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評定

 予告通り翌朝、領主の名によって緊急で評定が開かれた。珠保院が山千代と共に広間に姿を現した時、大勢の大人たちが下座でその訪れを待ち構えていた。補佐という立場から主君の背後に腰を下ろす。


「皆の者、大儀である。おもてを上げよ」


 たどたどしい幼い山千代の声が広間に響く。身体は小さいながらも、堂々とした大きな声。まっすぐ前を見据える落ち着いた態度は、知的で気丈な性格をよく表していた。

 家臣たちが顔を上げて見つめる中、山千代はさらに言葉を続ける。


「余に代わって珠保院より大事な話がある。皆の者、よく聞くがよい」


 主君から任されて、一同に大蛇について話すことになるのは全て珠保院の指示通りである。

 彼の君は無事に自分の仕事を全うして、誇らしげに後ろに視線を送る。そんな主君に微笑み、頷いて応答した。幼い山千代は簡単には状況を理解しているものの、采配を振ることはまだ難しかった。


「皆様に集まって頂いたのは、他でもない大蛇の件でございます。まだ人的な被害はありませんが、実りの穂をつけた田畑が荒らされて困っております。そのため、殿はその原因の調査をお考えです」


 主君の代理として語る珠保院を家臣一同が一心に見つめている。その威圧すら感じる視線にも動じず、さらに話を続ける。


「まず、皆様は思われませんでしたか。あの大蛇は何ものかと。そこで殿は、あの山で奉っている神ではないかと目星をつけられました」


 前にいる幼い山千代はただ傍に座っているだけだが、話を聞きながら頷いている。その仕草だけで状況を把握しているように見えて、皆に頼もしく映っていた。


「では、なぜ今まで大人しかった神が急に暴れだしたか。それを調査することで、暴動の沈静化を図りたいと仰せられました。ここまでの話で、何かお聞きしたい方は?」


 正直なところ、佐和羅山に手がかりが確かにあるかどうかは分からなかった。けれども、そこに解決の糸口があると信じるしかなかった。この調査に自分の命運を賭けることにしたのだ。


「恐れながら、申し上げます」


 しんと静まり返った中、すぐに声を上げたのは麻生だ。


「討伐されて憂いを早々に絶つ方が良策かと存じ上げます! いつ再び大蛇が暴れるやもしれませぬ」


 予想通り麻生は反対姿勢を崩さないつもりである。


「殿はなるべく穏便に解決されることを望んでおられます。他に手がない場合には麻生殿の申される通り、討伐の手段もありかと仰せであります」


「ですが、暴れる大蛇がいる山へ入るのは危険ではないかと。主命とあれば、どんな危険な命令にも従いますが、それ相応の準備なくしては被害が増える恐れがあるかと」


 麻生の取り巻きが示し合わせたように「いかにも、いかにも」と勢いよく合いの手を入れて、彼の発言の後押しをしている。

 周囲も麻生の懸念に同調しているようで、彼ら優勢の雰囲気をひしひしと感じていた。


「確かに申される通り。殿もそれが一番気がかりで、今まで手を打てなかったのでございます。そこで皆様、思い出して下さいませ。大蛇が暴れた回数と時期を」

「確か……今月の三日と、九日、そして昨日の十六日。合計で三回ですが」


 麻生が怪訝な表情を浮かべて自信なさげに答えた。彼はまだ質問の意図を読めていない。


「そう、今まで三回現れて、最後は力尽きたように消えました。その結果、だいたい一週間おきに大蛇が出現していることが分かります。よって、次に大蛇が暴れるのは、今から四、五日後と予想されます。つまり、今はちょうど大蛇の休息の時。出現する確率は低いと思われます」

「なるほど」


 説明に納得している者がいれば、まだ不安そうな表情を浮かべている者もいる。

 全く根拠のない理屈ではないので、幸いなことに麻生ら反対派は珠保院の論理を簡単に一蹴できないようである。とても悔しそうにしているが、食いしばって口は閉ざしたままで反論の気配はない。ここまで来れば、後はこちらの思惑通りである。


「何なら私自ら調べに出向いても大丈夫なくらい、この推測は当たっていると確信しております」


 力強い言葉に周囲からしみじみとした感嘆の声が上がる。

 現場を視察したという左衛門の行動を聞いて、この論拠を運よく思いついていた。無事なことは彼自身がすっかり実証しているので、これには非常に自信があった。


「取り調べに名乗り出るものはいらっしゃいますか?」


 場の掌握を確信した珠保院が勝利の笑みをしっかり浮かべた時である。


「珠保院様が御自ら動かれるとのこと! 恐れながら拙者もご同行申し上げ奉る!」


 志願の先陣を切った麻生の勇ましい台詞に珠保院は思わず目を剥く。

 皆を安心させるためとはいえ、自分が口にした豪語を言質としてまんまと取られたからである。上手く事が進んだとすっかり安心していたら、麻生にしてやられる始末。

 しかし、今さら行く気はなかったとは口が裂けても言えず、引きつった笑みを浮かべて、「頼もしいお言葉でございます」と取り繕って返答するしかない。

 そんな珠保院に少しも気付かず、他にも次々と名乗りを上げる者が出てきて、翌日の早朝から調査を行うことが決定した。


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