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美朱と佐助 羨望

 美朱は男子みたいに剣術や馬術を好む珍しい女子だった。良家の子女らしく手習いはもちろん、嫁入りに必要な繕いや笛や琴などの嗜みなども沢山求められていたが、彼女はあまり好きではなかったらしい。彼女は家の中にいるより、外にいることが多かった。女中に見つかって、渋々ながら先生のところへ連れて行かれる彼女を佐助は何度も目撃していた。


 そんな彼女によく対戦相手として望まれていた。地元の道場に通っていたのは義兄と佐助だけで、彼女は性別を理由に親から許可が出なかった。そのため、体格が釣り合っている自分に白羽の矢が立ったのだ。


「佐助、ちょっと裏まで付き合って?」


 日中、佐助が部屋にいると、予告もなく彼女はそう誘ってきた。彼女は袴姿で髪を後ろで括り、木刀を片手に持って既に準備万端だった。

 期待に目を輝かせて返事を待つ彼女を落胆させられるわけもない。一も二もなく頷いて、素直に彼女について行く。人気のない敷地内の建物の裏に着くと、間合いを取って向かい合う。


「今日も勝負よ!」


 熱心な顔つきの彼女から今日も真剣勝負を挑まれる。木刀をそれぞれ構え、互いに踏み込む機会を窺う。


「う、うん……」


 そんな気合の入った彼女に対して、佐助はつい及び腰になってしまう。なぜなら彼女に勝てた試しがなかったからだ。

 佐助が道場で本格的に習い始めた時には、既に彼女は基礎的な技術を身に着けていた。誰から習ったのかというと、彼女の兄らしい。彼女が家で鍛錬していた兄に興味津々に纏わりついていたら、色々と教えてくれたそうだ。

 年の離れた兄妹。構えば喜ぶ幼い妹が可愛かったのだろう。お転婆の一端を担った本人は、今さらながら「余計なことをしまった」と悔やんでいたが、もう後の祭りだった。


「やあ!」


 気迫が込められた彼女の声と共に鋭い一撃が襲ってくる。

 すぐに逃げても、それを見越してさらに一撃が。反応しきれず、一本見事に頭に振り下ろされそうになる。痛みを覚悟して思わず目を瞑ったが、何も衝撃がない。戸惑いながら目を開ければ、彼女の木刀は佐助の頭すれすれのところで止められていた。例外はあるが、練習試合は寸止めが基本である。


「今日も私の勝ちね」


 晴れやかな笑顔で美朱は木刀を収める。彼女の汗ばんだ額に一房の髪が張り付いている。それを払う仕草が、子供ながらも妙に艶やかで女らしい。男子の恰好をしているため、差異がとても際立っていた。


「姉上には敵わないよ」


 苦笑いを浮かべる佐助に彼女は眉を上げて、大きく見開いた目で見入る。


「確かに、自分が勝つのは嬉しいけど、佐助が負けたままでは困るわ」

「え?」

「だって、佐助が道場でいつまでたっても下の方では、家の沽券こけんに関わるわ」

「うっ……」


 それを聞いて、内心申し訳ない気持ちになった。

 義父のお蔭で道場に通うようになったが、周囲は格上の血筋の者たちばかりだった。元は下級武士である佐助が相手に勝つと、「生意気だ」と出る杭は打たれる状態だった。そのため、あまり本気で通ってはいなかった。

 何も言い返せないでいると、彼女は何かを察したのだろう。こちらに向けていた強い眼差しを急にずらした。


「あーあ、自分が男子だったら良かったのに。そうすれば、佐助と一緒に道場にも通えて、きっと楽しいのに」

「――確かに、そうだな」


 一緒に通うところを想像して、すぐにその望みに共感していた。きっと彼女と一緒なら何でも楽しいに違いない。


「そうでしょ?」


 彼女は嬉しそうに振り返る。

 でも、実際に彼女を見て、同意しかねるところがあった。そんな風に頬を赤らめて、可愛らしい目つきを向ける彼女が男だなんて、想像するだけで似合わなすぎた。


「それに、清四郎せいしろう様のお姿も間近で見ることができたのに」

「清四郎様?」


 彼女の口から出た男の名前に思わず険のある反応をしてしまった。その声は地を這うように低く、不穏なものを含んでいたのに、彼女は全く気付かない。


「加藤様のことよ。道場の中でまだ若いのに、かなりお強いと聞いているわ。あの方の戦っているところを見たくて。さぞかし素晴らしいんでしょうね!」

「ああ、あの顔が濃い人……」


 曖昧に返事をしながら、話題の人の顔を思い出していた。義兄の友人で、剣の腕が非常に立つことで評判だった。

 うきうきと明るく目を輝かせながら、憧れの存在に想いを馳せている彼女。それを見てしまい、胸の内がどろどろと暗いもので覆われていく。


(とりあえず、自分も強くなろう――)


 非常に不純な動機だったが、それが向上心を持つことになったきっかけだった。


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