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企画「ELEMENT」 参加作品

荒天時々友達のちキノコ闇鍋

作者: 三箱

 一週間前、彼女にフラれた。

 これを払拭しようと、二人で行くつもりだった「凧屋敷逆転」のライブに一人で行って、この悲しい気持ちを洗いながそう。


「えー。超小型の台風百号は、本日夕方から夜にかけて、関東地方に再上陸すると予想されます。中心気圧は……」

 テレビ画面から流れる内容を見ながら、フーっと溜息を吐いた。ブチっとテレビの電源を切り、テレビの上にある、笠の色が緑に白の水玉模様のキノコのぬいぐるみを、軽くポンと叩き、スマホの画面を眺める。

「本日のライブは台風のため中止」という情報が載っていた。再度溜息。

 窓の外を眺めると、木々がざわざわと波打つように揺れ動き、雨粒が滝のように落ちて地面に叩きつける。時より窓に吹き付けバチバチと音を立てる。どうあがいたって外に出るのは無理だろう。映画のDVDを借りに行くこともできない。

 俺は立ち上がって、カレンダーの日付の赤い丸印を見て、三度目の溜息。

 彼女にフラれ、行きたかったライブが中止になり、そして台風で、外に出ることもできない。気分は曇天で、ゲームする気にもならない。

 最悪だな。

 今日はもう寝るか。どうせもう小一時間したら夜になるし。そう決意してからは数秒足らず、僕はベットに飛び込んだ。

 そして数分足らずで、ウトウトと意識ゆっくりと遠のいていくのが分かった。寝れば忘れられる。こんな悪夢忘れられる。そう願いつつ深い闇に意識が沈んでいった。

 はずだった……。


「ピンポーン」


 急速に覚醒し、現実に意識が引き戻された。

 折角、眠れそうだったのに、何と間の悪い。今は気分が沈んでいてインターホンに出る気力など微塵もない。居留守してやり過ごそう。どうせ、出ても碌なことにならない。実際碌なことがなかった。マシだったのは宅配の人だけだ。だから絶対に出ない。


「ピンポーン」


 絶対に出ない。絶対に出ない。絶対に出ない。


「ピンポーン」


 絶対に出ない。絶対に出ない。絶対に出ない。


「ピピピピピピピンポーン。ピピピピピピピピンポーン。ピピピピピピピピピピピンポーン」


 ゼッッタイに出ない。ゼッッタイに出ない。ゼッッタイに出ない。


「ピーピピ、ピーピピ、ピーピピ、ポーン。ピーピピ、ピーピピ、ピーピピ、ポーン。ピーピピピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピーン、ピンポーン」

「あああああああ。うるせえ!」


 タオルケットを放り投げ、床に散らかってるものを蹴り飛ばして、扉金具をぶっ壊すつもりで開けた。


「人の家のインターホンでロッキ〇のテーマ曲を奏でて遊ぶんじゃねー!」

「ヘイ。彼氏、遊びに来たぜ!」


 バタン。ガチャ。ジャラジャラガチン!

