表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/41

蛇の独白

 自分というものは、初めはなんの変哲もない、ただの蛇だった。


 緑豊かな山の中で生まれ、そこで育った。腹が減れば獲物を捕食し、眠くなれば安全な場所を探して睡眠をとった。何も考えず、欲求のままに行動していた日々。


 そんな日常が変わったのは、これまた普段通り餌となるものを探していた時のことだ。自分の前を少し変わったものが浮かんでいた、ふわふわと丸い綿毛のようなものは、キラキラと光りながら、警戒もなく辺りをうろついていた。ちょうど小鳥のような大きさだったので、それの仲間だと思った自分は、いつも通りパクリとそれを一口で丸呑みしたのだ。


 その後の衝撃と言ったら、酷いものだった。まるで自分の身体が溶けているのではないかと思うくらい感覚が歪んだ。頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されているようだった。


 目が回り、意識が朦朧として、気付いたら自分は地面に倒れた。そして、再び目覚めた時、今の自分が存在していたのだ。それまで漠然として曖昧だった自己が、突然覚醒して意識というものを認識していた。蛇としての身体は変わってはいない。けれども、それまでの自分と今の自分とでは、用意された器がまるで別物のように感覚がまるで異質であった。


 それから自分は考えるようになった。なぜ、自分がここにいて、存在するのかを。


 別の生き物を捕食して、自分の中に取り込まれると、その食べた生き物の記憶が自分のものとして流れ込んでくることがあった。視野が広がるように新たな感覚が生まれる瞬間でもあった。

 けれども、その生き物たちは生きるために必要な行動を欲求のままにしているだけで、特に何も考えてはいないようだった。誰も自分が望む答えを持っておらず、ただ長い年月を無為に過ごす日々が続いた。


 そんなある日、自分は人間というものに出会った。仲間同士で会話をし、互いの人格というものがあるように見えた。


 なぜだろうか。自分に似た感覚の存在に惹かれて、自分はとても人間に興味を抱いたのだ。ところが、生まれ持った警戒心というものが、彼らに近づくことを阻んだ。自分が食べた者の中には、人間に襲われて、難を逃れたものもいた。そのため、遠くから人間というものを見ることしかできなかった。


 それでも、人間を観察する生活はなかなか楽しいものだった。山の中で小さな食べ物を見つける知恵があり、彼らの賢さに感心することもあれば、一人で山に入って目印を見失い、道に迷う間抜けなところもあった。自分の帰る場所が分からないなど、自分には理解できなかった。通った道は臭いを辿れば分かるからだ。夜になって暗くなり、その人間は腹が減ったとぐったりしていた。

 このままだと、この人間は力尽きて死ぬのだろうか。そう考えて、それは困ると思った。観察している人間が死んでしまったら、自分の楽しみがなくなる。結局、自分が遠くから声を掛けて、麓へ誘導してやった。


 そうすると、どうだろう。後日、自分が助けた人間が再び山を訪れて、山に向かってお礼を述べているではないか。しかも、その人間はいい匂いがするものを山の中に置いていった。地面に置かれた硬そうな容器は縦に長く、下半分は太くずんぐりとしていて、上に向かうにつれて細長い形をしている。その中に心惹かれる匂いの元は入っている。自分が倒して容器の口を塞いでいたものを取り除くと、透明な水のような液体が流れ出てきた。そこから蕩けそうなほど芳醇な匂いがする。思わず自分が舐めてみると、口の中いっぱいに美味しい匂いが広まり、興奮するほどの快感が頭の中まで突き抜ける。無我夢中といった有様で、自分はその液体を呑み続けた。


 恍惚といった風体で、自分はしばらく幸せの余韻に浸っていた。あんなに味も気持ちも良い液体を口にするのは、初めてのことだ。また呑んでみたい。でも、この飲み物は山の中には無く、恐らく人間がよそから持ってきたものだ。再び人間に持ってこさせるためには、どうしたらよいのだろうと自分は考えた。


 そうだ、また人間が困ったら助けたらよいのだ。その後に人間はいいものを持ってきてくれた。自分は途方もなく良いことを思いついたように感じた。それから、自分は今か今かとその機会を慎重に窺った。


