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プロローグ

 まただ。またあの夢(・・・)だ。

 

 目の前で女の人が料理をしている。エプロンをつけ綺麗なセミロングの黒髪を揺らして。俺はそれをソファーに座って眺めている。

 そして彼女は振り向かずに俺にこう言うんだ。


「ねぇ映司。大学卒業したらさ。ちょっと時間とって旅行でも行こうよ。事務所立てる前に息抜きも必要だと思うし」


 俺はそれにいつも「いいよ。行こうか」と答える。そうしたら彼女は振り向いて笑顔を俺に見せるんだ。とても可愛らしい微笑みを。

 どこにでもありそうな日常の風景。だけどそれは彼女のある一言でいつも崩れ去る。その前兆は何かが焦げた匂いと血の匂いを感じた時だ。


「ねぇ。映司。隣にいる子は誰?」


 その言葉に全身にざわっと寒気が走って。金縛りにかかったように体が動かなくなる。目の前の女性は目を見開いたまま身動き一つしない。

 直後、暗転。いつもここで急激に視界が黒く染まった。


 血と火薬の匂いが漂う真っ暗な空間で、俺の横に一人の少女が座っている。俺は振り向きたくなくても、引き寄せられるように視線を動かしてしまう。

 綺麗な顔をしたその子はまるで死んでいるかのように蒼白としていて、目から血の涙を流していた。

 耳に響くのは水滴が落ちる音。その正体は彼女の両手に抱かれていた。


 女の生首(・・・・)。滴っているのは少女の手からこぼれ落ちる血だ。

 長い前髪で生首の女の表情は見えない。だがその口元だけは、まるで俺を(あざけ)るかのように冷笑を浮かべている……。




『次は椋見(むくみ)駅前。椋見駅前。お降りの際は押しボタンを押してください』


 揺られるバスの中で俺はハッと目を覚ました。

 急いで降車ボタンを押す。バスは椋見駅前で止まり、俺は急いで降りた。チラッとガラスに映った俺は学生服を着ていて、頭の上に奇妙な数字が浮かんでいた。



 人は自分が死ぬ時期を知ったらどうするだろうか。

 俺は暴れるわけでも発狂するわけでもなく、ただ茫然としていた。頭の上に浮かぶ「三百六十五」という数字。それが意味することが最初はわからなかった。次の日にその数字が一つ減る時までは。

 あの死神のような黒髪の女に出会ってから浮かび上がるようになったこの数字は、俺に自分の残り寿命を示唆していると思わせるには十分すぎた。


 あれは高校三年生になったばかりの春。

 俺……佐久間映司(さくまえいじ)は、卒業式で先輩たちを見送ってから繁華街を歩いていた。学校の予定が卒業式のみで早く終わったから、ほんの時間潰しのつもりだった。


 暖かくなる三月。柔らかい陽射しの中、多数の人が行き交う交差点を歩く。その時、ふと視界に一人の女が映った。

 黒髪で、ドレスのような服を着た女だった。交差点のど真ん中で、まるで他の人には見えていないかのように棒立ちしている。

 明らかに俺を見ていた(・・・・・・・・・・)。前髪が垂れているから表情は見えない。だけどねっとりと纏わりつくような視線だけは確かに感じる。


 ざわざわと背筋に走る寒気。昼間から「幽霊」を見るとは運が悪い。俺はそう思った。

 物心ついた時から「他の人には見えない」ものが見えた。そういう体質なんだと諦めていた。


 慣れているとはいえ、幽霊に見つめられるのもいい気分じゃない。早足でその場から立ち去ると大通りから裏道へと進む。ちらっと後ろを見るとあの幽霊は憑いてきていないようだった。

 人通りが多いとはいっても大通りから少し外れた道は、一気に人気が無くなる。よく利用するアニメグッズショップの近道であるその裏通りを進んでいたその時、異変が起きた。


 強烈な寒気。あるいは殺気とも呼べるほどの鋭く見えない何かが俺に突き刺さった。

 まるで喉元にナイフを突きつけられているかのような感覚が俺を襲う。その時、身動きができない俺の耳に妙な音が入り込んだ。

 クチャクチャという咀嚼音のような響き。

 かろうじて回る首をゆっくりと後ろへ捻る。心臓の動悸と同じテンポで揺れる視界に入ったのは、倒れている人間と真っ赤な血だまり。そしてその傍で身を屈めているさっきの黒髪の女だった。


 食っていた(・・・・・)


 明らかに女は倒れている人間の体に歯を立てていた。

 常軌を逸した猟奇的行動に吐き気がこみあげる。俺はあまりの恐怖にその場に尻餅をついた。


 女の目がこちらを見据える。血のように赤い狂気の瞳がゆっくりと揺らいだ。

 口元についた血を拭い、女がこちらに歩いてくる。さらに高鳴る鼓動に視界が激しく揺れる中、頭の中に鳴り響く「逃げろ」という警笛。

 だけどそれに反して体は震えあがり、地面に根付いたかのようにまったく動かない。


 逃げる気力も立ち上がる力も出ない俺の眼前に、ぐっと女の顔が近づく。綺麗でそれでいて残酷な表情。見開いた赤い瞳に射貫かれ、俺の意識が深く沈んでいく。

 薄れる視界の中、女は血濡れた口角をあげていた。まるで生きている人間の命を刈り取り嘲笑う死神のように。


「……ねぇ。あなた。死んで頂戴」

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