サエの報告
昨日の評定での対応はまずかったかもしれないと、珠保院は苦々しく考えていた。麻生の思惑通りに上手く追い詰められてしまったからだ。あの帰り際の彼の嬉しそうな顔が未だに忘れられない。けれども、あの場で強気の態度を貫かねば、ますます家臣たちに不安が広がっていただろう。それだけは絶対避けたかったので、早急な解決を約束せざるをえなかった。
(それに、左衛門殿とのことも、なんとかしなくては――)
皆がいる前で彼との関係を疑われてしまった。今まで何も不審に思っていなかった者たちからも、ただ単に彼と一緒にいるだけで色を含んで見られてしまうかもしれない。それに、話が止まっているとはいえ、彼には兄が用意しているお見合い話があった。
(でも、一体、どうしたらいいのかしら――?)
その方法が全然思いつかなかった。
(あと――、彼には元婚約者の問題もあったわね)
そう考えて、彼女について何も報告を聞いていなかったことに気付いた。
芳乃と名乗った女性について、彼女の世話を女中のサエにすっかり任せきりである。恐らく、現在珠保院自身が極めて多忙であることを気遣って、サエはあえて報告を控えているに違いない。
その後、サエを呼んで真っ先に尋ねてみた。すると、彼女から驚愕の事実を知らされた。
「家の者に何も言わないで、ここまで来たの?」
目を丸くしてサエを見つめると、彼女はとても気まずそうに続きを語る。
「家出同然で出て来たそうで……。同行していた女中は芳乃様に同情されて、一人ついてきたそうです」
「それは、困ったわね」
きっと芳乃の家族は彼女の身元を必死になって探していることだろう。そのため、彼女の家に連絡をしないまま、彼女を保護し続ける訳にはいかなかった。相手の家から文句を言われれば、揉め事の原因になりかねない。
今の立場上、芳乃の都合だけで勝手に庇護を続ける訳にはいかなかった。
「病人は面倒をみるけど、それ以上の責任はとれないわ。彼女が元気になり次第、美都の彼女の家へ便りを出すことにしましょう」
「それは仕方がないことでございますが――。実は珠保院様、芳乃様は左衛門様とお話がしたくて、ここまで参られたそうです」
「それは左衛門殿に伝えたの?」
「はい。ですが――、左衛門様はお会いできないと仰せでした」
「そうなの……」
サエから話を聞きながら、重苦しい感情を抱えている自分が情けなかった。
(いい加減、彼との関係を終わらせなくてはいけないのに)
未だに割り切れてない己の未練がましさが、とても嫌だった。彼の幸せをなにより祈り、別れを選んだはずだった。
恐らく、芳乃は家出してまで会いたいと行動に移すほど、彼のことを未だに想っている。一方で、彼は彼女のことをどのように想っているのだろう。
二人の縁談が流れた原因は、領主の急逝で状況が一変したためだ。そこに彼らの感情は一切考慮されていなかった。過去の自分の縁組と同じように。互いに想い合っていたら、その破談は悲劇に違いなかった。
(もしかして、左衛門殿に尋ねてみるべきなのかしら――)
彼の気持ちが未だに芳乃にあるものの、役目のために彼女のことを諦めている可能性を考えていた。彼が故郷に戻ってから、彼に浮いた話が一つもなかった。もしも、それが原因だとしたら、全て納得がいく。
(今度こそ、彼の幸せを考えなくては。もう二度と失敗したくない)
彼が幸せになれば、きっと自分たちのことは過去のものになるはずだ。恨みながらも、ずっと苦しんでいる彼の姿をこれ以上見たくなかった。




