9月20日号 『書かなきゃダメだ・・・』
貴重なお時間を割いてまで、
このような無駄文に目を通してくださいまして、本当にありがとうございます。
取っ掛りは物凄く単純な所でした。
テレビが映し出していたものは、今場所破竹の勢いで勝ち進んでいる、
大阪出身の大関・豪栄道関の一番。
「クンロク(9勝6敗)が関の山」と思っていたので、ここまでの快進撃が想像がつかず、
以前、優勝を果たした琴奨菊関と同様に見えない何かが後押しをしているように映ります。
そのあと中入り後の取り組みの勝敗が淡々と表示されて
スポーツコーナーも佳境に向かっていきます。
その中でふと逸般人の中に湧いた問題がありました。
「そういえば・・・『おおずもう』って漢字でどう書いたっけ?」と。
少なからず、高校までは卒業しているんだから、簡単に出てくるっしょと思い、
ふと指を紙の上に置いてみたのです。
「『おお』は簡単よ。大でえぇんやから・・・後は『すもう』の方やな・・・
あれ?『すもう』?『す』は・・・確か相で良かったはずやけど・・・
あ、あれ?ちょっと待って?『もう』が出てけぇへんぞ・・・」(原文ママ)
方言丸出しで恐縮ですが、こんな形だというモノは想像できるのですが、
全てがあやふやで、指も置かれた紙を離れて空中でクルクル彷徨う始末。
数分間悩んだ結果、書けなくなっていた事に気付かされました。
傍らに携帯電話もあったのですが、流石に癪に障ってしまったのか、
最近活躍の場が増えだした大辞泉で『すもう』を引いてみますと、
『相撲』がいとも簡単に載せられていました。
内心は「あーこれやー!」と絶叫したくなる気持ちが半分と、
覚えていたはずの漢字がすっかり抜け落ちてしまっていた事に対する憤りがせめぎ合い、
後者が勝ったのか、その場で『相撲』を数十回、
指がちょっと疲れる程度になぞり直して、頭の中に叩き込んだおかげか、
数時間経過した現在も『すもう』が漢字で書けるようにまで戻ってきました。
そのショックからまだ抜けきってはいないのですが、
それと同時に改めなければならない事に気付かされたのです。
それがタイトルにあります『書かなきゃダメだ・・・』でした。
もう少し掘り下げますと、『書き落とさなきゃダメだ』になるでしょうか。
今回は『相撲』がきっかけでしたが、
漢字として見慣れているものや、読めているものは「知っている」から
覚えていて当然という固定観念があります。
それに依存し続けてしまうと、何時の間にか抜け落ちてしまった時、
「え?そんな事もできないの?」と自らの失望感を抱いてしまいます。
漢字のド忘れはその小さな始まりなのかもしれません。
今でこそ、端末に溢れ依存を余儀なくされている時代で、
自力で何とかするのは、効率よく時間を使う時代から逆行する事なのは確かです。
ですが、衰えを自覚すると体力が坂道を転げ落ちるのと同様に、
知力も急激に転げ落ちるのも覚悟しなくてはなりません。
どれだけ坂道の斜度を緩やかに出来るかはその人次第です。
体力的には筋力トレーニング。頭脳的には書き落とし。
衰えに抗い続けるには、地味な作業の繰り返しが改めて必要だと認識したいい一日になりました。