ぼくの生活は
母の指示で、イリヤとシャルナは仙台の木の下学園に通っていた。木の下学園は魔法科のある学園で、生徒のぜんいんが魔法使いだった。
魔法使いは、それぞれあるひとつの能力を持っていた。火、水、風といったようにそれらは自然に近い能力で、そしてそれらにはそれぞれレベルが存在した。
レベルといっても、それを正確な数値としてあらわすことはできない。魔法能力のレベルは身長のようにつねに一定のものとはかぎらないからである。
木の下学園には中等部があった。イリヤの妹のライラはそこに通っている。イリヤとシャルナは高等部に入学というかたちで入ったが、ライラだけは編入というかたちで入った。
イリヤたちは、いつも三人で行動していた。自分たちとちがって、ライラは友達ができたようだったけれどそんなライラもイリヤとシャルナといっしょに行動していることがおおかった。
友達はいらなかった。それはひつようのないものだったし、それに滅多な理由がなければ作ってはならないものだった。
イリヤたちは、コンセプションの人間として生きていかなくてはならなかったからだ。ほかの生徒たちにコンセプションの存在が知られてはいけない。そのため、イリヤたちは友達を作ろうとしなかった。
しかし、けっしてコンセプションの存在が知られてはならないというわけではなかった。知られたくないその理由は、イリヤたちが生きづらくなるという理由にほかならなかった。
イリヤたち三人以外の学校の生徒たちのほとんどは、友達やチームという輪を作っていた。魔法科のある学園には、訓練試合というものがあり、生徒たちはそのためにあつまって練習をおこなったりしていたのだ。
訓練試合で好成績を残すと、スマットという組織への入隊が可能だった。スマットとは、日本版スワットのようなものである。
スマットに入隊できれば、おのれの魔法だけで食べていけるようになる。それは、全国の生徒たちにとってのあこがれだった。
スマットは、悪党を逮捕するためだけの組織ではなかった。スマットのなかでは、さまざまな任務を受ける。もちろん悪党逮捕もたいせつなことだが、日本のスマットは世界を飛び回り、地域の安全や、公共設備の修復、水の確保など、ボランティア面での活動もあるのだ。それが、若い人たちにはとても人気があった。
いま、もっともたいせつだったのは、水の確保だった。世界では水が不足していた。水の確保のできる魔法使いは、世界でも重宝されていた。
つまり、水の確保のできる魔法使いは訓練試合で好成績を残すことなくスマットへの入隊が可能だった。だが、それは各々の才能次第である。
魔法使いは、みずからの魔法を選ぶことができなかった。魔法使いは、生まれ持ったその才能の能力だけを、使うことしかできなかった。
能力に恵まれなければ、一生そのままである。
逆に、能力に恵まれれば、一生、楽ができるのだ。
才能とは、まったく残酷なものである。
人を、区別してしまっているのだから。
「来週、訓練試合がある」
銀髪に緑の瞳のシャルナが、イリヤに言った。
朝、三人はダイニングキッチンで朝食を取っていた。食パンとイチゴジャム、牛乳、少量のサラダ。料理はいつも、イリヤとシャルナが共同で作っている。
イリヤの家族構成は、母と妹と自分の三人だ。だが、母はいちどとして自宅マンションに帰ってきたことはない。ただ、家賃は払ってくれている。
「もちろん、出ないよ」
イリヤには秘密があった。それがシャルナだった。
「ま、おにいちゃんが出れば、ひとりで優勝だけどね!」
黒髪セミロングのライラが言った。ライラはなぜか、いつも兄のことが好きだと言ってくる。彼女は、異性として兄を好んでいるの、とみずから言ってくるのだ。本当に、イリヤはライラに対して、いつも手を焼いている。どうしてそんなふうに成長してきてしまったのだろう、異性のかっこいい男子はきっとほかにもいるはずなのに。
