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病巣転移4-1

 戦闘服を纏ったままのアンタレスが病院のロビーへ駆け込んだ時、その場は一触即発の様相を呈していた。権藤を含む数人の捜査員たちがリナに詰め寄り、その傍らで彼女の護衛であるグラウが男たちに睨みをきかせている。

『おやおや、これは凄いことになっているね。プロフェッサーに寄ってたかって。ああいうのを無礼とか、恥知らずとか言うんだろうね』

「ロク。グライドモードに変形して空から周囲を警戒しろ。騒ぎに乗じて敵が襲撃してくるかもしれない。妙な動きがあればすぐに報告してくれ」

『了解だ、マスター』

 ガスマスクを脱いだアンタレスがハードロックに指示を出し、男たちとリナの間に割って入る。

「お取込み中のところ申し訳ないが、どういうことか説明していただけますね権藤さん? WHOに通告もなく、一方的な行為に及ぶことは規約に反しています。あなたにも分かっているはずだ」

「そこをどけ傭兵野郎。お前ら外人などに用ない。規約だろうが何だろうがここは日本で、その日本の警察がFBIから正式な要請を受けて動いている。貴様らに指図される謂れなどないんだよ」

「説明になっていません。FBIがこの事件に介入する理由も権限もないはずです」

「とぼけても無駄だ。今回の襲撃で使われた黒いアヴィスーツ。あれはアメリカ国防省から奪取されたものなんだろう? だったら関係は大いにある。あの女がそれに関わっている可能性だってあるんだ。それを我々が調査する。分かったらとっとと失せろ! 何ならあの女を逮捕してやってもいいんだぞ」

「……それはできない相談だ」

 憎悪をたぎらせる権藤を、アンタレスも冷たい視線で睨み返す。権藤の取り巻きである捜査員も敵意を隠すことなく身構え、この場を強引に押し通ろうとする。

「はっ、くだらないな。自分たちが相手にされないからって、他国の権力者にしっぽを振るのか。警備部の連中もずいぶん落ちぶれたもんだな」

 張りつめた空気を引き裂くように、リナが男たちの前に躍り出る。

「あんたらはただ利用されているだけにすぎないんだよ。どんな甘言を吹き込まれたか知らないが、連中の目的は事件の解決じゃなく、ただの尻拭いだ。盗まれた軍事機密を回収し、何もなかったことにする。そのための時間稼ぎとしてハーバートさんを手中に収めて、捜査の主導権を掌握する。連中のいつものやり口さ」

「ずいぶんと口の減らない小娘だな。彼らは我々に最大限の協力を約束してくれた。貴様らよりよほど誠意があると思うが?」

「なら何で表立って協力を申し出ない? その話、どっかでこそこそ決めたんだろうが、それは自分たちの介入を極力晒したくなかったからだ。いざとなったら責任を全部あんたらに押し付けて、涼しい顔して甘い汁だけすする。所詮連中にとって、あんたらはそれだけの価値しかない。使い捨ての道具にされるのが関の山なんだよ」

「貴様、どこまでも我々を見下して!」

 権藤が拳を握り、リナに殴りかかろうとする。それを金属の爪が遮った。

『お止めください、コマンダー権藤。これ以上問題が大きくなれば国際問題に発展しかねます。そしてマスター・リナに危害を加えるというのなら、私も護衛としてあなたを制圧しなければならなくなる。どうか理性的な行動をお願いします』

 音もなく駆け寄ったグラウが右腕のクローユニットを権藤に突きつける。平坦だが冷酷なMFDの電子音声に取り巻きたちがたじろぎ、権藤も動きを止める。だが何故か彼の口角は徐々に吊り上がり、こらえきれなくなかったかのように笑いだした。突然の豹変ぶりにアンタレスたちが怪訝な表情を浮かべる。

「はっ。相変わらずの仲良しぶりだな。だがはたして、貴様たちの上司は信頼に値するような男かな?」

「いきなり何を言いだすかと思えば、ついに頭がおかしくなったのか?」

「違うな。おかしいのは貴様たちの副社長、アンタレスのほうだ。そいつは溝口や牧本が持ち上げるような聖人じゃない。むしろそいつは忌むべき存在なんだよ。全人類にとってな」

