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BW-0325事象<腫瘍摘出>1-1

「はいコーヒー。もう! いつまでもそんな辛気臭い顔してないでよね。その、気持ちは分かるけどさ」

「……ありがとう。うっ、何だこれは。死ぬほど甘いぞ」

「えっ、あーごめん! 砂糖入れすぎちゃったかも」 

 アンタレスの指摘にカローラが恥ずかしそうに視線を逸らす。一見可愛らしく見えるが、その所作がぎこちなく、よそよそしくなっているのに彼は気づいていた。

 アンタレスたちを待ち伏せしていたCIAの部隊の壊滅、その生き残りによる襲撃とターゲットであるハルマゲドンによる強襲。立て続けにおきた危機を脱した彼らは、拠点であるトレーラーに戻って体を休めていた。アンタレスはブリーフィングスペースでカローラの淹れたコーヒーを飲み、ヴァイパーは今も眠り続けるボアの様子を見ている。ストームは奥の運転席へこもり、何かを調べているようだった。

「で、結局あんたたちどうするわけ? あの化け物のこと見失っちゃったんでしょ? せっかくこの地獄から抜け出せると思ったのに、ストームもヴァイパーさんもだらしないなぁ」

「文句を言うな。奴は地中深くに潜ってキメラボディのセンサーを掻い潜ったんだ。どうやったってそれ以上追跡することなんてできない。二人を責めるのはお門違いだ」

「だからって、このままずっとここにいても何にもならないでしょ? それにさっきのCIAみたいな連中がまた襲ってくるかもしれないし」

「それも含めて今ストームが手掛かりを探っているところだ。壊滅した部隊の遺留品からデータを吸い出しているところらしい。今はあいつを信じるしかない。話はそれからだ」

 アンタレスがカローラをたしなめつつ、彼女の様子を探る。先ほどの戦いの最中、かつてのCIAとの因縁と彼がサバイバーである事実がカローラに知られてしまった。後ろめたいことは何もないが、彼女にとって衝撃の事実であったことは間違いない。もし彼女に失望されてしまっていたら……? 不安と恐怖で口の中の砂糖が苦々しいものに感じる。

「アンタレス、少し仮眠を取ったらどうだ? そんなに思いつめた顔をしていては、この先の行動にも支障が出る。休めるうちに休んでおけ」

「……いや、大丈夫だ。いつまた敵が襲ってくるか分からないし、今まともに戦えるのは俺しかいない。おちおち寝てもいられないだろ」

 仲間の不安げな表情を見てヴァイパーが声をかけてくる。気遣ってくれているのは分かる。だがアンタレスは以前ほど彼を信頼していなかった。証拠もなくカローラを内通者として疑い、糾弾しようとした。誰が敵か分からない状況で、テロリストに捕らわれていた彼女を疑うのは当然の判断かもしれない。それでもアンタレスはカローラの無実を信じていた。

 アンタレスの素っ気ない返事にヴァイパーがわずかに顔をしかめる。一瞬カローラを睨みつけるように一瞥し、そのままアンタレスの隣に腰掛けて彼の耳元に口を寄せる。

「なぁ、アンタレス。彼女のことなんだが、俺には彼女とハルマゲドンに何か関係が」

「あー、やっと終わった。まったく骨の折れる作業だったぜ!」

 ヴァイパーが何かを言いかけて、運転席の扉から出てきたストームの大声に遮られた。首をゴキゴキと鳴らしながらアンタレスの対面に座り、飲みかけだった彼のコーヒーをひったくって飲み干した。うわ、何これ甘。そんな能天気な台詞を吐きながらマグカップを手元で押し出し、テーブルを滑らせてアンタレスの前に戻す。

「どうした? いつになく上機嫌そうだな。疲労で頭がイカれたか?」

「おいおいアンタレス。そっちこそ、いつになく辛辣だな。まるでカローラちゃんみたいだぞ? ま、いいさ。分かったんだよ、俺たちの中にいる裏切り者の正体が」

 おちゃらけた様子のストームから衝撃の一言が放たれた。その場にいた誰もが驚き、一斉に彼を見やる。その様子にストームが満足そうにうなずき、不敵な笑みを浮かべた。

「本当なんだろうな、ストーム? 何の根拠もなしに発言していい内容じゃないぞ」

「ご心配なく。くたばったCIAどもがいい置き土産を残してくれたおかげで、ようやく尻尾が掴めたんだ。これに関してはほぼ間違いないだろうぜ」

 アンタレスの問いかけにストームが淀みなく答えた。自信に満ちた表情が彼の発言に真実味を持たせている。

「なら教えてもらおうか? いったい誰が俺たちをハメようとしたのか?」

「そう急かすなよ。ただでさえ状況は混乱してるんだ。ある奴はテロリストどもに捕まっていたお嬢ちゃんを内通者として疑い、またある奴はそんな彼女を信じて守り抜こうとしている。それこそ仲間内で言い争いに発展するくらいにはな」

 ストームの発言にアンタレスとヴァイパーがわずかに動揺し、沈黙する。

「だからまずはあんた達に意見を聞いてみたい。この件についてハッキリさせるためにな。 そうだな、ヴァイパー。あんたはどう思ってるんだ? 今回のCIAの介入について」