 俺は扉を閉めて、鍵をかけた上にチェーンをひっかけて、完全封鎖した。俺はベットに直行し布団に潜り込む。


「ピピッピッピピッピーンポン。ピッピッピッ……」

「今度はマリ〇の有名な曲使うんじゃねえ!」


 今度は扉を蹴り開けた。


「お前凄いな二つ共よくわかったな」


 黒髪で背が高く、ちょっと筋肉質な男性が腕を組んで、感心したように何度も頷く。


「感心するな。近所迷惑だぞ」

「ンなこと言ってもよう。こうしないと出てこないだろ。お前引きこもり癖強いし」

「だからと言って、近隣の人に迷惑をかけるな、特にここアパート!」

「お前この前、ゲーム邪魔されたくないから、インターホンの電池抜いていたくせに」

「そりゃ。ゲーム最終面の感動シーンの真っ最中に、お前のインターホンで邪魔されたからだよ。原因お前だよ」

「んな。細かいことでいちいち怒っていたら、速攻で血管切れるぞ」

「おめえがルーズ過ぎるんだろう」

「いやもう、心許しあってる仲だから、今更気を使うのもな」

「親しき中にも何と……。いや……。まあ……。そうだけど……」


 腐れ縁の幼馴染の思わぬ発言に、爆発していた怒りがスーッと冷えていった。少し冷静になって、目の前の男性に改めて視線を合わせる。

 黒い髪はペタンとしおれて、服はびっしょびっしょで体にびたっと張り付き、片手に提げている鞄からポタポタと水滴が落ちている。


「大丈夫か大我タイガ

「すまん。洋一。電車が止まって帰れなくなってさあ。台風が抜けるまでの間、泊めてくれんか」


 さっきの軽口から打って変わって真剣な頼み事。その姿を見て帰れとは言えるはずもないし、言う気もない。


「分かった。とりあえず中に入れ。あんま綺麗じゃ無いけど。んで、タオル持ってくるから。ちょっとだけ玄関で待ってろ」


 大我を玄関に上げて、俺はタオルを取りに行った。


「洋一。風呂。サンキュー」


 大我が青色のタオルを首にかけて、さっぱりした顔で出てくる。


「着替えサイズ合うか?」

「ああ。大丈夫だ。俺にはぴったりだ。お前が大きめのゆったりした服が好きで助かった」


 大我は腕を上げながら、袖の裾に丁度いい隙間があるのを見せながらニヤッと笑った。自分の趣味がこんなところで生きるとは思わなかった。


「それはいいんだが、お前の部屋汚いな」


 大我は俺の部屋をぐるっと見回して渋い表情をする。床には服が転がり、ゲーム機は出しっぱなし、本や雑誌が至る所に積み上げられていている。


「いや。これでもまだ綺麗な方だ」

「これで?」

「前は一年に一回しか掃除しなかったんだが、名前を出すのもおぞましい黒い生物が現れてから、一か月に一回は掃除するようになった。んで今は前回の掃除してから三週間目」

「お前の部屋事情知らねえ」

「ンなこと言うな」

「とりあえず床にあるのは何処か一か所の場所に避けてくれ」

「何でお前が命令するんだ」

「座りやすいだろ」

「いや。そうだけど。そうじゃなくて。一か月のペースが狂う」

「なんで、そこだけ几帳面なんだよ」


 あーでもないこーでもないと言い合って、結局大我に押し切られた。渋々床に散乱しているものを空いているスペースに運んだ。まだ三週間なのに。


「ピンポーン」


 今度は誰だ。

 大我と目を合わせて、パチパチと二回瞬きをする。


「ピピピッ、ピッ、ピッ、ピピ、ピッ、ピッ、ピッ。ピピピー……」

「今度はテレビのコマーシャルやっていた『キノコ〇唄』かよ!」


 豪快に扉を蹴り開けた。


「おお。何で分かったの!?」

「ンなことどうでもいいわ。近所迷惑だって……。麻美あさみどうした?」


 思わぬ珍客にまた怒りが冷えていって冷静になる。大我と同じように長い黒髪はびしょびしょで、多方向にぼさぼさに乱れ、服も言葉にしずらい状態になっている。


「いやー。台風で電車止まってね。帰れなくなった。だから、台風抜けるまで泊めて!」


 サークル仲間が両手を合わせてお願いしてきた。


「分かったよ。入れ。ちょっと部屋汚いけど」

「えー。汚いの?」

「んじゃあ、帰れ」

「ごめんごめんごめん。お願いします。お願いします。泊めさせてください。タダで家に上がるの悪いから差し入れも持ってきたから」


