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BW-0325事象<腫瘍摘出>1-2

「貴様何をする!」

 銃弾がベッドの傍らに置かれたスタンドライトを粉砕する。予想外の蛮行にヴァイパーが激昂して銃を引き抜き、ストームのこめかみを狙う。

「止めろ二人とも!」

 同士討ちを防ぐべく、アンタレスが両腰のファイブセブン二丁をストームとヴァイパーに突きつけた。カローラの顔が恐怖で引き攣り、その場にしゃがんでうずくまる。硝煙のにおいが充満し、膨張した殺意が破裂しかかっている。この状況の中で、むしろストームは愉快そうに嗤っていた。

「ほれ見ろ。散々無表情を貫いていたあんたが、あの木偶の坊を傷つけようとした途端にそのザマだ。あいつこそがあんたの裏切りの理由だ。違うか?」

「何を言う! 仲間を撃たれて平然としていられる奴がいるか!」

「仲間? 笑わせてくれるぜ。あんたにそんなことを言う資格があるのか?」

「いい加減にしろ! この外道が!」

 銃のトリガーにかけられたヴァイパーの指が引き絞られていく。撃鉄が振り下ろされ、弾丸が放たれようとする。

「数年前、……フランスの外国人傭兵部隊」

「……何?」

 その直前に発せられたストームのささやきが、ヴァイパーの動きを停止させた。

「あんたは各地を転々としているフリーランスらしいが、数年前に身を寄せていたフランスの傭兵部隊には凄腕のアヴィスーツ使いがいたそうだな。重装甲、重火力で敵陣に突っ込み、アヴィスーツだろうと生体兵器だろうと容赦なくバラバラにする。だが猪突猛進で融通が利かず、味方を巻き込むこともいとわない。確かそいつのコードネームはなんだったかな? 俺としたことが忘れちまったよ」

 そう言ってストームはわざとらしく視線を逸らし、ベッドに横たわるボアを見やる。その様子を見て、アンタレスは迎賓館での出来事を思い出した。地下通路でヴァイパーが話していた、とある傭兵の話。その人物は今ストームが語った存在と同一ではないのか? まさかと思いヴァイパーのほうを見ると、その手に握られた銃が小刻みに震えていた。

「ま、それはともかく、結局そいつはその傍若無人な行いが仇となって、味方の連中にハメられた。偽の任務で難民キャンプに爆撃を加えさせられ、責任を全て押し付けられて部隊を追放された。そいつはその時のトラウマで心を病み、薬中になり、ただひたすら死地で戦い、当時の生き残りたちに稼いだ金を貢いでいるらしい。そして今、ペンタゴンの最新鋭アヴィスーツのテスト要員として無様に壊れ、そこで静かにおねんねしている。違うか?」

「……貴様、何故それを」

「そりゃあ知ってるさ? 部隊の人間の素性を調べるなんて当たり前だろ。もっとも、当時の連中はみな口をつぐんじまってて中々骨が折れたがな。どいつもこいつも自分は悪くない、何もしていない、あれは仕方がないとか抜かしやがって。まったくもって素晴らしいチームメイトたちだったよ。あんたも同類だけどな」

「何だと」

「今回の作戦行動前、あんたがニューヨークのカフェでCIAの連中と接触してるのは確認済みなんだよ。その時に俺たちとキメラボディを売る代わりに、自分とボアの身の安全を保障させた。おおかたCIAは部隊にボアがいることを知って、あんたに揺さぶりをかけたんだろうが、あんたはまんまとそれに乗った。キメラボディの危険性を身をもって体感したからこそ、奴らの戯言に耳を傾けちまった。だろ?」

「……そこまで知っていて、何故俺を部隊に残した? お前たちに何のメリットがある?」

 ストームのまくしたてるような言葉に、ヴァイパーがかすれた声で問いかける。先ほどまでの殺意はすでに霧散し、全てをあきらめたように目の前の存在を見つめる。その視線を受けて口角を釣り上げたストームがわざとらしく鼻で笑った。

「そのほうが操りやすいからだよ。自分以外のために戦うやつは、その対象を脅かせば途端にもろくなる。その隙をついてがんじがらめにして、精神を掌握するって寸法さ。この部隊の連中はみんなそうだ。相当なワケありか、キメラボディのデータ欲しさに自分を危険にさらす命知らずか、仲間を売ることを躊躇しない裏切り者か。その中でも特に裏切り者は御しやすい。何を考えているか読みやすいし、いざという時に壁にできる。死なせるのに遠慮もいらないからな」

