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病巣転移2

「本当にすまなかった! 市民を守るべき警察があんなことをしでかすなんて。情けなくて詫びのしようもない」

「顔をあげてください牧本さん。あなたが悪いわけではないんですから」

「そうそう。いちいち気にすることじゃない。あんたらしく、いつもみたいにふてぶてしくしてればいいんだよ」

 病院のロビーで頭を下げる牧本を、アンタレスとリナがなだめていた。白を基調とした空間は広々としていて清潔感があり、人もまばらで静かだった。その中で独特な雰囲気を持つ彼らは人目を引いていたが、何事もなかったかのようにやりすごされていく。

「ほら、これでも飲んで元気だしな。細かいことはとっとと飲み込むに限るぞ」

「……ありがとよ、コーヒージャンキー」

 リナから差し出された缶コーヒーを牧本が呆れたように見つめる。だがすぐにそれをひったくり、タブを開けて一気にあおった。ゴクゴクと喉が鳴る、豪快な飲みっぷりにアンタレスが驚き、リナも口元を隠して大笑いする。わずか十秒足らずでコーヒーを飲み干した牧本は、ゲップとともに吹っ切れたような表情を浮かべた。

「ほら、これでいいんだろ。しみったれたあいさつはもう終わりだ。この借りはこれからの働きで返させてもらう」

「お願いします。我々としてもこれ以上犯人を野放しにはしておけない。これまでどおり、いえ、これまで以上にあなたがたに力を貸していただきたい」

「望むところだ。じゃあ早速だが本題に入ろうか。俺たちが掴んだ、犯人たちの手掛かりについてだ」

 頭を下げるアンタレスに牧本が軽く咳ばらいをし、コートの懐から手帳を取り出す。ページを開き、乱雑に書きなぐられた文字らしきものの羅列に目を走らせる。

「まず確認させてもらうが、お前たちが切り落としたというアヴィスーツの腕の中身は、人体の一部ではなかったんだよな?」

「その通りです。あの右腕を纏っていたのは機械の義手でした。材質はこちらで調べましたが、あのアヴィスーツのもとは違う、一般的な合金が使用されています。出所に関してはまだ調査中です」

 ひまわり荘での戦いの際にルサルカが切り落としたトータスの右腕には、二年前のものと比べて大規模な改修が施されていた。動物性筋繊維によって増強されたキメラ筋肉、各部に幾重にも張り巡らされた人工ニューロン格子、それらを覆う漆黒のステルス装甲。片腕だけでも日本の20式以上のスペックに到達している。それの中に納められていたのは人体の一部ではなく、それを代替する無機質な金属の塊だった。

「分かった。もうひとつ、主犯格と思われるピエロと名乗った男も、おそらくは全身がサイボーグ化されていたということだったな?」

「間違いありません。アヴィスーツに匹敵するほどの身体能力を持ち、殴られたときも金属のような感触がありました」

「そこからお前は犯人たちが肉体の一部、または全身を欠損していると推理した。それを根拠に、俺たちにその特徴を持つ人物の情報を求めた」

「……はい」

 牧本の探るような目つきに、アンタレスが一瞬の間を置いて答える。

「結論から言えば、そういった連中は実際に見つかった。数日前、銀座をシマにしていたうちの連中が不審な三人組を目撃していたそうだ。十代後半の外国人の少年二人と少女が一人。奇妙なことに全員が手足のいずれかを失っていて、機械の義手か義足を装着していた。人種は特定できなかったが、周辺の防犯カメラにはバッチリ映っている」

「何故彼らがそれらを身に着けていると分かったのですか?」

「ご丁寧にその部分だけを露出させるような服を着ていたらしい。まるで誰かにそれを知らしめるかのようにな」

「そう、ですか」

 牧本の報告を聞いて、アンタレスが静かに目を閉じる。

「驚かないんだな」

「えっ?」

「普通、そんな奇妙奇天烈な人間がいたら意外に思うのが普通だろ。だがお前は動揺することもなく、何か思い当たる節でもあるかのような顔をしていた。お前、こうなることが分かっていたんじゃないのか?」

 唐突な牧本の発言に、アンタレスが虚を突かれる。

「最初、お前からの情報提供を受けたとき、おかしいと思ったんだよ。いくら実際に犯人たちと交戦したとはいえ、犯人像の特定がピンポイントすぎる。人種や性別ならともかく、四肢を失っている人間。偶然だってことも考えられるし、三体いたアヴィスーツの中身を見たわけでもない。なのに何故そんな見立てができたんだ?」

「……」

「それはお前が犯人に心当たりがあるからじゃないのか? だからそんな何かを確信したような、何かを後悔しているような顔ができるんだ」

 図星だった。牧本からの追及を受け入れるように、アンタレスが目線を下げる。

「やはりそうか。あのひまわり荘で織姫、いや、ハーバードさんの血で書かれた文字、BW-0325と何か関係があるんだな?」

「流石ですね、牧本さん。やはりあなたは優秀な捜査官だ」

「……教えろ。あの数字の意味は何だ? 犯人たちは一体どういう連中なんだ!」

 興奮した牧本がアンタレスの両肩を強く掴む。それでもアンタレスは牧本のことを直視できなかった。BW-0325。忌まわしき過去の所業が鎌首をもたげる。ボアのライノを遠隔操作し、テロリストに洗脳された、四肢を失った子供たちを皆殺しにした。武装し、攻撃されたとしても、幼い命を奪ったことに変わりはない。もしもあの時の生き残りがいたとしたら? 仲間が別の場所にいたとしたら? アンタレスへの報復を企てても不思議ではない。