 やたら重そうなビニール袋を両手に抱えたまま、今にも泣きそうな顔で迫ってきた。俺はやんわりと肩を掴んで勢いを押さえつつ、部屋に入れた。


「って、あれ大我もいるの? 奇遇だね」

「おお。麻美……。っていいからお前は風呂入るか、着替えるかどっちかにしてくれ」


 大我に言われたことにキョトンとしつつ、自分の服装を確認すると「ああ」っと小さな理解を示す。


「確かに。そうだね。洋一! 風呂借りるよ!」

「へいへい!」


 手の甲で払うようにして風呂に行くように促すと、ちょっとムッとしながら風呂場に入っていった。


「ピンポーン」


 またか。


「ピッ……」

「やらせねえぞ!」


 今度はインターホンで遊ばれる前に扉を開けた。すると目の前にいたのは、ちょっと背の低い女性。インターホンに指を伸ばしたまま、俺の顔を見ながら口を開いて驚いた。そしてすぐにムッと頬袋を作った。


「ど、どうした。かおる

「折角、ドヴォルザークの新世界を弾こうと思ったのに」

「なんで、そんな壮大な曲をチョイスした」

「洋一。とりあえず泊めて。寒い。死にそう」

「ほんの数秒前まで、インターホンで交響曲を奏でようとした人のセリフか?」

「そんなこともう忘れた。洋一。泊めて、死にそう」


 サークル仲間の中でも特にマイペースな人物の救援信号。もうここまでストレートだと清々しい。


「ヘイヘイ。わかったから。入れ」

「やった。洋一。神様」

「人智を超える程褒めるな。気持ち悪い……。ってもう家に入っているのかよ」


 俺の腕の下を潜り抜けて、もう靴も脱いで廊下に上がっていった。

 もう何なんだ一体。



 女性二人が風呂に入って着替え終わってから二時間経った。外はとっくに日が落ちて真っ暗だ。漫画を読んでいた麻美が、急にベットへ背中からダイブするように寝ころぶ。


「洋一。ちょっと何か暇つぶしのものない?」


 麻美がぐたーっと横になって、へそを丸出しにして、女性の品も欠片もない格好をしている。それなり綺麗な出で立ちなのにな。


「四人でできるパーティーゲームならそれなりにあるけど」


 テレビ前に置いてある、ゲームのソフトを指さしてみる。


「負けた時のフラストレーションが半端なく嫌だから却下」


 両腕でバツ印を作って口を尖らせる。綺麗な顔が台無しだぞ。気持ちはわからないこともないけど。


「洋一。腹減った」

「お前は、相変わらずだな」


 薫がチョンチョンと俺の裾を引っ張って、ウルウルと瞳を潤わせるている。


「よしじゃあ。鍋でもするか」


 勢いよく右腕を高く上に掲げて立ち上がった大我。


「ちょと待てちょと待て、どこからその流れになった! というか。食材あるの?」

「ん。いいじゃん。適当にあるもの入れれば」

「マジで言っている?」

「食べ物なら大丈夫だろ。別に湯がいたところで食えんわけではないし」

「お前のその野生児発言、時々ついていけない」


 幼馴染だがインドアの俺と違い、大我はアウトドアだ。だがその性格をどうこじらせたのか、夏休みに一人で無人島に行って二か月も暮らしてきたというらしい。大我にとっては何でも食べられそうだが、ここはそういう場ではない。


「じゃあさあ。闇鍋しよう!」


 これもう行くところまで行くパターンだ。

 麻美が、飛び上がる様に手を挙げた。何かに刺激を求めていてそれを見つけたらのめり込んでしまうアレだ。


「おお。それはいいな。その方が何か楽しそうだ」

「でしょ。何を当てるか分からない。あのスリリングがたまらない!」


 大我と麻美は向かい合って意気投合している。


「私は、食べられば何でもいい」


 薫が口から涎をじゅるじゅるっと垂らしている。もう胃の準備万端だな。もうこれは逃れられないな。けどこのまま順調に進むのは少し嫌だな。


「んで。肝心の鍋とコンロはどうするんだ? 持ってきたのか」

「え?」


 三人とも顔が凍り付いていた。当然か。あの状況で準備している方がおかしいか。さっきの一言でここまで効果的な影響を与えている。ちょっとやり過ぎたか。ここまで絶望されると予想できなかった。

