18年7月10日号『違う、そうじゃない』
貴重なお時間を割いてまで、
このような無駄文に目を通してくださいまして、本当にありがとうございます。
先日の無駄文のショックから抜け出すのにも、結構な時間を要してしまいましたが、
結局奮起するのは、自らの意志だと空白の3年間が教えてくれました。
何時の日か、被災された方に笑顔が浮かぶような余裕ができた時、
「そういえばあのオッサン、今も無駄を書いてるんだろうか?」と気に掛けていただけた時に、
何食わぬ顔でスカスカな無駄文を書き殴っていこうと思います。
今回はまさにスチャラカに王道があるというのなら、まさにその王道です。
めくるめく「知らんがな!」の世界をお楽しみください。
勘違いというモノは、どなたの身にも起こる事ではありますし、
それが呼び水となり、ミスへの道筋に乗ってしまい
結局は修正しきれぬまま失敗に終わってしまう事だって往々にあります。
ですが人間とは学ぶ生き物ですから、勘違いだと理解した時には
既にその経験が上書きされ、次の機会には勘違いを起こさないように組み込まれます。
同じミスを何度も繰り返してしまうと、火に油を注いでしまうのは、
その部分が機能していない事に対しての苛立ちがそうさせるのでしょう。
上書き保存の繰り返しで勘違いは少なくなっていくモノですが、
邪魔になるのが固定概念。しかも昔から定着している固定概念は、
換気扇の油汚れのように固着して、強力な洗剤でも落とすのに苦心するのです。
唐突ですが皆様の想像力をお借りします。
まず【冷や麦】を連想してみていただけますか?
「【素麺】と変わりないんじゃないの?」とお思いでしょうが、
厳密には差があり、
麺の細さが1.3ミリメートル以上1.7ミリメートル未満が冷や麦で、
長径1.3ミリメートル未満と細い方が素麺ですので、
比較しますと太い方が冷や麦とされています。
(機械製麺と手延べではまた違うようですが、ここでは割愛します)
その冷や麦の映像に湯気はございますか?
逸般人が想像する冷や麦は冬に暖を取るための食べ物でして、
まずは湯気との格闘を乗り越えねばなりません。
ですが、実際には冷や麦は季節を選ばない食べ物ですから、
冷やして食べることもできるワケです。
葱や山葵・つゆと氷を用意し、冷たく食べられる準備を整えます。
冷水でしめた麺を置き、早速食事に取り掛かろうとします。
「ふーっ ふーっ」
冷や麦=熱いという子供の頃からの固定観念が、そんな行動を取ったようです。
「おっと…冷たいんだから、この動作はいらないよね」と経験を上書きします。
それを踏まえての2口目。
「ふーっ ふーっ」
そのまま食べてもいいと定義されたのは、ほんの数分前に更新された情報です。
それをあっさり忘れて、昔のイメージのまま冷まそうとする始末。
1度目なら笑って許されるものですが、流石に2度目は笑顔も固まります。
「違う、そうじゃない…」と
それ以降は啜るのを優先しようと意識を傾けているうちに、
妙な食べ方になっていないかと、変な所に力が入っている自分に気付かされるのです。