「何よ、それ。あんたアンタレスたちのことそんな風に思ってたの? 命預けあってる仲間なんじゃないの? なのになんでそんなこと、平然と言えるのよ!」

 衝撃を受けるヴァイパー、視線が鋭くなるアンタレス、そんな二人を見て震えていたはずのカローラが、怒りを露わにしてストームを糾弾する。

「……言ってくれるね、お嬢ちゃん。だがこれが俺たちの世界ってやつだ。そもそもこの任務に命の保証がないことは契約書に明記済みだし、本人たちもそれは了承している。いいように使われて捨て駒にされることも覚悟していたはずなんだ。それでもここで何か得たいものがあった。それが分かっているからこそ、お上も俺たち四人を選んだ。こうなることも、ある意味では必然だったのさ」

「だからって、それが当たり前だなんておかしいじゃない! 人ってそんな簡単に使い捨てにできるの? 心を踏みにじってもいいの? 嫌よ、私はそんなの許せない!」

 テーブルを激しく叩き、カローラがストームを睨みつける。目には涙を浮かべ、呼吸も荒くなっている。それを見てわずかに顔をしかめるストームに、カローラが今にも掴みかからんと前のめりになる。

「もういい、カローラ。君の気持ちは嬉しいが、ストームの言っていること自体は間違っていない」

 そんな彼女の肩をアンタレスの手が優しく掴んだ。

「は? 何言っちゃってるのよ。こいつはあんたたちのことを捨て駒呼ばわりしたのよ! それで何とも思わないわけ?」

「確かに公然と言われると虫図が走るが、それを否定するつもりはない。そのリスクを犯してでも、俺はキメラボディの戦闘データと経験が欲しかった。俺の目的を達成するためにね。とにかく、この話はまた後でしよう。少し向こうに行っていてくれないか? 二人も武器を納めろ。もうこれ以上やりあっても意味はないはずだ」

 アンタレスが銃をホルスターに納め、カローラを静かにブリーフィングスペースの隅へと押し出す。釈然としない様子の彼女が反論しようとするが、場の雰囲気を察してしぶしぶとアンタレスの指示に従った。肩をすくめたストームも銃をしまい、諦観のまなざしで天井を仰ぎ見ていたヴァイパーも、得物を静かにテーブルの上に置く。双方の戦意が失せたのを確認し、アンタレスがヴァイパーに向き直った。

「さて、ヴァイパー。今のストームの話、あなたがCIAのスパイだったということをあなたは認めるんだな」

「……認めよう。どうやらそいつには、はじめから全てお見通しだったようだ。だが俺はお前たちの命まで奪いたかったわけじゃない。ラングレーは俺とボアの命の保障だけでなく、投降すればお前たち二人のことも助けると言っていた。だから俺は連中の口車に乗ったんだ。それだけは信じてほしい」

「ヴァイパー。悪いがそれは都合が良すぎるんじゃないか? 連中の本当の目的はキメラボディの奪取ではなく、俺の抹殺だった。つまりあんたへの依頼はフェイクで、まんまと利用されただけにすぎない。しかも自分への疑いを逸らそうと、カローラに濡れ衣を着せようとした。いくらあなたでも、許されることじゃない」

「そのことに関しては本当に申し訳ないと思っている。虫が良すぎることも分かっている。それでもだ。ペンタゴンにとっても、ラングレーにとっても、彼女の存在はイレギュラーだった。あんな廃墟の地下空間で、わざわざ箱詰めにされて監禁されていたんだ。何もないと思うほうが不自然だろ。現にラングレーの襲撃部隊が、ハルマゲドンに襲われるという不可解な現象に見舞われている。きっと彼女には何かある。だから俺は、お前にもっとカローラへ注意を向けてほしかった」

 淡々と話すヴァイパーを見て、アンタレスが複雑な表情で視線を逸らす。今回の作戦で彼にはずいぶん助けられ、同じ部隊の仲間としての意識も強くなっていた。自分がカローラを信じすぎていることを、遠回しに忠告してくれていた。頼れるチームメイトだったはずの彼が実は自分たちを裏切っていて、組した相手がよりにもよってCIAだった。傭兵となって幾度となく裏切りを経験していたアンタレスも、簡単に割り切れなかった。

「……何故そこまでしてボアのことを助けようとするんだ。ボアをハメたのはあなた自身だったのか?」

「いや。あいつを陥れたのは、欲におぼれた屑の雇われ司令官とその部下たちだ。ボアに活躍されると取り分が減るからと、あいつに偽情報を掴ませた。俺はそれを見て見ぬフリをしていた。他の連中もみんなそうだった。ボアの所業はそれだけ目に余ったからな。フレンドリーファイアは日常茶飯事だったし、粗暴な態度で強請や暴力を働くことも多かった。だからみんなに疎まれていた。あえて助けようとする奴などいなかった」