 三人が恐る恐る。俺の顔を伺う。


「えっ。もしかして」

「洋一」

「鍋無いの?」

「あるよ!」

『あるんかい!』


 三人よる総突っ込みがあまりにも息がぴったりだったことに苦笑しつつ、俺はキッチンに鍋を取り出しに歩いていった。



 ということで闇鍋開始される。

 外は日が落ちているので、電気を消しているので真っ暗になっている。


「よーし。蓋を開けるよ」


 モワッとした湯気と共に、鍋の香りが鼻を刺激する。それなりに食欲を駆り立てる様ないい香りがする。今のところ変な臭いは感じられないから、ゲテモノ系は無いと思う。たぶん。


 因みに鍋の具を仕込んだのは薫だ。薫は「食べれば何でもいい。スリルなんていい。食べればいい。だから私が仕込むよ」とかなんとか言って全て薫が仕込んだ。少々不安が残るが、まあ大丈夫だと思う。

 たぶん。

 それで、恐る恐る暗闇の中に箸を伸ばしていく。そして箸先に妙な感触を感じてピタッと止める。このふにゃふにゃした、何とも言えない嫌な感触、蒲鉾か。いやそんな簡単に安全なの引き当てると思えない。他のにしようか。それともいや。うーん。


「掴んだ?」


 麻美の声が響く。


「おう。いけるぜ」

「私も早く食べたい」

「洋一は?」


 催促される。どうしようか。どうしようか。んーこれだ。


「おっしゃいいぞ。電気付けろ」

「オーケーつけるよ!」


 麻美の方から物音が聞こえた二秒後、ピカッと視界が真っ白になり徐々に視界が正常になっていった。

 そして恐る恐る俺の箸の先を確認する。

 箸先には濃い茶色の笠に柄が薄めの茶色をしているキノコだ。しめじを三回り大きくしたような感じだ。


「何だ。これ」

「うお。何だこれ」

「何これ」


 俺を含め、大我、麻美は各々、眉間に皺を寄せながら、掴んだものをジーっと凝視する。


「あ。マツタケだ」

「マツタケ!?」


 俺は目を引ん剝いて、薫の箸先に掴んでいる食材を確認する。茶色の笠のキノコ、俺が今掴んでいるのとそっくりだ。


「どうしたの洋一。洋一のもマツタケだよ」

「嘘だろ! マツタケってあの超高級食材のマツタケか、めちゃくちゃ豪華っていうあれか」

「中にもそういうのあるけど、これはスーパーの安物のマツタケ」

「そう。そうなのか。どれくらいなのか」

「ん。これは、一本四千円」

「よ、四千円!」


 驚きのあまり、持っている箸がぶるぶる震えだし、落としそうになった。


「これ。食べていいのか」

「ん。いいよ。というより、掴んだものは食べるのがルール」


 と言い残し、薫は真顔でマツタケをパクっと一口で中に入れ、もさもさと咀嚼し、ごっくんと飲み込み満足そうな表情を見せた。俺はゴクッと息を呑み、じっとマツタケを見つめる。そしてふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。香りは山の空気というか自然の香りというか、心地のいい香りと言えばいいのか、すごい高級感と思う香り。

