美朱と佐助 逃避
佐助の提案により、美朱たちは美都を目指した。大勢の人間が集まる活気のある場所なら、余所者の自分たちでも目立たず馴染みやすいだろうと彼が考えたからだ。美朱はすぐにそれに同意して、全く異論はなかった。
移動は全て徒歩で、ひたすら旅路を進んだ。急な家出だったため、旅支度は十分ではなかった。馬も無く雨具もない。そもそも旅装束では蓑を外套代わりに羽織る。ところが、家出したときは晴れの日だったため、使えば家人に不審がられる恐れがあった。そのため、そこまでの装備ができなかったのだ。
途中のにわか雨ですぐに着物が濡れてしまう。雨宿りをするため、途中で見つけた寂れた小さな寺院に入って雨雲が通り過ぎるのを待つことになった。
今は収穫の時期で忙しい時期。寺院は街道沿いにあるものの、道行く旅人は美朱たちのみ。周囲に全然人気はなかった。
寺院はあまり手が入っていないのか、板の間の上に砂埃が結構かぶっていた。座るときにざらざらとした小さな粒々の感触が指から伝わる。連子窓には、縦に細い木が何本も並んでいて、そこからの隙間から光がわずかに差し込んでいる。かろうじて室内を照らしていた。
暗さに慣れてくると、奥に置かれている仏像が詳細に見えるようになった。それは蜘蛛の巣と埃によって白く覆われていた。
美朱たちは濡れた長着を脱ぎ、乾かすことを優先して、汚れを気にせず板の間に広げた。冬はまだ先とはいえ、徐々に冷え込みが厳しくなっている秋の時期。襦袢姿の上に換えの長着を風呂敷から出して羽織るが、いつもより薄着だったため、寒さを完全に防げない。思わず震えて座っていると、美朱の後ろに佐助が座り、包み込むように抱き締めてきた。
「ちょ、ちょっと……」
美朱は彼と密着している状態に恥ずかしくなる。思わず抗議の声を上げると、彼はさらに腕の力を込めてきた。
「風邪をひいたら大変だろう」
ぶっきらぼうに反論する彼に「で、でも、佐助が寒いままでしょ」と照れながら反論する。実際、彼の体温が背中から伝わって、とても温かかった。ところが、彼の身を包むものは着替え用の長着が一枚。美朱だけが心地よい状況であった。
「じゃあ、こうしよう」
重ねた二人の長着を彼が羽織り、そのまま美朱を抱きかかえたのだ。
「これなら俺も寒さを防げる」
「う、うん……」
寒さの問題は解決したものの、彼と密着している状況に緊張して、心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動する。お蔭でどんどん体温が上がっていた。間近にある彼の表情を窺えば、思案顔の彼と視線が合った。
瞬きするたびに揺れる彼の長い睫毛。印象的な大きな瞳がこちらを見つめている。それを意識した途端に顔が熱くなる。
彼の手が美朱の頬に触れてきた。その手の冷たさに気を取られた時、彼の顔が近づいて視界が塞がれた。唇に柔らかい感触がする。そこから伝わる刺激に思考を奪われた。まるで、その部分以外の感覚が無くなってしまったみたいに。
顔に彼の顔の一部が触れて、口吸いをされたことを理解する。けれども、硬直して何も反応できない。彼の瞳に映る自分の姿をただ見つめていた。
彼のもう片方の手が美朱の身体を衣服越しとはいえ撫でるように触れてくる。先ほどからの一連の触れ合いにだんだんと緊張が高まっていく。やがて、彼の手が美朱の腰ひもに辿り着いた時、耳元で彼に切なく囁かれた。
「ずっと、こうしたかった」
彼の熱を帯びた声を聞くだけで、今まで感じたことがなかった欲望がぞくぞくと刺激するように背筋を走っていく。いつも心にあった理性という檻。それの鍵が壊されて、閉じ込められていた一匹の若い獣が解放された気がした。
「佐助……」
切なげに名を呼べば、その開いた口を彼のそれで塞がれた。深く濃厚な口吸いに身体は芯からとろけそうになる。
「ずっと、好きだった。美朱」
行為の合間に気持ちを告げられる。その込められた彼の熱い想いが細波のように身体中に巡っていく。もう彼のことしか考えられなかった。
「私も」
そう返事をするだけで精一杯だった。
「美朱のことは私が守る」
「うん」
激しい衝動のような愛しさが胸の中に溢れてくる。その気持ちをぶつけるように彼に抱きついた。互いに本能のままに求め合い、唇を何度も重ねた。




