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病巣転移1

「そう、ですか。アンタレスさんの過去にそんなことが……。とても、つらいことですね」

「本当にすいませんでした。私の因縁のせいで、無関係なあなたにまで傷を負わせてしまった」

「そんな! 私は大丈夫ですから。だから顔を上げてください。ね?」

 トーキョー都内、WHOの管轄下にある医療施設。その病室の一角で、アンタレスがベッドに横たわるマリアに頭を下げていた。入院着を纏った彼女が慌ててそれを制止し、なだめるように微笑みかける。

 謎の男、ピエロによるアンタレスとマリアの襲撃、誘拐、孤児院の職員を虐殺しての立てこもり。黒いキメラボディたちと共に彼が行った所業は、多数の犠牲者と経済的損失をトーキョーに与えた。マリアも外傷は回復したものの、精神的、肉体的負荷が著しく、体内のサバイバー・ナノマシンの機能不全が懸念されるため、保護もかねて身柄がこちらに移されていた。

「今回の事件が、話してくださった事件に関わっているかもしれないことは分かりました。でもアンタレスさんは悪くないと思います。だってその女の子、カローラさんやお仲間さんを守るために、あなたはたくさん頑頑張ってきました。だからそのことで、アンタレスさんが責められるなんて間違っています」

「……ありがとう、ございます」

 ピエロの口から飛び出したBW-0325、そしてカローラの存在から、アンタレスは今回の事件が過去の出来事によって引き起こされたものだと確信した。そのことに責任を感じた彼は、巻き込んでしまったマリアにBW-0325事象のあらましを話して聞かせた。

「ですが、結局私は仲間を守り切れず、カローラまでも死なせてしまった。責められても当然だと思っています」

「それでも、です。人は万能じゃありません。だから頑張って何かをしようとするんだと思います。その方々が亡くなったのは残念ですが、アンタレスさんが頑張ってくれたから、私や私の生徒たち、孤児院の子供たちも助かりました。みんな、アンタレスさんに感謝しています」

 全てを伝えたわけではない。当時のテロリストの所業や、アンタレスによる子供たちの虐殺、仲間たちの裏切りに関しては伏せていた。マリアを失望させたくなかった。非難の目を向けられるのが怖かった。だがそれすらも彼女は許し、温かく抱きとめてくれそうな気がした。マリアの言葉がアンタレスの全てを、存在することを肯定してくれている。

 和やかな空気が二人を温かく満たしていく。それがノックもなしに開け放たれたドアによって霧散した。

「おっと、これは失礼。折角のラブラブな空間をぶち壊しちゃったかな? 差し入れを持ってきたから、二人とも遠慮せずに飲んでくれ」

 左腕にいくつもの缶飲料を抱え込んだリナが気さくな様子で入室してきた。彼女の言葉にマリアは頬を赤らめ、アンタレスは呆れたように仲間を見つめる。何本かある缶のラベルは、当然のように全てのコーヒーのものだった。

「おい、リナ。いくらなんでもお見舞いにこれはないんじゃないのか? もう少しマリアさんをいたわってくれよ」

「何言ってんだ。こういう時だからこそ、うまい物を摂取して英気を養うんじゃないか。点滴なんかよりよほど良い。そう言うことなら、アンタレスはいらないってことでいいよな?」

「おい、誰がそんなこと言った。いるに決まってるだろ。早くこっちにもよこしてくれ」

 アンタレスがリナの腕から缶コーヒーを引き抜く。その際にさり気なく彼女の表情を見やる。一見普通のように思える。だが先の人質救出の際、かなり無茶な行動をしていたことを、彼は溝口を通じて把握していた。危険を顧みずに国防省最高レベルの軍事機密、キメラボディの情報を盗み取り、事件の解決に役立てようとした。それを気取られまいとする彼女の行動に感謝しつつ、アンタレスも努めていつも通りに振舞う。

「そうこなくっちゃな。何を話してたかは聞かないが、いずれにせよ、大事なのはこれからのことだ。マスコミも騒がしくなってきたしな」

 そう言って、リナが室内のテーブルに置かれていた新聞を取り上げる。

 "学校テロの悲劇再び! 犠牲者の数、百名を超える。"

 "重要参考人移送中の襲撃、警察官の情報漏洩が原因か?"

