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棘の正体

「遅くなって申し訳ありませんでした。ちょうど家に戻っていたもので……」


 冴木は戸口に立っていた珠保院たちの元へ足早に近づき、その足元の傍で跪いて頭を下げた。


「いいえ構いません。サンゴ様が目覚められたので、今までの経緯をご説明したら、無事に和解することができました。お元気になられて本当に良かった」


 珠保院は彼の黒い烏帽子を見下ろしながら穏やかに声を掛けた。頭をゆっくり上げた彼の切れ長の目と見つめ合う。機嫌が良かったので自然と口元に笑みが浮かんだ。


「サンゴ様とは、あの蛇のことですか?」

「ええ、名付けて欲しいと直々に頼まれたのです」

「おお、珠保院様! あの蛇の物の怪にかなり気に入られましたな」


 彼がとても驚いた顔をしている。細い彼の目がこの時ばかりは大きく見開いていた。その一方、その反応の意味が珠保院には見当がつかず、ただ困惑して僅かに首を傾げた。


「気に入られた?」

「左様でございます。物の怪が自分の名を乞うことは、最大級の親愛の表れなのです」

「ええ、そうだったんですか!?」


 今度は珠保院が目を丸くする番だった。

 彼はこれまでの表情を硬く改めて、一変して深刻な顔つきをしている。


「ですから、あの蛇とのご縁は、生涯続くことでしょう」


 彼の真剣な様子に気付き、物の怪から好意を寄せられることが決して良いことばかりではないのだと察した。


「なるほど。物の怪との縁とは、また奇妙なものですが、覚悟しておきます」


 彼の言葉に素直に同意すると、彼の表情がすぐに緩んで元通り穏やかなものになった。


「ところでですが、先日回収した黒い棘の件についてご報告したいと存じます」


 それを聞いた途端、珠保院は顔を引き締めて頷く。それから戸口から離れて静かに広間を移動すると、上座に腰を下ろした。

 冴木や他の者たちもそれに従って移動して、下座にて対面していた。


「やはり、あの棘は呪術の一種でございました。ただ、特定の誰かを狙ったものではなく、使った相手に対して指向性のある術でした」

「では、サンゴ様を限定して狙ったものではなかったと。たまたま食べ物に仕込まれた呪術が、サンゴ様に作用したということですか?」

「はい。その通りでございます。また、私では術者を特定することは無理でした」

「そうでしたか……」


 術者が分からずじまい。殺された術者の与黄が事件に関わっていたかどうか、はっきり白黒をつけたかったが、駄目だと分かって落胆せざるをえなかった。

 そのことを彼に愚痴っても仕方がない。気分をさっさと切り替えて話題を変えようと試みた。


「ところで、冴木様。呪術は返されることもあると、左衛門殿から聞きましたが、仮にその棘の術が相手に返されたら、術者は一体どうなるのですか?」


 その質問は、ほんの好奇心だった。以前、彼が左衛門に語っていたことを覚えていたからだ。呪術は返されることもあり、失敗すれば放った攻撃は術者自身に返ってくると。それで失敗した場合、どうなるのか尋ねてみたのだ。


「そうですね。この棘が術者の身体に刺さると思います」


 躊躇なく彼は答えをあっさりと口にした。あまりにも単純な回答だったため、それを言葉通りに受け取って良いものか正直戸惑う破目になった。


「刺さるとは、棘が飛んできて、術者の身体に勝手に突き刺さるんですか?」

「そうです。特に何のひねりもなく、この長い棘が単純にブスリと」


 冴木に身振りも伴って説明されている最中、急に加藤の報告を思い出していた。与黄の背中にあった細い針のような刺し傷を。その状況と原因がまさに自分の頭の中でピタリと一致する。思わず興奮しそうになったが、今は彼と話しの最中だったので、取り乱さずに理性でなんとか堪えた。


「例えば――の話ですが、この棘の術を幾つか供え物に仕込んでおいて、たまたま一つがサンゴ様に効いて、他のものは術者に返された可能性はあるのでしょうか?」

「その可能性もありましょう。それがどうか致しましたか?」

「大蛇の騒動の時期に術者が一人殺されていたのですが、その者の背中に針で刺されたような傷が幾つかあったのです」

「ああ、そのため、珠保院様は先程の質問をされたわけですね」

「その通りです」

「前にも土地神の役割をお伝えしましたが、土地神を討てば災いを招く恐れがあります。金に目が眩んだ良識のない術者が死んでも自業自得かと」


 彼の口調には明らかに蔑みが含まれていた。よほど内心では術者の与黄を不快に思っているに違いない。彼の名誉のためにも訂正しようと口を開く。


「いえ、その者は善良な者だったと聞いています。ですから、そのような者が誰かを呪詛する依頼を引き受けるのは不自然だと思ったのです」

「そうだったのですか。……それでしたら、術者が騙されたかもしれませんね。呪う相手を酷い奴だと偽って、依頼をしてくる者も美都でいない訳ではなかったので――」


 言葉を濁して語る彼の言葉はとても重く、深い説得力を感じていた。過去に彼も苦い経験をしたのか、誰かから話を聞いたのかもしれない。


(騙された、か。確かに、そういう可能性もあるわね)


「なるほど、とても参考になりました。――冴木様、この度は誠に感謝します。大変世話になりました。約束の報酬について、佐衛門殿から話してもらいますので、よろしくお願いします」


 冴木に内密に依頼する際に、高額な報酬を彼に提示していた。他に頼れる者がいない以上、少しでも彼が引き受けやすいようにと必要な取引だった。

 珠保院が笑みを浮かべると、相手もつられて微笑む。それから彼の傍にいる左衛門に目配せする。彼はこちらの指示にすぐに了承して頷いてくれた。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 珠保院は深く頭を下げる冴木を見届けた後、安堵しながら立ち上がる。付き従う加藤と共に広間を出ていった。

 そして、廊下に出た直後のことだ。


「加藤殿に頼みが二つあります」


 それまで平静さはどこへやら。切羽詰まった深刻な様子で珠保院は彼にある調査を依頼する。詳しく説明すると、彼の顔色が驚愕に変わった。


「もし見つかれば、確かな証拠になりえますね」


 興奮気味の彼に小さく頷く。


「よろしく頼みます」


 無事に見つかりますように。祈るように丁寧に頼むと、彼は表情を改めて頭を下げていた。



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