 凄そうだ。

 フーッと息をかけて覚まし、薫と同じようにパクっと一気に口の中に入れ、そしてゆっくりと歯で噛み……。


「ええええええ!」


 麻美の耳を劈く咆哮に驚き、そのままゴックンと飲み込んでしまった。


「……ああああああ!」


 折角の高級食材を味わうことなく胃に送り込んだ悲しみが、全身を駆け巡った。そして俺の敵意がゆっくりと麻美に向いていく。


「おい。今度はどうした洋一」


 大我が目を丸くして俺を見つめるが無視する。


「麻美! マツタケ飲み込んだじゃねえか!」

「何で私のせいになるのよ!」

「だってお前が叫んだから」

「それは不可抗力! 大我が山から取ってきたって言うから」

「また野生児ネタかよ!」

「いやー。今日近くの山道で何本か採取してきたわ。ヒラタケ」


 ちょっと照れたように後頭部を掻きながら、ガサッと袋から取り出す。笠の色が明るい褐色色をしているキノコだった。


「凄いか凄くないか、よくわからんキノコの名前を挙げられてもよ」

「比較的一年中何処にでも生えているキノコだからさあ」

「何処にでも転がっている石みたいに言われても何も感動が無いんだけど」


 相変わらずマイペース過ぎる。もうさっきの怒りが消えている。普通の視線で麻美に向ける。


「麻美。旨かったかヒラタケ」


 味を思い出すように顎に手を当てながら考える麻美。


「何というか割とフッツーのキノコだった」


 何を普通のキノコを基準としているのかさっぱり分からないが、まあごく庶民で食べるキノコだと勝手に思っておく。


「んでさあお前ら、俺の掴んでいるの何だと思う?」


 大我が怪訝そうに箸先の物体を覗いている。何の変哲の無い白く球体上の物体。食材の雰囲気を全く感じない食べ物。


「餅、それとも蒲鉾みたいな練り物系か」

「あられ。あられでしょ。白くて丸いのあるじゃん」


 麻美がこれだと言わんばかりに、白い物体を指をさす。


「それ、私が作ったエリンギの丸くしたもの」

「えっ」


 薫がさらっと答えて、何もなかったかのように黙々と食べ続ける。


「いやいやいや。どうしたらこんな形になる」

「ん。簡単。リンゴの皮を剥くようにエリンギの皮を回しながら剥くとできる。名付けてエリンギボール」


 キランと目を光らせて、ドヤ顔を見せる薫。


「嘘だろ」


 薫と丸いエリンギを交互に何度も見比べる。前から独創的な空気を持っていたけど、何かもう世界観が俺らとは別次元な気がする。


「とりあえず。食べるか」


 大我は茫然としながらも、ゆっくりと丸いエリンギを口に運ぶ。モグモグと咀嚼し、静かに飲み込む。


「ん。たぶんエリンギだ」

「何だその微妙な言い回しは」

「湯がいているから味がどうなっているか分からん」

「それたぶんでも何でもなく、分からないだけだろ!」


 もう突っ込み続けて、何か変に余計な体力使った気がした。

 でも闇鍋はひとまず終了した。今からゆっくりと鍋を楽しめば、温かい食べ物で体が温まれば少しは気も楽になるだろう。

 そう箸を伸ばしながら、鍋をのぞき込んだ。

 ピタッと箸を止める。

 鍋というのは俺の中で色とりどりという印象がある。白菜や豆腐や蒲鉾、糸こんにゃくや肉団子や白身魚が色とりどりに飾られているのが鍋だ。

 けど今目の前に広がる光景は、茶色と褐色と白だけの世界。


「何だこの鍋」

「どした洋一」

「いや鍋見ろ」

「ん?」

「何々?」

「んー?」


 全員が鍋をのぞき込むが、俺以外の三人は特に目立った反応していない。気づかないものか。


「もしかして、これ全部キノコか」

「ん! みんな、持ってきていたのキノコばっかだったから」


 薫は普通にモサモサと食べ続けている。


「何でそんなにキノコが揃うんだよ」

「そうだな。洋一の家に泊めていくのに、手ぶらで行くわけにもいかないから」

「そうそう。流石にそれは悪いと思ったし」

「手ぶら、無理。それは悪い」


 三人とも泊めて貰うために差し入れを持ってくる気づかいは分かった。けど俺の求めている返答ではない。


「それは嬉しんだけど、なんでキノコ?」

「それはあれだ」「え、だって」「当然」

『洋一ってキノコ好きでしょ』

「……ええええええええ!」


 数秒沈黙してから、想像以上の驚きに襲われた。今なら逆立ちしてもいいくらい、一層本気で逆立ちをするんじゃない位驚いた。


「ってどうした。もう何回も驚いているけど」

「いや確かに、今日だけでも何回驚いたけど、今回が最大の驚きだよ。俺いつキノコ好きって言った?」

「え、だってテレビの上に飾っている緑のキノコのぬいぐるみといい。スマホのストラップの赤いキノコと言い、バックについている黄色い笠の大きいキノコと言い、キノコ好きのアピールしまくっているから」