「それは、現段階ではお話しするわけにはいきません」

「何故だ! 人の命がかかってるんだぞ!」

「今回の事件には、アメリカ国防省の重要機密が関わっています。BW-0325は過去に国防省が実行した極秘作戦。私たちを襲撃したあのアヴィスーツ、キメラボディはその際に使用された装備です。その作戦には私も参加していて、犯人はその際に私と接触、あるいは関与を知った人間だと考えられます。ですが今、国防省とFBIが事件に対して不穏な動きを見せています。下手に動けば、何をしでかしてくるか分かりません」

「だからといって何も言わないつもりか! 機密だろうが何だろうが、犯人のことだけでも教えてくれればそれで済む話だろうが!」

「その機密の一端だけで、すでに大勢の人間が巻き込まれています! 学校や孤児院の子供たち、何の関係もない大人たち、そしてハーバードさんまで傷つけてしまった。誰がどこまで関与しているのか分からない。そんな状況で誰かが危険を冒して傷つくようなことになったら、今度こそ俺は自分を許せなくなる」

「っ!」

 アンタレスの叫びに牧本が思わずたじろぐ。過去の行いに対する後悔と、そのせいで誰かが傷ついてしまうことへの恐れ。堪えきれなくなった感情がアンタレスの口から溢れ出る。人々を守るために戦っていたはずが、多くの人間に恨まれ、妬まれ、自分だけでなく周囲の人間にも危害が及ぶ。だが結局は自分の過去が知られ、軽蔑されるのが怖いだけではないのか? 自分をかばうかのような言動に自己嫌悪を抱き、やり場のない視線を地面に向ける。

「二人ともその辺にしておけよ。一応病院なんだから、ちゃんと静かにしないとな」

 黒く、淀んでいく空気を、リナの一言が振り払った。ウインクをしながら人差し指を唇に押し当て、アンタレスと牧本の毒気を抜く。その仕草に牧本が一瞬呆けたが、すぐに彼女に食ってかかる。

「お嬢ちゃん。だがこのまま何も知らされないままというわけには」

「分かってるよ。だが外野に横やりを入れられて、捜査が妨害されるのも癪だろ? まだ向こうの狙いが分からないし、船の一件以降動きも見られないけど、用心するにこしたことはない。連中に目を付けられないように情報を精査してそっちに回すから、今は我慢してくれないか。ある意味で、アンタレスもこの事件の被害者みたいなもんなんだからさ」

「……分かった。アンタレスもお嬢ちゃんも、取り乱したりしてすまなかった。なるべく早く頼むぞ」

 リナの説得に冷静さを取り戻した牧本が、バツが悪そうに視線を逸らす。その様子に彼女がうなずき、今度はアンタレスを指さした。

「アンタレス。お前もお前だ。これは私たちが自分のために選んでやっていることだ。今更巻き込みたくないとか、傷つけたくないとか、よそよそしいことを言うのはナシにしておけ。それにお前の過去だって、全部ブチまける必要はない。そんなことにならないよう、私がキッチリ面倒見てやる。もちろん、その分の報酬はいただくけどな」

 リナの自信に満ちた笑み、屈託のないまっすぐな気持ちがアンタレスの心に伝わってくる。明るく、太陽のような輝きが胸中の不安をかき消していく。それは彼が病室でマリアと話す前、BW-0325事象の全てをリナに打ち明けた時も同じだった。彼女はアンタレスの行いを肯定も否定もせず、ただうなずいて、ありのまま受け止めてくれた。そのうえでアンタレスを気遣い、忌まわしき過去の暴露を防いでくれた。

「すまない。君がいてくれて本当に良かった。缶コーヒー、じゃ足りないな。とびっきりのコーヒー豆を献上させてもらおう」

「豆ねぇ。煎るのが面倒だから最近はご無沙汰なんだけどな。まぁそれなりのものを貢いでくれるなら、あとで一杯くらいごちそうしてやるよ」

「そうか。なら楽しみにさせてもらうよ」

 アンタレスの口から自然と笑みがこぼれ、その肩をリナが叩く。

「アンタレス」

 張りつめていた場が和やかに戻りつつある中、やり取りを見ていた牧本がアンタレスに声をかける。

「この事件、発端がお前の過去にあるかもしれないということは分かった。だがそんなことはどうだっていい。理由はどうあれ、日本でテロを起こされた以上、俺たちは全力でホシを挙げるだけだ。だからお前も力を貸せ。これは俺たちで解決すべき事件だ。いいな?」

 誠意のこもった視線がアンタレスに向けられる。これが牧本なりの気遣いだということは、アンタレスにもしっかりと伝わっていた。感謝を示すように、ゆっくりとうなずく。

「なるほど。これが日本でいうツンデレというやつか。やっぱりあんた面白いな」

「何馬鹿なこと言ってるんだふざけるな! 少しだけ見直してやったのに、油断するとすぐこれだ」

 にやけるリナに顔を真っ赤にした牧本が抗議する。その様子を見ながら、アンタレスは改めて事件の解決を心に誓った。


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