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病巣転移4-3

 鳴り響く爆発と絶叫。着弾地点の周囲にいた看護師と患者たちが瞬く間に肉片と化し、アンタレスたちも爆風で吹き飛ばされた。黒煙が立ち込め、血と異臭が漂う。徐々に近づいてくるロケットブースターの轟音と殺意をアンタレスは察知する。

 煙の中で瞬く赤い双眸、両腕のパイルバンカー、オベリスクを振り上げるブラックライノがアンタレスに突撃する。まともに食らえば人体がバラバラになる。それでもアンタレスは動かない。静かに立ち上がり、迫りくる敵を幽鬼のごとく睨みつける。

 目前に迫った鉄塊がパイルバンカーが打ち出した。電磁加速された杭が衝撃波とプラズマを纏い、赤熱化した先端で獲物を穿たんとする。それがアンタレスの体に触れようとした瞬間、彼はその下に飛び込んで前転し、ブラックライノの後ろに回り込んだ。オベリスクをかすめた背中が引き裂かれ、皮膚が焼かれていく。かまわずアンタレスがブラックライノによじ登り、敵の首元にファイブセブンを押し付けて発砲した。

 放たれた5.7ミリ弾が牙を突き立て、敵の喉笛を喰い破ろうとする。だが強化された防弾繊維と漆黒の装甲がそれを阻んだ。火花だけが空しく散り、パイルバンカーを収納したライノが手負いの獣を振り落とそうとする。相手の無謀な蛮行を侮り、嘲るようにオベリスクと直結した背部のフレキシブルアームを稼働させる。そしてアンタレスに意識を向けた瞬間、凄まじい重圧がライノにのしかかってきた。

 怒り、悲しみ、憎しみ。歪に凝集された感情が装甲から伝播し、装着者の全身が寒気に包まれる。得体のしれない恐怖を引き剥がすべく、ライノが全身を揺さぶり、腕とシールドブースターをでたらめにぶん回す。衝撃と慣性でアンタレスの体が離れ、地面を転がり落ちる。そのことに安堵し、今度こそ相手を仕留めるべく武装を再稼働させた直後、ライノの喉元に電磁クロウが深々と突き刺さった。血飛沫とプラズマが弾け、ヘッドパーツが宙を舞い、首が地面に転がり落ちた。

『対象の排除を確認。的確な誘導に感謝します、マスター』

 オウラクロウについた血を振り払いながら、グラウがアンタレスに感謝を述べる。ヴィーナスによるニューロンリンク。黒煙によってふさがれた視界の中で位置情報を共有し、アンタレスが陽動した敵をグラウが仕留めた。MFDと電波通信できるアンタレスだからこそできる作戦だった。

『ですが、私がついていながらマスターにひどい怪我を負わせてしまいました。本当に申し訳ありません』

「気にするな。自分でやったことだ。その様子だと、リナのことはしっかり守ってくれたようだな」

『今は気絶されていますが、外傷は見当たりません。しばらくすればお目覚めになるかと思います』

 謝罪するグラウをアンタレスがなだめる。部下である銀狼の右肩付近は大きくひしゃげ、迫りくる衝撃を一身で受けたことを物語っていた。まもなくグラウから数分前の映像が送信される。脳内に彼の主観カメラの映像が映し出され、黒煙と爆炎が押し寄せる中、驚くリナに覆いかぶさって盾となり、視界が激しくブレていく様子が確認できた。

「よくやった。お前はここでリナと怪我人を警護してくれ。俺は上の階に行く」

『マスター? 一体何を』

 戸惑うグラウをよそにアンタレスが駆け出し、階段へ向かおうとする。だが大やけどを負い、一部が削げ落ちた背中のダメージは回復しきっていない。フラついてバランスをくずし、倒れこむアンタレスの体をグラウが慌てて支える。

『落ち着いてくださいマスター。そんな状態で動き回られては危険です。このフロアに敵の反応はありません。それに上の階はハードロックが守っています。じきにアクーラの増援も到着するでしょう。いまはご自身と、マスター・リナたちの安全の確保に努めるべきです』

