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病巣転移3

 ――君は本当に、その子供たちを殺せるのかい?

 突然投げかけられた彼女の言葉に、アンタレスは咄嗟に反応することができなかった。


 アンタレスたちが牧本と情報交換をしてからわずか数時間後、状況は思わぬ形で動き出した。

 東京近郊のいくつもの川で、次々と変死体が発見された。中川、江戸川沿いに計十体、どれも身ぐるみを全て剥がされ、顔も骨ごと抉り取られていた。胴体には爪のようなもので穿たれた痕跡があり、傷のそばにBW-0325の文字が深々と刻まれていた。公安を中心とした警察、生対は早急に捜査員とアヴィスーツの派遣を開始し、アンタレス自身も護衛としてハードロックを伴って敵の捜索に加わった。

 トーキョーの北側、埼玉との県境が近い江戸川沿い。二足歩行のラプターモードに変形したハードロックと特殊戦闘服を纏ったアンタレスが草むらをかき分けながら敵の痕跡を探っていた。紺色のカーボンナノ繊維が全身を包み、急所や関節部には軽量かつ堅牢なサーメット装甲が縫い込まれている。ヘルメットとガスマスクによって顔は見えないが、アンタレスの愛用しているファイブセブンが手元で鈍い光を反射していた。

『駄目だな、マスター。キメラボディどころかハルマゲドンの匂いもしない。やみくもに捜索したところで、砂漠の中のダイヤの一粒は嗅ぎ分けられはしないんだぞ』

「可能性が低いのは重々承知だ。だが連中の、あのピエロの挑発じみた行為のために十人も犠牲になってしまった。それにハルマゲドンだってまだ三体は残ってる。成長のペースから考えて、もう最終形態に到達している個体もいるかもしれない。これ以上連中を野放しにはしておけない」

『だから少しでも情報を得ようとしているわけか。まだダメージも抜けきっていない体で、文字通り這いつくばって。はっきり言ってナンセンスだね』

 鋭く響くハードロックの電子音声にアンタレスが手を止め、彼女へと向き直る。

「手厳しいな。さすがルサルカの部下だけのことはある」

『心外だな。そういうわけじゃない。僕はただ、今の君はクールじゃないって言いたいだけさ。君がすべきなのはハルマゲドンと、それを使役する連中のせん滅のはずだ。泥臭い捜査は僕たち姉妹に任せておけばいいし、ここで無駄に体力を消耗されて、いざという時に死なれてしまっては元も子もない。人間でいう焦りというやつで、死に急ぐのは止めてもらいたいな』

「分かってる。今の俺の行動が非効率的であることも、気持ちに余裕がないことも。それでも、俺はかならず使命を果たす。犠牲者もこれ以上出さない。そのためにリナやお前たちの協力は不可欠なんだ。情けない上司で申し訳ないが、これからも俺に力を貸してほしい」

『勿論さ。それが僕たちMFDの使命なんだからね。だけどその腰の低さ、いや、優しさはどうにかしたほうがいいかもね。君は誰にでも同情しすぎるきらいがある。今回の重要参考人といい、孤児院の子供たちといいね』

 軽く頭を下げるアンタレスに、ハードロックが呆れたように首を振る。

「それが人間というものさ。どんな人間でも、一度接点を持てば関心を示さずにはいられない。それが自分が守ろうとしている人々なら尚更な」

『なるほど。だからかつての事件、BW-0325事象に対して過剰に反応していたわけか。殺してきた、守れなかった人々の存在が今でも君を縛っている。つくづく人間というのは厄介な生き物だね』

「っ! ……そうか。そういえば、お前たちにも件の情報は伝わっていたんだったな。リナに話して聞かせたとき、ルサルカやグラウもその場にいた。MFDたちのデータリンクを使えば、離れていてもアーカイブを共有できる」

『そういうことだね。だからこそ、僕もクロも団長も心配している。敵には黒いキメラボディがいる。それを纏っているのは、おそらくかつてテロリストに洗脳されていた子供たちの生き残り。君を相当恨んでいるはずだ。そんな連中を相手にして、君は冷静でいられるのかい? 君は本当に、その子供たちを殺せるのかい?』

 容赦のない言葉の牙がアンタレスの胸に突き立てられる。だがそれは、彼を咎めるためのものではない。まわりを警戒するフリをしながら主から視線を逸らすハードロックに、アンタレスがマスクごしに微笑みかけた。

「ロク。お前は本当に優しいな」

『……突然何を言い出すんだ。僕はただ、君の部下として忠告させてもらっただけさ』

「ただの部下なら、俺にわざわざあんなことを言ったりはしない。俺を気遣ってくれたこそ、俺に寄り添おうとしてくれた」

『違うな。僕たち機械に感情なんてない。君の剣として、盾としてあるべき行動を実行する。創られた時からプロフェッサーにプログラミングされている使命だ。だから僕はそれに従ったまでさ』

「確かに、リナはお前たちのAIを作成した際、俺たちへの忠誠心の向上と反抗心を抑制する調整を施した。それでも感情の発現までは抑えなかったし、性格の設定だってお前たちの自由にさせた。自分たちで行動を選び、発言し、戦うことができる。リナは自分に対しても、他人に対しても自由を奪うようなことはしない。だから今のお前は、自分で選んでハードロックという個性を獲得した。人間と変わらない、心を持った生き物なんだ」

 アンタレスのまっすぐな言葉に、ハードロックが呆気に取られる。淀みのない、そう信じ切っている彼の発言に機械の体が小刻みに揺れ、スピーカーから小さな笑みがこぼれはじめる。

『まったく、おかしな奴だな、君は。そういうロマンじみたことは言わないと思っていたけど、認識を改める必要がありそうだね。これから先、ますます僕たちの仕事が増えそうだ』

「それは悪かったな。失望したか?」

 彼の問いかけにハードロックが静かにうつむき、自身のアームパーツをしげしげと見つめる。

『いや。不思議と心地いいよ。感情というのはまだ理解できないが、多分これが嬉しいというものなんだろうな。団長が君に執着する理由が少し分かった気がするよ。君は僕たちという創られた存在に、それ以上の意味を与えてくれる。お人好しが過ぎるというのも、存外悪いことではないらしい』

「ただみんなに嫌われたくないだけさ。だが戦うことに躊躇はしない。大人のエゴで子供たちの運命を歪ませてしまったというのなら、それを断ち切るのも大人である俺たちの責任だ。これ以上憎しみの連鎖を広げないために、人々を守るために、俺はあの子供たちをもう一度殺す。例え俺がまた苦しむことになってもな」

『子供たちを解放するために、子供たちを殺すのか。矛盾してるけど最高にクールだね。それも人間の感情のなせる業かい?』

「そうだな。お前にもいつか分かるときが来る」

『だといいけどね。なら、それまでせいぜい君のことを守らせてもらうよ。僕が、僕自身で在るためにね』

 アンタレスとハードロックが見つめあう。上司と部下。人と機械。ひとりとひとつ。在り方は違っても、彼らは確かに絆で結ばれていた。互いの使命を再認識し、心が通じ合ったところで、アンタレスの通信機からノイズがはしった。警視庁公安部、牧本からの通信だった。

《アンタレスまずいことになった。警備部の奴ら、あろうことかFBIと勝手に接触してハーバードさんを引き渡すつもりらしい。もう越権行為どころの騒ぎじゃない。俺たち公安のほうでも引き留めてみるが、時間稼ぎが関の山だ。お前たちがスターライト・バレットが、WHOの立場で連中を止めるしかない。急げ!》


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