。家主を通り越し「私に会う」理由がわからない。
索敵の目では敵意はない。だがその瞳の奥にある真意を私は測りかねていた。
そこまで思考して、言葉を選ぶ。赤坂という男は、こちらの返事を待っているのか無言だ。
とりあえず情報が欲しい。相手の腹を探るために少し揺さぶりをかけてみるか。
「……仮に断ったら?」
「『仮に』ということは仮定ですから、リリーナさんは私の言葉を聞く気持ちが少なからずあるということと判断し、断られたとしても再度、伺います」
「どのみち断られるのならば時間の無駄だ。君も暇ではあるまい。お互い無駄な行動は控えるべきではないか?」
「私にとって無駄どころかリリーナさんと会うのは最優先事項です。先程、『仮に』とおっしゃいましたので、私としてはぜひとも貴女とお会いせねばなりません。さらに貴女にとっても決して無駄な話ではないことをお約束致します」
「気が変わった。君にはお帰り願いたい」
「すぐに変わる気持ちならば、じっくり言葉を選んだ後に『仮に』とはおっしゃいません。それならばいかがでしょうか。いささか手ぶらでは寂しいので、今度は貴女の好きなシュークリームをお持ち致します」
思わず含み笑いを響かせる。この男、こちらに主導権を握らせるつもりはないらしい。
索敵の目の範囲を集束させ効果を高める。明らかにこの家に来た時にはなかったものがある。玄関の近くに小型の機械のようなもの。おそらく私達の言葉を盗聴する物か。
銃器展示会の後、この家に届け物を持ってきた男の仕業か。映司の目を盗んで設置したのだろう。それならばあの「視線」も納得がいく。最初から目をつけられていたのだ。
念動力で取り外し床にたたきつけて破壊。今も盗聴しているのかどうかは不明だが、男は眉一つ動かさない。
「一つ質問したい。何故、わかるように言った? いくらでも誤魔化しは可能なはずだ。何せ私はこの世界にきて間もない。君の思うがままに操れると思わないのか?」
「それは私の本意ではございません。それに貴女を相手に真実に背く話をするつもりもございません。盗聴に関しては大変申し訳なく思っております。我々にはそれしか手段がなかったのもので。それについては後程、正式に謝罪致します」
「つまり君は、私の素性を知ってなお話がしたいということか」
「理解が早くて助かります。もう一度、申し上げます。私はリリーナさんとお会いしたい。何故なら私が求めるものをリリーナさんはお持ちです。そして貴女が求めるものを私は持っています」
その言葉に私はインターホンから口を離した。
玄関まで歩くとゆっくり扉を開ける。そこにいるのは笑顔を浮かべる男性。そのおおらかな表情の奥に殺意がこもっているのを私は感じ取った。当然、それは私に対してのものではない。
この男は私のことを知っている。この世界の住人ではないことも、死神に関して知識があることも。盗聴でそれらを知っていながら、それでもなお私と話がしたいと申し出ているのだ。
彼の目的、おそらくそれは私と同じ。つまり死神を殺すことだ。
「入ってくれ。君の話を聞こう」
◇ ◇ ◇
赤坂という男が最初にしたことは深々と頭を下げたことだった。
これには私もしてやられた。意地悪く盗聴の件で弄ってやろうと思ったのに開幕これだ。本当につけいる隙がない。
頭をあげた赤坂に私はため息を吐いた。
「本当につけいる隙がない男だ。こちらの言葉を待たずにいきなり謝罪では返す言葉もなくなる」
「これは裏のある行動ではなく誠意ある謝罪です」
「まぁそういうことにしておこう。だがもう体裁は無用だ。そこのソファーにでも座ってくれ。お茶くらいだそう。だが私のしゅーくりーむはやらんぞ」
「いえいえ。おかまいなく」
私はアフトクラトラスの言語でティナにお茶を出すように言い、ソファーに腰かける赤坂に視線を移した。
歳は三十過ぎくらいだろうか。端正な顔立ちに眼鏡をつけている。あれはネットで見たが「スクエア型」という形の眼鏡で知的な彼には非常に似合っていた。黒髪は後ろに丁寧に纏められ、長身の体を黒いスーツが覆っている。
彼は震える手でお茶を出すティナに笑顔で礼を述べると少し困ったような顔をした。逆に私は笑いをこらえるので大変だった。いくらなんでもティナ、君は震えすぎだ。
カタカタと音を立てるコップを見て、こぼさないか心配なくらいだった。
ティナが立ち去り、私がしゅーくりーむを一口、噛んだところで。さて本題に入ろう。
「……それで、話とは何かな」
「貴女の持つ死神の情報を私達にご提供くださいますようお願い致します」