 麻美が一つ一つ俺のキノコグッズを指さしていき、薫がコクコクと頷き、大我は腕を組んでしっかりと頷く。

「いや。確かに、こっちのキノコは好きだよ。普通に好きだよ。何か落ち着くというか、子猫や子犬みたいな和むっていうのはあるけど、それはそれで。これはキノコ違い」

「え。どういうこと?」


 三人揃って首を傾げて、頭の上にはてなマークが出現する。これだと説明不足か。


「俺が好きなのは、赤い帽子を被ったチョビ髭のキャラが出るゲームの中に出てくるアイテムのキノコが好きであって、現実のキノコは割とフツー!」

『……えええええええええ!』


 そのままオウム返しで驚きが返ってきた。いやそこまで驚くことか。


「え、嘘だろ、嘘だろ。俺の親友の趣味を間違えただと」


 大我は頭を抱える。


「えー。私の思い違い。嘘?」


 麻美は妙に顔を青ざめる。


「えー。そうなんだ。モグモグモグ」


 薫はキノコを食べ続けている。


「って。そこの二人そこまで落ち込むことか」


 大我と麻美は箸を止めて、ズーンと暗い色のオーラを出している。


「いや。何か二十年以上思っていた親友の趣味が違うというこの崩壊感が、何かえげつないダメージを」

「私、人の思っていることを外したことないのに、今回初めて外した」

「二人ともいろんな意味でこえーよ!」


 親友の趣味を間違えただけで、そこまで落ち込んでくれるって、何か嬉しいけど変な罪悪感覚えるし、二十年ってそこまで付き合い長くないしせいぜい十三年くらい。麻美は人の感情外したことないってメンタリストか何かか。普通に怖いわ。


「はあ」

「はあ」

「いや。もう落ち込まなくていいって。俺怒ってないから」


 何で俺が慰める形になっているんだ。けどこのまま落ち込まれたら色々困る。どんな会話すればいいか分からんし、それに薫と二人だと会話が成立するのかすら怪しい。


「本当か」

「ホントに?」


 パッと面を上げる二人。


「俺は大丈夫だから」

「おう。そうかすまん。勝手に落ち込んで」

「私も何かごめんね。何かお返ししないと」

「そこまで気を遣わなくていいって」


 手の平を突き出して、その思考を押さえてもらう。これ以上変なものを持ってこられても、こっちの応対に困るし、これ以上の罪悪感に苛まれてしまう。


「いや、だけど、その何かあれだ。こう」

「私が納得できない」

「そう」


 大我と麻美の繋ぎに、薫が一言肯定する。いつからそこまでの連携ができるようになったんだ?


「いや。そこまで求めていない。怒っていないから」

「あー。もう、じれったい!」

「えええ。逆切れ!?」


 麻美が座布団を叩いて立ち上がって腰を手に当てて睨んでくる。


「おっしゃー!もう一回闇鍋だ!」

「今の流れで? って鍋の具が丸わかりだぞ」


 突っ込みを無視して、大我が立ち上がり電灯の紐を掴む。


「うし、具材をたくさん入れる」

「薫、お前はどんだけ食べるんだよ」


 具の入ったボールを持って、クルッとひっくり返して鍋の中に流し込んだ。もう流れが分からん。

 