 リナの侮蔑に動じることなく、権藤が卑しい視線をアンタレスに向ける。

「エリアZ。WHOに属するお前たちなら聞いたことがあるよな? イギリスの郊外に存在する絶対侵入禁止区域。十年ほど前、かつてひとつの村が存在し、テロリストが隠匿していた細菌兵器によって村人全てが死滅した。今では村を含む周囲一帯が全て焼き払われ、更地と化している。立ち入りはおろか、そこにまつわる情報すら厳しく統制されている」

 何の脈略もないはずの言葉の羅列に、アンタレスの胸中が激しくざわつく。

「だが実態は違う。そこには医療、軍事を中心とした複合企業の研究施設が存在し、村ぐるみでヴィオレットガス、Vウイルスの原型が開発されていた。そのウイルスがある人物によって故意に流出させられ、バイオハザードによって住人が皆殺しにされた。なぁ、そうだろ、アンタレス? お前なら分かるよな?」

 決して暴かれるはずのない真実が、強引にこじ開けられようとしている。

「なぜならその施設の所長は、お前の親父だったんだからな。そしてお前の母親がとち狂ってウイルスをバラまいた。立派な家族を持って、お前もさぞ鼻が高いだろうよ」

 時が止まり、空間が真っ白に染まった。思いがけない人間からのありえない言葉にアンタレスが沈黙し、リナとグラウが動揺で体を強張らせる。

「……何言ってんだ、お前。いきなり訳の分からないデタラメ吐きやがって。妄想もたいがいにしておけよ」

「そうか小娘? 本人には心当たりがあるみたいだが? それにしてもお前もそのガラクタも、どうやらこのことを知っていたらしいな。せっかく絶望した顔が拝めると思ったのに、まるでつまらんな」

「お前! いい加減にしろよ!」

 激高し、権藤に掴みかかろうとしたリナをアンタレスの腕が遮った。それでも怒りが収まらない彼女が前に出ようとして、目の前の手がかすかに震えているのに気が付いた。秘密が暴露されたことによる恐怖と動揺。彼の心中を察し、リナが目を伏せながら後ろへ下がる。

「権藤さん。そのことに関して私があなたに話すことは何もありません。それでも、ひとつだけ答えていただきたい。あなたはどこでその情報を知ったのですか?」

「さぁ? どこだったかな? それにしても滑稽だな。お前が躍起になって生体兵器と戦っている理由も、結局はただの罪滅ぼしだったわけだ。だが土下座しようが許しを請おうが、お前が罪人の息子であることに変わりはない。生きているだけで、お前は恨まれ蔑まれる。本当に愉快だぜ!」

 権藤が勝ち誇ったような顔を浮かべ、卑しい笑みでアンタレスを見下す。その直後、アンタレスの顔から表情が消えた。

 何も知らないで、何を分かったつもりでいる? 権藤の言ったこと自体は真実だった。結果的に父はVウイルスを生み出し、母はウイルスを流出させた。しかしそこに至るまでの様々な思惑、野望、駆け引き、幼かったアンタレスを絶望の淵に叩き込んだ出来事は簡単に語り尽くせるものではない。そんな領域に部外者が土足で踏み込み、知った風な口を利くなど、到底許せる行為ではなかった。

「あなたの言い分は分かりました。しかしたとえ私が罪人であろうと、疎まれようと、やることに変わりはない。これ以上ハルマゲドンによる犠牲を出さず、黒幕もかならず捕らえる。それを個人的な感情で邪魔するというのであれば、こちらも容赦しかねます」

 胸中に溢れ出るドス黒い感情を理性で抑え、自分をかばってくれた仲間のために、自分を信じてくれるマリアのために、アンタレスは誠実な傭兵である自分を貫き通そうとする。

「よう、みんなお勤めご苦労様だな。そのクズどもの相手は楽しめているかい、アンタレス?」

 その覚悟を正面玄関から響いた声がかき消した。身長180センチほど、黒い帽子とスーツに身を包んだ成人男性が優雅な足取りで歩いてくる。アンタレスはその姿に違和感を覚え、憎悪が彼の記憶を奮い起こした。顔を覆う白いマスクと死人のような冷たい肌、そして人を小馬鹿にしたような馴れ馴れしい声は、間違いなく探し求めていた相手のものだった。

「……なるほど。全部お前の差し金だったというわけか。ずいぶんとふざけた真似をしてくれたな」

「なぁに、お前たちの相互理解を深めてやろうと思ってな。お前の素晴らしさをもっと日本のみなさまに知ってもらいたかったのさ。礼には及ばないぜ」

 アンタレスの殺意に満ちた視線を、ピエロがおどけた様子で受け流した。


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