けれど、妹が自分を好んでくれているのは決して嫌なことではなかった。妹が妙な男子に引っかかり、ひどい目にあったりするよりは全然、マシなことだったのかもしれない。
ライラがたとえブラコンだとしても、それを悪い風に考えなければいいだけの話なのである。
イリヤは、黒髪の頭をぽりぽりと掻きながらそんな妹に返答した。
「できるかもだけど、するつもりはないよ……」
イリヤは、まるで少女のような顔立ちだった。髪も長めなので時々、少女と間違われた。
「目立つの、嫌い?」
「嫌いだよ」
「ま、あたし的にも嫌だけどね!」
「どうして?」
と、シャルナが抑揚のない声で聞いた。
「それは、おにいちゃんに目立ってほしくないから!」
と、ライラは答えた。
「どういう意味?」
シャルナはいつも静かな口調だった。しかしそれはそういう性格だったからだった。それははじめからそうだった。そうはじめから。
「だって目立っちゃったら、あたしだけのものじゃなくなっちゃうもん!」
「なるほど」
「なるほどって納得しないでよ、シャルナ……!」
「でも、ライラはイリヤが好き」
「兄妹なのに……」
「兄妹でも、あたしはおにいちゃんが好きなの!」
ライラは言う。
「もしもおにいちゃんにガールフレンドなんかできたら、怒るからね!?」
「できないから安心して」
イリヤは低い声でそう答える。
「なに言ってるの、おにいちゃん? 中等部でもすでに注目されはじめてるんだからね!?」
「え」
イリヤはおどろいた。
「な、なんで?」
「高等部の一年の先輩に、かわいい男子がいるってうわさになりはじめてるの!」
「どうにかならないの?」
「なるわけないじゃん……」
「人気者にはなるわけにはいかないよ」
イリヤは真剣に悩みはじめていた。
それは当然、ライラもわかっているはずである。
「でも、容姿は隠せないよ?」
イリヤは肩をおとした。「まあ、流れに身をまかせるしかないのかなあ」
「そうそう、おにいちゃんがかわいい男子として人気者になってもそれはもうしかたのないことなんだよ。そういう運命のもとにおにいちゃんは生まれてきちゃったんだからっ」
「はあ……」
イリヤは、ため息しか出ない。魔法科学園になんて本当は通いたくないのだ。しかし母からぜったいに通うように言われているから拒否できないのだ。母に逆らえばきっとすべてをうしなくことになる。
「べつに、あたしはあのころの生活にもどってもいいけどね。だっていまだったら、あたしもおにいちゃんたちについていくことができるってわけだしっ!」
「たとえそんなことになっても、ぼくはライラを連れてはいけないよ」
「無理やりついていくもーんっ」
イリヤは返す言葉が見当たらない。
母に逆らわなければ、いまの三人での生活は安泰だ。だが、もしも母に逆らうようなことがあれば、イリヤはもう二度とふたりといっしょに暮らすことはできなくなってしまうだろう。母は横暴な人間なのだ。自分の思い通りにならないと、すぐにすべてをぶち壊そうとしてくる。むかしはそうではなかったのだ。いや、あるいはむかしからそうだったのかもしれない。なにかをキッカケに、それがエスカレートしてしまっただけなのかもしれない。とにかく、イリヤはいまのこのコンセプションの仕事をまっとうしなくてはならない。そのために必要なことは、自分たち以外のだれにもコンセプションのことを知られてはならないということである。コンセプションのことが知られてしまうということは、シャルナの正体も知られてしまうということだ。まあ、そこまでは知られてしまうことはないかもしれないが、けっして警戒だけはおこたってはならない。イリヤがもっとも守らなくてはならない存在は、シャルナなのだ。もちろん、ライラも大切だ。ライラはひとりでも生きていける。そのちからを持っている。しかし、シャルナはひとりでは生きてはいけない。シャルナは、自分がこれから一生をかけて守っていってやらなければならない存在なのだ。そのために、母にはぜったいに逆らってはならないのである。