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自白

 逃亡した延方はすぐに追っ手に掴まり、引きずられるように広間に無理やり連れ戻された。彼は非常に感情的になっていて何も考えずに色んなことを口走っていた。


「与黄が全てを領主にばらすと言うから、まずいと思って手にかけてしまったんだ!」

「黙れ!」


 すぐさま麻生が錯乱気味の延方を一喝するが既に遅かった。皆が見ている前で彼は己の悪行をばらしてしまった。この彼の自白により、彼の事件の関与はやっと明白になった。

 抜き身の刀を手にした家臣たちによって麻生は物々しく囲まれる中、彼は苦々しげに顔を歪ませていた。ついに彼の余裕の顔が崩れた瞬間だった。

 そんな彼にお構いなしに延方は慌てて腕に巻かれていた白い布を必死になって取り除いていた。


「与黄に引っ掻かれた腕が痛むんだ! お願いだから、助けてくれ!」


 そう叫ぶ彼の露わになった腕を見れば、切り傷の治った痕があるだけだった。一見問題なさそうな腕なのに切実に症状を訴える彼を怪訝な顔で周囲の者は見ていた。彼を取り押さえている家臣たちも不気味そうに首を傾げている。

 そんな異常な延方の様子を見かねて、珠保院は彼におもむろに近づいていった。


「延方殿、麻生殿に命じられて与黄に呪術を依頼したのでしょう? 何故、そんな彼の命に従ったのです?」


 すかさず彼に子細を追及すると、彼は途端に我に返ったように慌てて平伏する。


「も、申し訳ございませぬ……! 麻生殿は関係ありませぬ! 全ては私が悪いのでございます!」


 そう叫んで、罪の全てを自分一人でかぶろうとしていた。混乱していて素直に白状すると思っていたら、とんだ誤算だった。先ほど珠保院が声をかけたせいで正気に戻させてしまったみたいだった。


(そんな。ここまで来て嘘をつくの? このままでは麻生に逃げられてしまう)


 内心酷く焦るが、ここまで追い込まれていても麻生を必死に庇う彼を改心させるような言葉が全く浮かばない。

 麻生に視線を向ければ、彼は目が合うや否や、勝ち誇ったように口の端を上げてニヤリと笑っていた。

 そんな状況が停滞した中、冴木が思いっきり眉を顰めながら、延方の傍に寄っていた。


「ああ、これは酷い。相当深い念がこの方を蝕んでいますね」


 彼の目には、延方の腕に何かが見えるらしい。そこを一心に見つめていた。


「そこの御方、助かるためには、罪を償わなければなりません。全てを白状しなくては、死んでも貴方様は苦しむことになりますよ」


 冴木が諭すように延方に声を掛けると、相手の表情は一変した。藁にもすがるような勢いで、「お前には見えるのか!? 助けてくれ!」と冴木に近づこうとしていた。そんな彼を捕えている男たちが必死に押さえる。


「見えますとも。貴方様の腕に黒く細長い痣がいくつも広がっている様を」


 そんなに腕の状態が酷いのか、冴木は顔を顰めながら、口元を袖で覆った。


「どうにかできないのか!?」


 必死な様子で延方が尋ねるが、冴木はそんな彼に悲壮な様子で見つめる。


「殺された者の無念が形となって表れているのです。全ての罪を告白するべきでしょう」


 と彼は生真面目に説得するだけだ。そんな冷淡とも突き放したともとれる彼の態度に延方は絶望の表情を恐々と浮かべ始める。

 冴木はこれ以上彼に何も言うことはなかったのか、口を噤んで彼の動向を見守るだけだった。


「そんな……」


 延方は助かる術は他にないと、悟ったようだった。頭を力尽きたように垂れ、ピクリとも動かなくなった。

 広間には小さな沈黙が訪れた。皆の視線が延方に集まっている。息を凝らして事の成り行きを見守っていた。


「おおおぉ……!」


 とうとう彼は観念したのか、苦悩に満ちた嗚咽の声が本人の口から漏れる。


「麻生殿に命じられて、与黄に呪術を依頼したのだ……!」


 やっと真実が語られた。周囲から息を呑む声が響いた。


 その小さな声を掻き消すように「お前、裏切ったな! 義兄弟の俺を!」という麻生の怒声が広間に大きく響き渡る。


「麻生殿を捕え、取り調べよ」


 そんな彼の言葉を意に介さず、珠保院は冷静に素早く命を下した。目配せを受けた兄の角衛門が率先して動く。犯人がついに縛に就いた。

 この待ちに待った現状を迎えて、珠保院の手が小さく震える。それを隠すように自分の両手をしっかりと握りしめる。

 やっと彼の陰謀を終わらせることができた。安堵よりも興奮が身体の中をあまねく駆け抜けていた。

 麻生が広間から連行される中、彼は悔しげにこちらを振り返る。


「俺が捕まっても、問題は無くならないぞ! 無能の補佐役に何ができる!」


 彼の罵詈雑言を受けても、珠保院は言い返すことができなかった。

 彼の言う通り、金子に全く余裕はなく、事態は依然と悪いままだ。もっと自分が有能ならば、このような最悪な事態はもしかしたら避けられたのかもしれない。そんな後ろ向きの考えが頭を過っていたからだ。


