1話 夢から覚める者達
白い靄の中ただ只管強い衝動に突き動かされていた。
強くなる。頂点を目指す。誰にも負けない。
だが、暗闇の中でふと思う。
自分は何なのだろうかと。
ところが、その答えを自分は知らないし、誰も教えてくれない。
他人と会話をしたことがあるような気がするが、いつも気がするだけで話の内容が殆どが入ってこない。
獣を狩った気がするが、それも気がするだけで屠った感触はあれど本当に自分が手を下したのか夢現だ。
何もかもがしっかりと認識できずこのまま白い靄の中と暗く何もない場所を行ったり来たりの日を過ごすのかと思っていた……。
ある時その日々が終わりを告げた。
意識を少し持つと同時に白い靄の場に呼ばれなくなったというだけ、いや、あとは強い衝動が全て無くなったという事だろうか。
今までの溢れるような衝動が無くなった瞬間意識が少ししっかりとしたのだが、心の中が空っぽで……空虚で……尚更自分は何なのだろうかと自問自答を暗闇の中で繰り返すのみ。
これならば白い靄の中の方がまだマシだと思う自分がいる。
誰でもいいから教えてくれ。
俺は一体何なんだ――――
***
光が瞼を通して目に突き刺さる。
その瞬間に五体全てに今までに感じたことのない感触……そう、感触が強く感じることが出来る。
瞬時に目を開くが、太陽の光の眩しさに目の前が真っ白になる。
だがそれは決して白い靄の様なものではない。
徐々に目が馴れ、周りの風景が目に入る。
「これが……草原。そして、自然の匂い、か」
あたり一面に広がる自然。
そしてその自然から漂う大地の匂い。
何もかもが新鮮そのもので、感情が追い付かない。
記憶としてデータとしては確かに草原の見た目も匂いもある。
しかし、どれも白い靄を通したもので五感もほぼほぼなかった。
だからこそ今感じる全てが新しく、綺麗で、輝いて見える。
「あぁ……これが、俺の求めていた――――」
『感動しているところ悪いけど、良いかな?』
「――――ッ!!!!!!」
自身の何もないはずの手から突如として一振りの巨大な剣を出現させ構える。
その剣の見た目はとても綺麗な白銀の色で巨大だがどこかスリムさを感じさせるモノであり、尚且何色にとも見えるオーラを発生させていた。
そんな巨剣をたった片手のみで構えながらどこからか聞こえた声に向かってまた声を上げる。
「誰だ……答えろッ!」
『ふふ……そんなに警戒しなくても、私には何もできませんよ』
気配を探るが全く、一切の気配を感じることができない。
「……もう一度聞く。貴様は何者だ?」
次は声を荒らげずに冷静に、しかし威圧を十分に織り交ぜた声色で相手の声に返す。
『まったく……せっかちだね、君は。 そうだね……言ってしまうと、私は君だよ……カイン=スレイド君』
「意味がわからない……そもそも、俺は男でお前は女だろう?真実を話せ」
声をだけを聞けば女性の声だ。そして、今分かるのはそれだけで、自身と女が同一の存在であるとは考えにくい。
『声だけで性別を判断するのはどうかと思うよ? ……まぁ、当たってはいますが。 あと真実を話せと言われても、さっき言ったことはどうしようもない事実なんだよね。 違う存在だけど私は君で、君は私。二人で一つの存在で、一心同体さ』
「訳のわからないことをごちゃごちゃと……」
彼女の話す言葉はどれもふわっとしていて要領を得ない。
このまま話していても埒が明かなさそうなので、一応彼女の言うことを飲み込むことにする。
「お前が俺と言うのならば今までの白い靄の事を何か知っているというのか?」
『残念だけど、私も今まで白い靄の中の住人だったものでね。君と全く同じ状況だよ』
「そう言う割には俺の名前を知っていたり、俺とあんたが一心同体であると言い張ったりと、俺に理解できないことをよく知っているようだが?」
そう、彼女は名前を知っている。
自分しか知らないはずの名前を彼女は知っている。
彼女が自分よりも理解していることが多いのは確実だろう。
『ふぅ……君は、カインは中々どうして、面倒くさい人柄をしているね』
「お前に言われたくない……お前の名前は?」
『やっと聞くんだね……。 私の名前はフレス=スレイド。 何故か知らないけど、ファミリーネームが同じなのは私にも解らないよ』
そう言うが恐らく彼女は自身との名前の共通点を何かしら知っているに違いない。
だが、今はそれよりもやることがある。
「……フレスが敵でない事を祈る。」
そう言いながら巨剣の構えを解く。
『……祈るって、信じてはくれないんだね』
「当たり前だろう」
軽口を叩き合いながら大地を踏みしめ、歩き出す。
行く先は――――
「向こうに薄っすらとだが街の様なモノが見える。あそこに行くぞ』
『それが良いね』
これが自我を真に獲得した自身の生の始まりとなるのか……この夢からいつか覚めてしまうのか……真実は誰にもわからない。
それでも、自身を手に入れた事実は心の奥底でどこか煌めいていた。
「俺は生きる……生きて世界をこの目で見る」
『ぷふッ』
「……笑うな」
『いや、すまない。だが唐突に「……生きてこの世界を見る(キリッ」なんて言われたら流石に……ふふッ』
「……」
思い返すと確かに恥ずかしいセリフであったと後悔する。
されど、あの言葉は一種の誓いだ。
己が己で在り続けるため、そして開放されたという事実を確かめるための一言。
「いいからさっさと行くぞ」
『私はカインの中に居るだけだから、カインがそのまま行けばいいだけなんだけどね』
「……」
自我を得た幸先はあまり良いものではないらしい。
年単位で出さないかもとか書いているにも拘らず読んで頂き本当に有難う御座います。
もしもこの作品を面白いと思ってくれた読者様がいたのなら申し訳ありません。そして、有難う御座います。
ただ、出来るだけこちらも頑張れればと思います……本命の現状があんな状態なのに何を言っているんだ?という話ではありますが……。
それでもお付き合い頂ける読者様には再度感謝を、本当に有難う御座います。