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碧に沈む ~人魚姫の復讐譚~  作者: つばさ
プロローグ
2/28

陸に住む者と海に住む者



海に囲まれた島、ソリタニアは今日も輝かんばかりの快晴だ。

太陽の光は地上だけでなく、海底の深くまでを照らしていた。


ソリタニアの陸近くの海底から海上の日の光を見上げる影が一つあった。

彼女は海底の岩に体をもたれかけさせ、遠く離れた水面が、溢れんばかりの太陽の光を取り込みながら揺らぐ様子をみていた。


一対の美しいアクアマリンの瞳は飽きることなく頭上に広がる水面を見つめ続ける。その光景はまるでそこだけ時間が止まっているかのようだ。


しかし遠くから誰かが自分を呼んでいる声に気付き、彼女は美しい尾びれを閃かせ一瞬でその場から姿を消した。


先程までの光景が嘘であるかのように、そこにはただ日の光が降り注ぐ海底の岩だけがぽつんと鎮座していた。









「レイア! レイアー? ……全く、今日に限ってあの子は何処へいったのかしら……」


ここは海底王国、アクティニア。人魚達の住まう国である。

王妃であるセイラは出かける時間になっても姿をみせない娘に困っていた。


今日はアクティニア国とソリタニア国にとっての一年に一度の大切な祭事が行われる日である。

陸の国と海の国である両国の間に定められた友好条約を改めて確認し、この先も末永く共生していくことを誓うための祭り。


先日、成人と認められる十六歳の誕生日を迎えた娘姫であるレイアも今年からこの祭事に出席するはずが朝からどこかに出かけたまま帰って来ない。


「やっぱりまだあの子には早かったのかしら……」


「そんな事はない」


心配げな妻を見かねたのか、国王であるラウトが声を掛けた。


「出席すると言っても末席に座るだけで殆ど姿も見せないし、何よりレイアの場合、今日の本当の目的は久しぶりに“足”に慣れておくことだ」


何百年も昔、争いの絶えなかったアクティニア国とソリタニア国は戦争に終止符を打ち、両国が共に生きていくために人と人魚の間で婚姻を結んだ。

それからアクティニア王家では代々古の王家の血を引く者のみが尾びれを人間の足に変化させることができる。様々な制約はあるが個人差があり、海から離れすぎてはいけなかったり、制限時間や老化とともに変化しにくくなるという欠点はあるものその特異性は今も受け継がれている。人魚の王族のみに与えられたその特異体質を考慮し、両国の間で何か取り決めや会議、祭典がある場合は陸を領土とするソリタニア国がアクティニア国の領土である海の上に船を出し、その船上にアクティニア王家の血筋を引いた者が上がり、やり取りをする事が決まっていた。


「遅れてごめんなさい、お母さま!」


「ああ、レイア! 探していたのよ、ほら、早く着替えてきなさい」


「でもお母さま、あの服はとても重いし今着替えてしまったら泳ぎにくくならない?」


「海上に着いてから着替える訳にもいかないでしょう。船に上がる時には尾びれを足に変化させておかななければならないのだから」


普段は身に着けない人間の姫が着るような派手な服を好まないレイアは少しでもドレスに着替えるのを先延ばしにしようとしたが、そう言われてしまうとそれ以上の反論は出来なかった。

護衛や宰相のダルヤは先に向かっているとはいえ、ただでさえ自分のせいで出立時間がギリギリになってしまっているのだ。

第一全ての種族の中で最も早く自由に水の中を動き回ることが可能な人魚にとって重い服など何の障害にもならない。レイアは急いで身支度をしに衣裳部屋へと入っていった。


「すまないね。私も一緒に参加できればどんなに良いか……」


レイアの様子を微笑ましくみていたラウトが表情を曇らせてセイラを心配げに見遣る。

現在王家の血を引いているのは先王サムドと王妃セイラ、そしてその娘レイアと叔父であり宰相であるダルヤ、護衛バハルのみであり、王家の一員であっても婿入りでその血を引いていないラウト王は尾ひれを足に変化することが出来ない。

よってここ数年、ソリタニア国との交流はセイラとその父である先王のサムドが行っていたが、サムドは年のせいか足の変化が思うようにできなくなった。その代わりに今年は成人したレイアが形ばかりではあるが祭事に出席することになったのである。


「ここ数年、ソリタニアの要求は過激さを増してきている。去年も一昨年も海上の領土拡大を要求してきた。おそらく今日の祭事でも要求してくるだろう。争いを起こさないためにも譲歩してきたが、このままでは我々の生活圏の海域まで侵されてしまう」


実際ここ数年でソリタニア国の海域はどんどんアクティニア国の生活圏へ迫っており、このままでは人間の漁がアクティニア国付近で行われ危険なことになる。

問題はそれだけではない。いくら海が広いとはいっても陸近くの浅い海域でしかとれない人魚にとっての生活必需品も数多くあるのだ。このままでは普通の生活もままらなくなってしまう。


「この間も誤って浜辺付近へ出かけた仲間が乱獲された。条約では禁止されているというのに、人間は……!!」


怒りとやるせなさからラウトは拳を固く握りしめる。ラウトは国民をとても大切にする心優しい王だ。

だからこそ戦争などによって大切な命が軽々と失われるのを恐れ人間の領土拡大の要求にも仕方なく譲歩してきた。しかしソリタニアの要求は悪化する一方で、こちらがいくら条約上の決め事に関して言及しようとも一向に改善される様子がみえない。


「あなた……」


セイラの白く嫋やかな手がラウドの震える拳に重ねられた。


「……仕方のないことだわ。私たち人魚は古の約束から、人間を強く憎むことができないもの……」


だがこのままソリタニアの要求を受け入れ続ければ間違いなく近いうちにアクティニア王国は滅びるだろう。そうならないためにも今日の祭事でアクティニア国と条約について再度話し合わなければならない。


「大丈夫よ。私は陸でこの国を守るわ。だから貴方も海底でこの国を守って。お願いよ」


セイラはラウドと結婚するときに誓った言葉を伝え、彼の瞳を見つめた。ラウドはセイラの強い眼差しに答えるようにキスをした。着替えを済ませたレイアを抱きしめ、二人を見送る。


ラウドはセイラを信じている。それでも不安はぬぐえない。その不安をふりきるように海上へ向かう最愛の妻と愛娘の姿をいつまでも見つめていた。


ラウドの不安を示すように、海上の大きな船の影が次第に海底を覆っていった。




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