 ところが、その機会はなかなか恵まれない。しびれを切らした自分は、人間がよく見つけて採ってゆく山の恵みの場所を教えてやることにした。分かりにくいところにあるので、今まで誰にも見つかってなかったのだ。自分の声に導かれたお蔭で、それを発見した人間はとても嬉しそうだった。


 こうして自分は再び美味しい水を手に入れることができた。その後、危険から人間を助けたり、朗報を知らせてやったりするうちに、自分は彼らから”神様”と呼ばれるようになっていた。

 いい気分だった。誰かに自分を認めてもらうのは、とても気持ちのいいものだった。

 自分のために定期的に沢山の美味しいものが山の中に置かれるようになり、この場所がとても自分にとって大切なものになっていた。


 そんな生活を続けている内に長い年月が経っていた。

 他の生き物は寿命が終わって死んでゆく。身体は朽ちて土へ還ってゆき、その魂は大きな流れの中に戻ってゆく。そして、また新たな身体に魂は宿り、再び地上に生を受ける。自分は命の循環を何度も見続けてきた。


 たぶん、自分はその命の流動から外れた存在なのだ。そういったものは自分以外にもいて、この居心地のよい場所を狙ってやってくる。人間たちは物の怪や化け物と呼んで大変恐れていて、自分もそいつらを嫌っていた。


 だから、自分の住処を奪おうとする存在は、徹底的に追い払ったりやっつけたりした。たいていのものは自分より弱くて、全然相手にはならなかったが、中にはとても手強いやつもいた。

 岩が集まって人の形を作っていたやつなんて、何度も踏みつぶされそうになり、危うく死にそうになったことがあった。偶然、崖から突き落とすことができて九死に一生を得たくらいだ。やつは落ちた拍子に粉々に砕け散ったんだ。岩の中から緑や虹色などの透き通って不思議な色をした石くずが出てきた時は驚いたな。まあ、それきり動かなくなったし、自分の興味はなくなった。


 それで、今でも特に注意しているのは、臭くて煙のようなものが集まったやつだ。あれはふらりとやってきて、周囲の元気を吸い取っていく。だから、すごく不吉なやつだ。自分が近づくと逃げていくが、退治ができないため、油断もできない。あれは厄介なやつで、たぶん人間にも良くないものだと分かっていたから、なおさら警戒をしていた。




 いつものように今年も熱い夏の季節が巡っていた。

 温かい日の光は好きだが、夏は暑すぎて焼けそうになる。厳しい時間帯は日陰で過ごし、涼しい夕方になって活動を始めると、祭壇と人間が呼ぶところに時期外れのお供え物が置かれているのに自分は気付いた。


 いつもなら、もっと涼しい時期になってから人間たちは供え物を持ってきていた。不思議に思いながらも、自分は漂ってくる美味しそうな匂いに堪えきれず、無我夢中で貪った。


 今まで自分の中に取り込まれてきた生き物の影響か、色んなものを自分は食べられるようになっていた。白いご飯も焼いた肉も好物となっていた。自分の好物の酒も沢山置かれていて、思わず嬉しさのあまり小躍りしそうなほどだった。樽に頭から突っ込んで浴びるように飲み干した。


 思わぬ贈り物に幸せな気分で寝ていたところ、やがて自分の身体に異変が起きた。

 身体の内側に何かが刺さっているのか、酷く痛むのだ。苦しくて死にそうになるほどだ。しかし、弱っているところを見せれば、他のものに狙われることがある。決して悟られてはいけないと思い、我慢していたが限界はすぐにきた。結果的に錯乱してしまうほど、痛みでのたうち回ってしまった。

 弱っている時に襲われないように自分の身体を巨大化して身を守るのが精いっぱいだった。


 痛みのあまりに失神してしまったが、この苦しみがいつまで続くのか恐ろしかった。そんな辛い日々が続くある日のことだ。大勢の人間が山にやってきた。一体何事かと思い、陰で様子を窺っていると、人間たちの会話が聞こえてきた。「大蛇を成敗」「大蛇討伐」そんな言葉が自分の耳に入ってくる。それで自分は理解した。人間は毒を入れた食べ物で自分を弱らせて、自分を殺すつもりなのだと。


 長年うまく付き合ってきたと思っていたが、人間は自分の存在が邪魔になったらしい。頭が沸騰するかと思うくらい自分は激怒した。目の前が赤く染まり、気付いたら大声で叫んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