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美朱と佐助 嫉妬

 美朱と出会って四年が過ぎた。成長期の佐助の体はみるみる大きくなり、十歳になっていた。剣術の腕前もだいぶ上達して、彼女に勝つことがだんだんと増えていた。


「やぁ!」


 気合の声と共に、佐助の木刀が彼女の胴をしっかりと捕える。綺麗に技が決まり、今日も彼女に勝利した。


「最近、全然勝てなくなったわね。もう剣術の止め時かな」


 美朱が初めて漏らした弱音に佐助は自分の耳を疑った。彼女を見れば、その表情は先ほどの明るかったものとは打って変わって暗く、強張っているようだった。まるで何かを必死に堪えるように。


「でも、好きなんだろう? 別に止めなくても」


 そう気遣っても、彼女は黙ったまま、力なく首を横に振った。


「私は行方家の人間だもの。お家のためにいずれお嫁にいかなくてはならない。いつまでもお転婆のままではいられないわ」


 そう己に言い聞かせるように力強く話す彼女に佐助は何も返せなかった。

 嫁に行く。その事実と意味をまだ子供だったが理解できたからだ。

 義兄のもとに家柄の釣り合いのとれた嫁がやって来たのは、三年前の話である。それから兄夫婦の間に元気な子供が生まれ、弟や妹を含めて幼い子供が三人も増えた。お蔭で屋敷は一気に賑やかになっていた。


「佐助も十分強くなったし、私はこれで安心して止められるわ」


 彼女の決意は固かった。その日以降から本当に彼女は木刀を握らなくなった。それから家の中で彼女が遊ぶのは、佐助ではなく、ちょろちょろと動き回る幼い家族となった。

 女の子たちの集まりに以前より積極的に行くようになり、おしゃべりに花を咲かせているようだった。

 気付けば美朱の身体は丸みを帯びるようになり、目に見えて女らしくなっていく。身だしなみに気を遣い、彼女の髪を結ぶ紐がお洒落になり、着物の柄も流行りのものを気にするようになった。さらに、彼女の近くに寄ると、何かお香のような良い匂いがするようになった。まるで知らない人がいるみたいに、彼女が傍にいると緊張するようになった。


「あら、本当に美朱様は子守がお上手なこと! いいお嫁様になりますね」


 子供と遊んだりあやしたりすると家人が褒めるので、彼女もまんざらでもない表情を浮かべる。

 彼女は誰の元に嫁に行くことを夢見ているのだろう。そう考えるだけで胸が苦しくなった。彼女の相手として、自分の名前が挙がらないことは自分自身がよく分かっていた。

 剣術を頑張っても、加藤のようなずば抜けた才能がある訳ではない。勉学もそれなりに修めていたが、身を立てるような機会は全くなかった。

 生まれ持った血筋には全く敵わない。淡い恋心は、育つ前に諦めしかなかった。

 そんな時、普段は遠くに住んでいる美朱の従弟が家族と共に家へ訪れてきた。十三歳の美朱より二つ下の彼は、歳が近いこともあって、すぐに彼女と仲良くなっていた。


「故郷について教えてよ」

「うん」


 好奇心旺盛で明るい性格の彼女は、すぐに彼のことを構っていた。人見知りの佐助と仲良くなったように、彼とも親しくなっていく。

 彼女の元々面倒見の良さもあったのだろう。時間なんて関係なかった。彼が彼女のことを気に入り、好意を抱くのはあっという間だった。

 彼は佐助のことなど気にも留めず、美朱ばかり相手にする。そんな彼に彼女も丁寧に接する。

 客である彼のことを粗末に扱えないだけだ。佐助はそう自分に言い聞かせることが多くなった。


「まあ、お似合いなご様子ですこと。きっと縁組のためにあらかじめ美朱様のご様子をご覧になりに来たのね」


 家人たちが二人を見つめながら微笑んでいる。その会話を聞いて、佐助はやっと彼らの訪問の意味を知った。

 従弟なら、家柄も申し分ないだろう。しかも、仲睦まじい様子から、互いの気性も合っていることが分かる。誰しもが喜ぶ縁談になるに違いない。――この自分以外は。

 内側から焼かれるような苦しい想いを抱えながら、彼がいる拷問のような時間を過ごすしかなかった。早く帰ればいい。そう願っている内にそれは起きた。

 美朱が剣術を女ながらに嗜んでいたことを従弟が知り、腕前を見たいと彼女に願ったのだ。


「止めてから木刀を握ってないの」


 そう言って遠慮する美朱に彼は強引に木刀を握らせた。こうして、彼女は彼と打ち合いをする羽目になった。

 結果は一瞬のことだった。佐助の見ている前で彼はあっさり負けた。その結末に一番驚いたのは、彼自身だったのだろう。彼は地面に尻もちをつき、頭の手前で振り下ろされた彼女の木刀をただ唖然と見上げているだけだった。


「女だてらに大した腕前だ。油断してた! ははは」


 必死に乾いた笑いを浮かべながら、負けた言い訳を口にする彼のことを全く好きになれなかった。ただ単に彼が弱かっただけだ。

 彼女に相応しいのは、彼女より強い人間だけだ。例えば、自分のような――。

 そう考えてしまった自分が酷く情けなかった。いたたまれず、そそくさと二人から去ろうとした矢先のことだった。


「こんなおてんばな娘、嫁の貰い手がないだろう。良かったら私が貰ってやってもいいぞ」


 振り返ると、彼が立ち上がり、美朱のことを照れくさそうに見つめていた。

 そんな従弟を見て、目の前が真っ赤になっていた。凶暴な感情が頭の中を支配する。佐助の身体は勝手に動き、ものすごい勢いで彼のことを拳で思い切り殴りつけていた。



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