「これは驚いた。奴の呼称がこの世界でも同じだとはな」
「通行人、および警察官数人を殺害した凶悪犯。その姿からコードネームは死神と呼称されています。容疑者はこの街にとって無視できない危険人物です。早急に捕らえたいというのが私達の意向です」
「殺したいの間違いではないのか?」
私の言葉に赤坂は少し驚いた顔をして。だがそれは一瞬だ。眼鏡の位置を整えると猛禽類を思わせる鋭い瞳がそこにあった。
「お見通しなのですね」
「君の瞳の奥には憎悪が見える。それを隠し笑顔を繕うのは、私も経験済みだからよくわかる。それに奴を捕らえるというのならお断りだ。そんな生半可な相手ではないし、何より私の目的は奴を無力化すること。無論、殺すことも視野に入れてな」
「……はい。構いません。むしろ貴女がそういう方で良かったです」
「私は警察というものの理解がまだ足りないが、察するに君はまともな警察官とやらではないようだな。例え犯罪者とはいえ人を殺すと明言している女に、通常ならそんな言葉は使わないだろう」
「はい。お察しのとおり、警察とはただの表面上の言わば皮にすぎません。その本質は狼です」
「……死神を狩る狼か。それで、私が協力することで何かメリットはあるのか?」
「はい。詳しくは後程、お話いたしますが、協力頂けることで貴女のこの世界において多大なメリットがあると自負しております。そして手始めに……」
赤坂はチラッと後ろへ視線を移す。目線の先にあるのはテレビ。映し出されているのは先程の「男性バイク圧死事件」の続報だ。
彼は再び私へ視線を戻すと眼鏡をクイッとあげた。
「この男性バイク圧死事件の件、事故死ということで処理致します」
「まるで私が犯人だと知っているかのようだな」
「極めて特殊な事件です。何者かがバイクを動かした形跡がない。当然、バイクは無人ですしエンジンすらかかっていません。あの銃器展示会における貴女の超能力と申しましょうか。物を動かす力であれば可能な事件です」
「なるほど。あの展示会の一件も見ていたのか」
「はい。それに貴女も隠す気がないご様子ですし」
「君が真実をもって語るなら私も真実をもって語るまでだ。知っているのならばそれで脅すこともできただろうに、何故そうしなかった? 私一人ならどうとでもなるが映司がいる。そっちのほうが簡単に思う通りに事が進むのではないか?」
「そのやり方では私が後程、話すもう一つの目的に障害が発生します。それにこの事件のもみ消しは交渉材料ではございません。貴女の自由度を増やすためのひと手間とお考えください。目撃証言がある以上、警察が余計な手出しをする可能性もありますので、それを潰すためです。もちろん佐久間映司さんにも影響は出ないように致します」
「うまい話には裏がある……とこの世界では言うそうだがこの際、無視するとしよう。何より君と私は利害が一致した関係にあるようだ」
「ご理解頂けたようで何よりです。詳細な話については……」
赤坂の話を聞きながらしゅーくりーむを食べ終え、皿をテーブルの上に置く。
彼はそのタイミングを見計らったかのように言葉を投げかけてきた。
「時間もお昼ですしこの後、お食事でもいかがですか? せっかく日本にいらっしゃったのです。一度、日本の伝統ある料理というものを味わってみてはいかがでしょうか?」
「言いたいことはわかるが別にここでも構わないだろう? それともそんなに私に食べさせたいものでもあるのか?」
「お口に合うかどうかわかりませんが、腕の良い寿司職人を知っております。寿司といえば日本を代表する料理です。一度、味わってみることをお勧め致します。もちろん代金のことはご心配にはおよびません」
寿司? 寿司だと!?
映司が言っていた。日本には寿司という高級料理があると。なんでも高いものはとても庶民では味わうことすらできないと。
ただよくわからないが「回る寿司」と「回らない寿司」があるらしい。「回る寿司」は庶民の味方で値段も安いらしいが、映司の言う高級料理とはその「回らない」ほうの寿司らしい。
赤坂が言う寿司とはどちらをさすのかわからない。だが口ぶりから察するに……「回らない」ほうか!
「それは……回るのか回らないのか……?」
「はい?」
「いや何でもない」
コホンと軽く咳払いし赤坂をチラ見する。先程の呟きは聞こえていなかったようだ。無視しているだけかもしれないが。
どちらにせよ寿司というものは興味がある。このチャンスを生かさずして何が賢者か。知識の本質は探究心にあることを忘れるな。
「わかった。その申し出。受けよう」