「それなのに、なんで今更?」

「罪悪感だよ……、アンタレス。ボアの見捨てたことが、結果的に無関係な避難民を巻き込む結果になってしまった。その事実が、俺自身を蝕んで、どうしようもないほどに苦しめてきたんだ」

 ヴァイパーが震える手で顔を覆い隠し、指先を皮膚に食い込ませる。その弱々しい姿にアンタレスは一瞬自分の姿を重ね合わせた。自分の存在が多くの人間を死に至らしめ、その因果がまたより多くの人間を巻き込んでいく。出口のない生き地獄をさまようような感覚は、アンタレスにも理解できる。

「それでボアに少しでも報いることで、贖罪を果たそうとした。そういうことだな?」

「そうだ。俺はこの身をかけて、あいつのことを救おうとした。あの時地下通路で話した通り、俺は生まれ変わったあいつを信じたかった。だから俺はラングレーの誘いに乗ってでも、ボアをキメラボディから引き剥がしたかった。あの纏うだけでも危険な代物から、あいつを解放してやりたかった。それが俺があいつにしてやれる償いだった」

「……俺はそうは思わないな」

「何?」

 ヴァイパーの懺悔を聞いていたアンタレスが無感情につぶやいた。

「あなたは身勝手だ。当時ボアが破滅することを分かっていながら、あなたはそれを放置した。止められるのにそれをしなかったあなたは首謀者たちと同類にだ。しかも今度は俺やカローラを生贄に自分たちだけ助かろうとした。俺たちを殺すつもりはなかったと言いながら、俺たちを危険にさらすリスクに目をつむった。あなたは自分を正しく見せようとして周囲も、そしてあなた自身も騙していたにすぎない。ボアのためじゃない。自分自身の保身のためにだ」

「お前!」

 これまでの行いを否定するアンタレスの言葉に、ヴァイパーがたまらず逆上する。

「それに、あなたはボアが変わったといったが、実際は何も変わっていない。奴もまた、あなたと同じく自分を騙していたにすぎなかった」

 その態度に冷ややかな視線を向けたアンタレスが続けざまに言い放つ。

「俺と奴の前に洗脳された子供たちが現れた時、奴は彼らを攻撃できなかったばかりか俺を手にかけ、排除しようとした。いくら精神が不安定で薬物に溺れていたとしても、行動がエスカレートしすぎている。あれは子供たちを救おうとしたんじゃない。かつて難民キャンプで殺した女子供に報いようと、それらを脅かす俺という存在を消し去りたかっただけだ。そうすることでかつての自分の行いを帳消しにして、今の自分を正当化しようとしたんだ。他人を犠牲にしてまでもな」

「言いがかりだ! そうと決まったわけじゃない。お前の推測であいつを否定するな!」

 ヴァイパーがテーブルを叩いて立ち上がる。アンタレスを射殺すように睨みつけ、打ち付けられた拳をわなわなと震わせる。

「おいおい落ち着けってヴァイパーさんよ。あんたが怒れる立場じゃないだろ。だいたいあんた、本当にボアに悪いことしたと思ってるのか?」

 険悪な雰囲気となった二人の間に、今度はストームが割り込んだ。楽し気な様子だが、その目は笑っていない。

「あんたが本当にボアに償いたいなら、なんで過去のことを謝らない? 向こうはあんたのことなんて覚えてなかったみたいだが、あんたはずっと忘れてなかったんだろ。あんたが自分のことを言い出さなかったってことは、つまりあんたが自分の罪に向き合えていないってことだ。俺はボアを救う、そのために何でもする、なんてのたまっていても、結局はただのポーズにしかならない。あんたはただ、理想のいい子ちゃんを演じていたかったに過ぎないんだよ」

 嘲りでも罵倒でもない。ストームの口から飛び出した事実が、ヴァイパーの心を抉っていく。

「虫唾が走るんだよ。そんな甘っちょろい考えに俺たちを巻き込みやがって。自分を犠牲にすれば罪が許されるとでも思ってんのか? はっ! ふざけるんじゃねぇぞ。今更どう取り繕おうが過去は変えられない。手前の不始末は、一生手前で背負っていくしかねぇんだよ。この偽善者が」

 ストームらしからぬ感情的な言動に、ヴァイパーが何も言い返せずに沈黙した。そのまま座り込み、己を悔いるように頭を抱え込む。そしてアンタレスもまた、ストームの言葉に胸中を乱されていた。

 ――自分の罪から目を逸らすために、結局は自分のためだけに動いている。どう取り繕おうと、過去の不始末は一生背負っていくしかない。

 自分もヴァイパーやボアと変わらない。アンタレスという偽りの存在を演じて、永遠に許されない罪を償っていくしかない。そんな想いを抱きながら、アンタレスは過ぎ去った嵐の中で佇んでいた。

 

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