6-2
陸の赴任した中学校は、近郊の住人から『西茄子』と言われている。
西があれば東もあるわけで東那須中学校、通称『東茄子』とは何事にも比較されるライバル関係にある。
これは街全体の総意であり、伝統だ。
そして近隣の爺婆にとっては、娯楽の一つだったりする。
入学式と始業式を終えて、今日初めて生徒と間近で接する。
2-Aクラス、担任:栗田先生の受持ちクラスだった。
4階建校舎の3階が2年生のクラスになる。
『2-C』、
『2-B』と通り過ぎ、『2-A』と書かれた教室の前で立ち止まる。
「準備はいいかな?網倉先生。」学級名簿を胸に叩きつける。
「普通初めての時は、やり方を見せませんか?」
栗田先生は首を二回、左右にゆっくりと振った。
「初めて?違うでしょ。もう何度も、君には見せてたはずだけど。」
「その自信はどこから来るんですか?」
自信過剰、楽観主義、
「私の教え子だもん。この程度、楽勝でしょ?」
おだて上手。
陸は、学級名簿を受け取ると、
「確かに、教師としての立ち振る舞い、かっこいい姿も、チョークの粉を教室中にまき散らした失敗も、ちゃんと覚えてますよ。」
教室の扉に手を掛けると、弾かれる。
栗田先生が先に入るらしい。
「おっ、はよーぉ。」
元気で大きな声は、隣のクラスにも聞こえたらしく、壁越しからもいくつもの挨拶が返ってきた。
「今日から2年生という事で、君達も先輩になるわけです。
云々かんぬん。
皆んなも気になって仕方なかっただろうけど、新しい先生の紹介です!」
「網倉 陸です。気軽に網倉先生と呼んでもらえると嬉しいです。この西ナスのOBです。君達の事を1日でも早く知りたいと思っています。この教壇に立った以上は、他の先生方よりも分かりやすく君達を指導したいと思っています。出席を取ります。足立さん」陸の呼びかけに対して、元気な返事か返ってくる。
「石山さん。」野球部にいそうな少年も礼儀正しく返事をした。
「小美野さん、、は、お休みかな?連絡貰っている子はいるかな?、、、栗田先生?その顔は?」
どうやら、栗田先生には理由が分かっているらしく、白目を向いている。
「栗田先生、ガラスの仮面が出ちゃってます。」
どうやら、8年前からこの顔芸の呼ばれ方は変わっていないらしい。
なぜ、ガラスの仮面かは、その内分かるだろう。
「ごめんごめん、続けて網倉くん。」
黄瀬、南も休みであった。
ため息が聞こえてくるのはスルーしよう。
生徒達が少しざわざわ話している。
何人かの生徒はつまらなさそうにしている。
出席を取り終えると、栗田先生が教壇に立つ。
「君達も2年生になった。去年の一年間は、どうだっただろうか?今年の一年は何をしようか。中学校生活は、思ったよりも短いものだ。好きな事をやるもよし、勉学に力を入れるのも良いだろう。一番だめなのは、何もしないこと。」栗田先生は生徒達一人一人の顔を見る。
「君達に問題を出します。一年後、終業式の日に、君達が答えを持ち合わせている事を私は期待します。
では、問題『心が踊り出す』を経験しましたか?
この問題に対する答えは、学校生活でなくとも構いません。プライベートでも、部活動でも良いです。」
燈は、陸を見る。
この『一年後の問題』を出し始めたのは、陸を卒業させてからだ。
陸のような生徒を出さない為だ。
『何にもなかった。』
そんな事を言う生徒を出したくないと思った。
出題者は、『私』。
回答するのは、『生徒達』。
点数を付けるのは『生徒達』で、
点数を付けられるのは『私』。
《きっと網倉くんは気がつかないだろうなぁ。そう思う。》
生徒の1人が手を挙げる。
「香山さん、質問かな?」
「その問題、答えられなかったらどうなるんですか?」
さっき詰まらなそうにしていた生徒の1人で、知的そうな顔立ちの女生徒だった。
「君達のマイナスになる事はない。しかし、私のお酒の量が増える事になる。延いては私の体重増加に繋がる為、世界中の男性が悲しむかもしれない。」
大して受けなかった為、さっさと次のカリキュラムに進む事にした。
「待ちに待った自己紹介の時間です。網倉先生にも分かるように、説明してあげて欲しい。名前と部活動、そらに趣味なんかを話すと良いかもしれない。特技があれば、それも良いね。」
一人一人の自己紹介を聞きながら、生徒は全員、十人十色だと思う。
学校の噂話
「知ってる?ウィンタースポーツ部、ズル休みだってさ。」
「『ちょうちょー』も来てなかったのは、それかぁ。どうせ『奈美』が言い出しっぺでしょ。」
「でもさ、そういうのって、『小美野』さんが許さないでしょ。」
「小美野さん、スノーボードの事になるとヤバイ人になるのを知らないの?」
「『圭』くんは?」
「圭くんは、キャラ的にちょっと悪い事してた方が似合うし。」
「『奇跡』くんは?」
「「奈美の言いなりかぁ〜。」」