「悔しかったら、きんの雨でも降らしてみろ!」


 調子に乗った麻生は馬鹿にしたように大声で笑いだす。珠保院は試合に勝っても勝負には負けたような気分にすっかり立たされていた。耳を突くような嘲笑が響き渡る。麻生は捕まっていながら堂々と広間から出ていこうとした。


「カァ!」


 そんな時、烏の鳴き声が広間の中にいる者たちの耳に入ってくる。それは一羽だけではない。一体、何羽いるのかと感じるくらい、異様なほどの存在が外から伝わっていた。

 鳴き声で騒然となったので、何事かと珠保院たちは慌てて広間から縁側に出る。そこから外の様子を一望できた。

 青空を黒く覆うように無数の烏が飛び回っていた。大騒ぎしながら屋敷の上空を自由に動き回っている。この上から移動せずに旋回を続けているので、烏たちは何かしらの意図を持って集まっているようだ。


「一体、何が起こっているのでしょう?」


 不気味な状態に緊張が走る。さらに、様子を見守っていると、烏たちが屋敷の庭の上に何か石らしきものを落としている。

 それは何個も連続して投げ込まれている。初めは攻撃されているのかと警戒していた。しかし、すぐに観察していて気付いた。彼らはなるべく地面に近づいて、誰もいない場所に石を計算して落としている。

 行動力のある家臣の一人が傍に転がっていたものを拾って確認していた。


「これは、玉ですぞ!」


 仰天した家臣は慌てて珠保院に近づき、その拾ったものを手渡してきた。家臣の言う通り、まだ切り出されていない宝石の原石が手の中にあった。その石の色と輝きは、明らかに価値のあるものだ。


「これも、これもですぞ!」


 家臣たちが次々と拾い上げる石の全てが、高価とされる宝石の類だった。


「まさか、この落ちている物は全部……?」


 茫然として見守っていると、一羽の白い鳥が珠保院の近くに素早く飛んできた。それは足元に着地して、姿を白い蛇にあっという間に変える。見覚えのある姿から「突然すまない」と静かな声が掛かる。


「サンゴ様でしたか……!」


 珠保院はこの正体をすぐに把握していた。


「森の烏たちに頼んで、宝石を持ってきたぞ。これで自分が台無しにした食べ物の足しになると思ってな」


 全てが土地神であるサンゴの仕業だと分かり、身体から緊張と不安がようやく抜ける。

 頭の中が真っ白になり、ただ鳥たちが石を落としていく様子を眺めていた。目の前の奇跡ともいえる光景を。

 宝石の山が作られ始め、周囲にいた者たちは、ただ唖然として見つめながら立ち尽くしていた。

 こんなにも過分な報恩を誰が予想できようか。感謝の気持ちで珠保院の胸中は溢れ返っていた。膝を曲げ、床板の上に座ると、彼に向かって頭を下げていた。


「サンゴ様、誠にありがとうございます。 でも、一体これはどうしたのですか?」


 山の中にこれだけの原石があっただけでも驚きだが、これらを全部取り出したのは一苦労だろう。


「以前、山に侵入してきた物の怪を倒した時に手に入れたものだ。使い道がなくて、放置していたのだが、綺麗な石に価値があるとお主から聞いてな。思い出して慌てて運んだのだ」


 まさか、自分の命名が、このような幸運に繋がるとは。この不思議な縁に魂が震える想いがした。


「そうだったのですか! お心遣い、誠に感謝したします」


 珠保院は感激のあまりに声までも震えていた。

 こうやって会話している最中でも、空から次々と烏によって原石が投げ込まれている。

 麻生にとっては皮肉なことに、まさに恵みの雨が庭先に降っていた。それはしばらく止むことなく続いていた。


「皆様、よくお聞きください!」


 縁側にいた珠保院は立ち上がり、殊更大きな声を張り上げる。一斉に皆の視線がこちらを向いた。


「この宝石の雨は、佐和羅山の神からの贈り物です! 我々の助けに感謝してくださったのです!」


 正確な情報が周囲にも伝わり、歓喜と大興奮が広まり始める。それから佐和羅山の神と珠保院を称える声が上がり、その功績はあっという間に屋敷中の知るところとなる。

 そんな中、麻生は悄然として頭を垂れ、大人しく家臣たちに連れて行かれた。彼を庇う者は誰一人としていなかった。


 こうして一連の騒動は無事に治まった。大蛇と対峙した珠保院の武勇伝と、助けられた大蛇の恩返しの美談は領内にも広まり、名声が一気に高まったという。


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