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術後せん妄

『ミッション完了。ハルマゲドンの生体反応の消失を確認しました。おめでとうございます』

「世事はいい。分離してこの脳を保管する。インキュベーターの準備を頼む」

『イェッサー』

 Vグラウからプラズマがほとばしり、グラウのパーツが分離していく。電磁誘導されたパーツが空中で再結合し、ワーウルフとなって地面に着地する。

 グラウがバックパックから、炊飯器のような銀色の円筒形の物体を切り離した。生体兵器から採取した細胞などを一時的に保管、培養するための装置、インキュベーターの分厚い蓋をスライドさせ、ヴェネーノの前に差し出した。

 ヴェネーノがそれを確認し、脳を黄緑色の培養液が充填された容器に入れる。細胞を傷つけないよう慎重に手を放し、蓋を閉じようとした瞬間、脳表面の白い筋が激しく明滅したように見えた。アヴィスーツが違和感を覚え、動きを止める。

 脳がパルス信号を発信していた。

『マスター、いかがなされましたか?』

「いや、何でもない。冷却措置を始めてくれ」

 グラウがうなずいて蓋を閉じ、インキュベーターのコントロールパネルを操作する。低い稼働音とともに容器内の温度がマイナスとなり、細胞の保存、培養を開始した。

「よし、急いでこれをWHOの日本支部に運搬する。インキュベーターが持つのは、三時間程度だ。細胞を劣化させる前に調べさせれば、今度こそハルマゲドンの秘密が分かるかもしれない」

『秘密、ですか? 確かに今までのやつとは少し異なった個体でしたが、これまでと明確な違いがあったようには思えません』

「それはこれからハッキリするはずだ。根拠は道中で話すが、その前にやることがある。まだ武器は使えるか?」

『オウラクロウに損傷はありますが問題ありません、マスター』

 二人してうなずく。落ちていたマグナムとサブマシンガンを回収し、ハルマゲドンの腹部に近づいた。ヴェネーノがハンドサインを送ってPP2000を構える。グラウが青白い光を帯びたクローを腹に差し込み、一気に切り開いた。

 中の空洞には何もない。ヴェネーノがゆっくりと息を吐いた。

「ハルマゲドンの産卵は確認できず。グラウ、溝口さんに連絡して後の処理をまかせるんだ。脳は直接俺たちが運ぶ」

『ラジャー』

 グラウが連絡を入れている間、ヴェネーノは周囲の光景を見渡した。積み重なった瓦礫、突き刺さった甲殻の破片、勉強机やいすの残骸、ちぎれた子供の手足、それらに降りかかる鮮血。彼がハルマゲドンを狩る度に、そこには破滅が広がっていた。

 目を伏せ、黙とうを捧げる。彼とて全てを守れるとは思っていない。だがこれ以上、ハルマゲドンの生み出す地獄を見たくはなかった。

 あの時から、ずっと。

 拳を強く握り込む。

『連絡終了しました。生存者の処置が終了次第、焼却に移行するとのことです。ビークルモードに変形します』

 グラウが装甲を軋ませ、変形シークエンスを開始する。それを人の気配が遮った。

「待て! これ以上勝手は許さんぞ! 外人風情が!」

 瓦礫を踏み鳴らしながら、数体の20式が近づいてきた。そのうちの一体、肩が赤く塗装された隊長機が二人に怒声を浴びせる。瓦礫に埋もれていたらしく、ボディが砂埃にまみれて白く染まっていた。

「権藤隊長ですね。ハルマゲドンの駆除は完了しました。我々はこれより採取した細胞をWHOの研究施設へ搬入します。解析結果につきましては規定通り、そちらへも回します」

「そんなことはどうでもいい! 貴様のせいで、我々の作戦が台無しだ! 勝手に行動されたせいで隊員はうかつに動けなくなり、溝口にも勝手な指示を出した。これは越権行為だぞ! 我々に歯向かうつもりなのか?」

 激高する権藤を前に、アンタレスはあくまで冷静な態度を崩さない。武器をしまいながら、権藤の目を見据える。

「いえ。私たちスターライト・バレットは、あなたたち生対と協力体制にあります。日本政府から要請を受け、被害拡大を防ぐべくハルマゲドンと交戦しました。そちらの隊列を乱したことに関しては、謝罪いたします」

「ふざけるなよ外人。そんな道理が通ると思うのか。そうやっていつも好き放題暴れまわり、手柄を横からかすめ取っていく。まったく、しつけがなっていないな」

 近づいてきた20式がヴェネーノの胸をどつく。微動だにしないオウラメタルに弾かれ、20式の拳が宙に浮く。変形を中断したグラウが、ヴェネーノをかばうように前に出た。

『お言葉ですがコマンダー権藤。マスターアンタレスは、あなたがたを見事に救援しました。生対が現場に到着したのは、今より三十分も前です。それにも関わらず作戦行動中、部隊の半数を失い、被害は拡大しました。もしも我々が到着していなければ、犠牲者はさらに増え、全滅は免れなかったでしょう。あなたにも分かっていたはずです』

「口を慎めよ、ガラクタ風情が。人様と対等な口を聞きやがって。どうやら今ここでスクラップにされたいらしいな」

 権藤がグラウにMINIMIの銃口を突き付けた。呼応するように、周囲の20式も銃を構える。憎悪のトリガーに指をかけ、味方であるはずスターライト・バレットに敵意を剥ぎだしにしていた。

 グラウが唸るように装甲を軋ませる。権藤を睨み、腕を震わせ、一歩前に踏み出したところで紅い腕がグラウの肩を掴んだ。

「よせ、グラウ。変形して移送の準備をしろ。今は俺たちの仕事をこなそう」

『……サー、イェッサー』

 グラウが不服そうにつぶやき、変形を開始した。頭部と胸部が一体化し、椀部が折りたたまれてフロントタイヤを形成する。バックパックが後輪となり、レーザーキャノンと椀部のオウラクロウがサイドに装着される。フレームの隙間を埋めるように人工筋肉が発現し、ナノマシンによって最適な形に組み替えられる。

 タキオンジェネレーターに火が入り、四輪バイク形態となったグラウがうなりを上げた。ヴェネーノがナノマシン製のシートにまたがり、権藤のほうを向く。

「権藤隊長、あなたたちの使命感と強固な意志には敬意を表します。ですが、これだけは言っておきます。グラウは確かにマシンですが、私たちスターライト・バレットのれっきとしたメンバーであり、決してガラクタなどではありません」

「ふん、そんな戯言」

「そして、もうひとつ」

 権藤が鼻で笑おうとして、二の句がつげなかった。ヴェネーノの纏う空気が変わっていく。日が陰り、紅い装甲が黒く染まる。

「もしもあなたたちのプライドが、これ以上バイオテロの被害を拡大させるというのなら」

 カメラアイが無機質に彼らを見つめ、告げた。

≪その時は、覚悟しておいてください≫

 権藤を含めた20式全てが硬直した。アンタレスの最後の言葉が、耳元のスピーカーから直接響いた。通信回線をリンクしていないのにも関わらず。

 冷たい、無色透明のナイフが喉元に突き付けられる。空気が重く、体全体が押さえつけられているような感覚が彼らを襲う。

 ヴェネーノは20式を一瞥すると、グラウのスロットルを開放した。エンジンの咆哮とともにバイクが走り出す。

 紅いテイルランプが見つめる先には、立ちすくむ生対の隊員たちの姿があった。

 


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