「パチ」


 何が起きたか分からないまま、電灯が消えて真っ暗になる。

 俺はもう自棄になって鍋に箸を突っ込んだ。適当にまともな食べたぶんキノコぽい感触を確認して掴んだ。


「おい。準備できたぞ」

「……」


 反応がない。どういうことだ。


「おい。準備できたぞ!」


 さっきの倍の声で叫んだが、何も反応がない。

 じわじわと苛立ちが湧いてくる。家に押しかけて、ほぼ強制で闇鍋をして、俺の趣味をご認識して、逆切れしての闇鍋したかと思えば今度は無視か。どんだけ自由奔放なんだ。それに何か耳がぞわっとする。


「おい。もう何か言えよ!」


 反応がない。くそ何なんだよ。何が起きたんだよ。真っ暗で何も見えない。さっきまで騒いでいたじゃないか。さっきまで……。

 怒りがどんどん寂しさと怖さに変わっていく。誰も声がない。反応がない。一体何があったんだ。何があったんだ。


「おい。どうした。みんな。どうした!」


「パチ」


 急に光がともり、目の前が真っ白になった。そして徐々に視界が開けてきた。


「誕生日おめでとう! パン! パン! パン!」

「え!?」


 三人がクラッカーを鳴らし、紙テープや紙吹雪が舞った。そしてみんな一斉に拍手している。

 そしてひょいっと大我が俺の耳から何かを取ったかと思うと、聴力が上がった。


「ん。えええ。何?」

「何って、今日、お前の誕生日じゃないか!」

「え。いやそ、そうだけど」


 今、頭の中が混乱していて、全く考えることが出来ない。えっと誕生日。


「あー。その顔、驚きすぎて信じていないでしょ」

「うんうん」


 麻美と薫が、マジマジと俺の顔を見つめながら、堂々とほくそ笑む。


「いや。突然すぎて、えっと誕生日、誕生日。えっ」


 三人のニッコリした表情と、大我が両手に持ち上げたケーキの上に飾られたメッセージを見て、俺の思考が追い付いた。その瞬間、じわっと瞼が熱くなっていった。


「え。マジで。何で」

「いやー。お前が最近暗いのを見てて、何か元気づけることできないかなと思ってたら、丁度誕生日が近いことを思い出してさ。同じサークル面子を呼んだわけだ」

「最近、誰からの目でも分かる程暗かったし」

「洋一。いつも明るいのに、最近暗くて心配した」


 三人が「うんうん」とそれぞれ頷きあった。


「お前らマジか。マジで、俺のことを心配して……。ほんっと……」


 熱くなった瞼から、ポロッと涙が溢れ出し、声が掠れてうまく話せない。言いたいことが今一杯湧いてきたのに、湧いてきたのに、言葉にできない。


「おいおい。そこまで号泣するか」

「洋一が泣いたの初めて見た」

「貴重! 貴重!」

「うるせえよ」


 酷い顔を見せているんだろうな、俺らしくない顔をしているんだろうな。けどもう今回だけはそれでもいいか。


「ああ。もう。何だよ。不意打ちかよ。もう。お前ら。もう。ほんと、意味わからん。押しかけてよう。お前らって」


 俺はぐしゃぐしゃの顔を精一杯で上げて、三人を見つめると、また涙が湧いてくるのを必死に腕で拭った。


「大我。麻美。薫。ありがとう」

「お。おう」

「何か言われるとむず痒い」

「洋一じゃない気がする」

「人が素直に感謝しているのに、もっと素直に受け取れって。もう全く」


 お前ららしい。


「おし! ケーキ食おう!」

「そうだね。私待ちくたびれた」

「甘いもの別腹!」

「お前らケーキが……。あー。何でもない。俺が一口目だぞ!」


 グワッと俺は真っ先にケーキを取りに行く。それを阻止せんと三人がありとあらゆる妨害をしてくる。

 相変わらず、バカみたいなやり取りで、バカみたいにマイペースな奴らだが、本当に良い奴らだ。

 本当にありがとう。


 カレンダーの日付についていた丸印、それは俺の誕生日。



 荒天時々友達のちキノコ闇鍋……。

 


 のち晴れ。




 完


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