「……なぜ俺に聞く? お前の先ほどの口ぶり、俺とアンタレスのやり取りを聞いていたんだろ。なら、俺たちの意見を聞く意味などないはずだ」

 いきなり名指しされたヴァイパーが相手の真意を測りかねる様子で問い返す。

「別に、特に深い意味はないぜ。あんたは俺たちの中じゃ一番戦歴が長いし、貴重なベテランのお考えを拝聴しようと思ったまでさ。……是非とも聞かせてもらえませんかね?」

「……いいだろう。俺が思うに、この一連の騒動にはカローラが」

「はぁ、違う違う。そうじゃないだろ。俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない」

 またもやストームがヴァイパーの言葉をわざとらしい溜息で遮った。そのまま緩慢な動作で腰のホルスターに手をかけ、引き抜いたグロック19をヴァイパーへとつきつける。

「私が犯人でした。そう言えってんだよ、この裏切り者が」

 突然の仲間の暴挙に戦慄が走った。悲鳴を上げたカローラをアンタレスが背中で庇い、銃を向けられたヴァイパーも目を見開て硬直する。いつもの悪ふざけではない。ストームが本気であることを悟ったヴァイパーがストームに反論する。

「いきなり何を言い出すかと思えば……。本当に頭がどうかしたらしいな。なぜ俺がお前たちを裏切る必要がある? そもそも、証拠はあるのか?」

「勿論あるさ。あの化け物のせいで連中の持ち込んだ装備はあらかた破壊されたが、ひとつだけ置き土産が見つかった」

 そう言ってストームが懐から何かを取り出し、見せびらかすように振ってみせる。

「あの生き残りの女が腕に着けていたパペット操作用の端末だ。外装はだいぶイカレてるが、中身は奇跡的に無事だった」

「その女、ハルマゲドンに喰われたんじゃなかったのか。何故、それをお前が持っている?」

「化け物が消えたあたりを捜索してたら偶然見つけたんだよ。彼女の腕らしきものと一緒にな。調べれば、端末に付着した血とDNAが一致するはずだぜ」

 ストームの含みのある言い方にヴァイパーの目つきが鋭くなる。

「このおもちゃ、調べてみたら中々に性能が良くてな。パペット操作用とだけあって電波強度が高いだけじゃなく、長距離通信にも対応してる。やろうと思えば、お空に浮かぶお星さまとも会話できそうなくらいにな」

「……」

「そう考えたらワクワクが止まらなくなっちまってな。こいつをバラシて通信記録を解析してみたんだ。暗号化されていて中々にてこずったが、とある周波が妙に見覚えのあるものだった」

「それが、俺の通信機の周波数だったとでも言いたいのか?」

「あぁそうさ。別に答えてくれる必要はないぜ。代わりにあんたの相棒が答えてくれる」

 ストームが血まみれの端末と彼の端末をケーブルを介して接続する。液晶に表示されたキーで壊れた端末のデータを読み込み、問題の周波数に通信を繋げる。その直後、トレーラーの内部からコール音が響き渡った。

「えっ、これって」

 カローラが恐る恐る音の発信源、キメラボディたちの眠る格納ハンガーに近づいていく。その中の一体、ホッパーのヘルメットが小刻みに震えていた。おびえたような表情でカローラが振り返り、アンタレスも警戒して身構える。だが当事者であるヴァイパーとストームは、驚くほど静かで淡々としてた。

「……なるほど。これがお前が俺を疑う根拠ということか」

「あぁ、一応通信履歴の時刻を調べてみたが、あんたが哨戒に出ている時間と見事に被っていたぜ。まだ何か言うことはあるか?」

 ヴァイパーを追い詰めたストームが黒い笑みをこぼす。空気が徐々に張りつめ、一触即発の様相をかもしだしていく。

「……弱いな。それが根拠というのは少しお粗末だぞ、小僧」

 それを否定するかのようにヴァイパーが口元を歪めて嘲笑した。

「ほぅ、あんたにもそんな顔ができたとはね。俺が何か間違っているとでも?」

「無論だ。その通信履歴、偽装の可能性が残されているぞ。お前は今回の作戦の司令官であると同時に技術士官だ。それも相当腕の立つ。ある程度自動化されているとはいえ、ひとりでキメラボディの整備をこなし、即席でサーバルにホッパーのパーツを組み込んで改修した。当然ハードウェアだけでなく、ソフトウェアにも精通しているはずだ。ホッパーに偽の記録を植え付け、あとで拾った敵の端末にも同じを細工を施して俺を犯人に仕立て上げる。つまり、お前が本当の犯人の可能性もある」

「あんたほどの人間に褒められるとは光栄だね。だが残念ながら俺には部隊を裏切る理由がない」

「この状況では、理由など問題にならないと思うがな。お前は仲間をなんとも思っていないし、野心も強い。平然と俺たちを切り捨て、キメラボディを手土産にCIAに寝返ることもいとわないだろ。証明する手立てはないが、考えられる動機としては十分だ」

 ヴァイパーから返された告発に場が静まり返った。ヴァイパーはストームを射殺すように睨みつけ、ストームはそれに動じることなく薄ら笑いを浮かべている。

 どちらが真の犯人か? アンタレスには判別できなかったが、すべきことは変わらない。青ざめた表情のカローラを二人から遠ざけ、どちらが動き出しても鎮圧できるように銃のセーフティーを解除する。

「そうか。持ち上げられたかと思えば落とされたり、俺もずいぶんかっるく見られたもんだな。あんたが俺のことをどう思おうと勝手だが、動機という点ではそっちのほうがはっきりしてると思うがね」

「……どういう意味だ?」

「察しが悪いな。どうもこうも、こういうことだろうが」

 ストームから表情が消え、ヴァイパーにつきつけていた銃口を別のほうへ向ける。その先にいる、応急ベッドに横たわるボアに対し、ストームはためらいなく引き金をひいた。


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