「そんな暇はない! ハードロックからの連絡もなければ、ピエロもどこに行ったのか分からない。こんな状況で、マリアさんを放っておけるわけないだろ!」

『っ! それは……』

 必死で上司をなだめようとするグラウに、アンタレスが息を切らせながら叫んだ。敵の戦力はライノだけではない。少なくともあと三体、強力なキメラボディを有している。それらを一斉に相手どるとなれば、例え最新鋭のMFDであっても分が悪すぎた。共に使命を果たすと誓ってくれた仲間と、守るべき女性の笑顔が脳裏に浮かぶ。後悔と焦燥の念がアンタレスの心をかき乱す。

『でしたら私が上に向かいます。かならずハードロックとハーバードさんを救出します』

『その必要はない。すでに手遅れだ、馬鹿者め』

 最悪の予感が、黒い影を伴って舞い降りてきた。病院内に飛来したルサルカがラプターモードに変形し、グラウを一瞥して溜息を吐く。

『コマンダー・ルサルカ。それはどういう意味だ?』

『分からないのか、ヘルハウンド2? 主を守れず、傷つけておきながら、それを放置して持ち場を離れる。我々にとって何よりも優先されるのは、主の命をお守りすること。それすら忘れるとは、旧式の劣化とは凄まじいな』

『……相変わらずだな。まずはお前のその口ぶりから矯正してやろうか?』

 部隊の指揮官同士がにらみ合い、剣呑な雰囲気が漂いだす。

「黙れ、ルサルカ。グラウは職務を忠実に果たしてくれている。それよりも、俺に報告することがあるんじゃないのか?」

『は。申し訳ありません、我が主』

 アンタレスの叱責に動じることなく、ルサルカが跪いて頭を垂れる。それを複雑そうに見つめるアンタレスを前に、彼女は淡々と状況を報告した。

『まず、アクーラ9は撃墜されました。敵の襲撃と同時に病院が無差別爆撃され、その全てを防いだ瞬間に集中砲火を浴びました。確認されたのはトータスとホッパーの二体。護衛対象のマリア・ハーバードはホッパーに確保され、強力なジャミングとステルス機能を駆使して逃走した模様です。追っ手は放ちましたが、おそらく補足は難しいかと思われます』

「……そうか。ハードロックは無事なのか?」

『中破しましたが、機関部及びメイン回路の損傷は軽微です。アクーラ6が後方に搬送し、補修パーツにて修理を行う予定です』

「……分かった。一刻も早く、彼女を修理してやってくれ」

 ルサルカの報告を聞いたアンタレスが拳を固く握る。ギリギリと軋みをあげ、グローブごしに血が滴り落ちる。溢れ出そうとする何かを必死で堪え、唇を噛みしめて抑え込もうとする。

「……全部、貴様らのせいだ」

 徐々に晴れてきた煙の向こうから、全身煤まみれの権藤が現れる。血走った目をギラつかせ、憎悪に満ちた表情で喚き散らす。

「貴様らさえ来なければ、あの連中は日本になど来なかった。そもそも貴様らが日本に来なければ、俺たち警察が無能の烙印など押されることなどなかった。何故エリートと呼ばれた俺たちが身内に、国民に、家族に白い目を向けられなければならない! 貴様らが俺たちの人生を無茶苦茶にした。多くの人間を事件に巻き込んで殺した。貴様らも、あの女も死ねばいい! 死んで償えゴミどもが!」

 半狂乱になった権藤の周囲には血を流し、破片が体に突き刺さり、もだえ苦しむ捜査員たちがいた。床に肉片が飛び散り、泣きわめく患者たちと近親者、彼らの救護にあたる病院スタッフたちがいた。いくつもの目がアンタレスたちへと向けられ、権藤と同じように主張していた。――死ね、出ていけ、全部お前たちのせいだ。

 人の悪意が充満していく、一触即発の様相からアンタレスを守るため、グラウとルサルカが民衆に対して構えを取る。それをアンタレスの両手が押しとどめた。そのまま二体を後ろに下がらせ、ゆっくりとした足取りで権藤のもとへ歩き出す。焼けただれた戦闘服の繊維が剥離し、こぼれ落ちていく。背中の傷は完全に回復し、無数の白い鱗に覆われていた。

「どういうつもりだ貴様! いまさら謝ってもどうにもならんぞ」

 近づいてきたアンタレスに権藤が掴みかかり、胸倉を締め上げる。直後、血にまみれた拳が権藤の顔面に叩きこまれた。



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