 "WHO直属の民間警備会社、被害総額の全額負担を表明"

 一面にでかでかと付けられた見出しが、事件の重要性と日本国民の関心の高さを物語っていた。首都高速道路でテロの重要参考人がさらわれ、その過程で大量の人間が巻き添えとなり、犯人が立てこもった孤児院から人質となった子供とマリアたちが救出された。記事の中身はおおむね正しい。だが一部の真実が、様々な人間の思惑によって歪められていた。

「あの。これってどういうことなんでしょう? 何で事件のことがみなさんに正しく伝わっていないんですか?」

「理由は色々あるけど、一番はそれをやられると都合が悪い連中が多いってことさ。警察も、WHOも、国民を怒らせるような真似をしでかした。それがバレたら、事件の解決どころじゃなくなるからね」

 おずおずと疑問を口にするマリアに、缶コーヒーをすすりながらリナが答える。WHOは日本では認められていないおとり捜査を主導し、警察も人質を見殺しにしようとした。どちらも国民に知られれば、反感を買うことは間違いない。故にハルマゲドンをおびき出すための捜査はマリアの移送作業ということにされ、スターライト・バレットのみで行われた人質救出も、警察との共同作戦という形になっている。

「でも、それでみなさんは納得するんですか? 私のせいでみなさんが傷ついて、家族を失った方だっているのに……」

「心配しなさんな。あんたはただ巻き込まれただけだ。それにそこらへんの事情も、うちの社長がうまくまとめてくれた。もっとも、裏でエグいこともしてるみたいだけどな」

 WHOは捜査の正当性を、警察は威信と正義を、罪もない日本国民は親類や資産を失いかけていた。それらを全て保障したのが、スターライト・バレットの社長であるエルタニンだった。互いの組織に弱みを庇わせる、一蓮托生のカバーストーリーを提供し、彼女自身が保有する莫大な財産を用いて、怒り悲しむ人々に目に見える形で救済を与えた。

 本来であれば、責任の追及は襲撃の原因となったアンタレスたちに集中するはずだった。それを彼女は各々が欲するものを与えることで回避し、矛先を別の方へと向けさせた。

「……ところでリナ。俺たちの作戦の情報を漏らした奴の身元は割れたのか?」

「いや。まだだが、そう時間はかからないだろうな。作戦に従事した連中は絞られてるし、牧本さんや溝口さん、デカメロ、いや江村さんも調べてくれてる。すぐに面は割れるさ」

 アンタレスがマリアを安心させるように微笑みかけ、リナに向き直って情報を共有する。その目は一転して険しくなり、肩をすくめていたリナも思わず真剣な表情になる。

 現状、最も国民に非難されていたのは警察だった。アンタレスたちと公安、警備部の限られた人間でおとり捜査の詳細を固めた直後、警視庁内で不審な通信電波が発信されたことが判明した。内容は定かではないが、事件当時のキメラボディたちの動きから、アンタレスたちや護衛の位置が漏れていた可能性が浮上した。警察はこの事実を隠そうとしたが、どこからか情報が流れたことによって露見し、マスコミに袋叩きにされていた。

「分かった。だが江村さんのことをあまり変な風に呼ぶんじゃないぞ。いつも世話になってるんだから」

「しょうがないだろ。胸はやたらデカいし、うちのヴェネーノやMFDのことでしょっちゅうからんでくるし、おまけにタガが外れると大抵ロクな目に合わない。まぁ、悪い気はしないけどな。だからこそ、連中の無念も晴らさなきゃってことなんだろ?」

「そうだ。彼らは俺たちのことをわが身を顧みず助けようとしてくれた。だから今度は俺たちが牧本さんたちの名誉を守る」

「相変わらずのお人好しだな」

「お前もな」

 幸運なことに、今回の件におけるスターライト・バレットへの批判は少なかった。エルタニンが損害の大部分を受け持つことで国民の支持を集め、小学校でのテロにおける情報操作、人質を見捨てたという真実の枷を以って、警察上層部や政治家の反論を封殺していた。パワーバランスにおいて圧倒的優位に立ち、主導権すらもスターライト・バレットがにぎっている状態だった。

 だがアンタレスはそれを良しとはしなかった。一部の不穏分子のせいで協力者である牧本や溝口までもが白い目で見られ、辛酸をなめさせられている。自分を信じてくれている彼らの不遇は、アンタレスにとっても耐え難い屈辱だった。

 アンタレスが握っていたスチール缶がベコリとへこむ。その直後、リナの携帯端末のバイブが震えた。画面を見てニヤけた彼女が軽い口調で電話に応対し、残っていた缶コーヒーを全て飲み干す。

「朗報だ、アンタレス。牧本さんが襲撃犯と思われる奴らの足跡を掴んだらしい。今こっちに向かってるそうだ。私たちは玄関でお出迎えといこうじゃないか」

 リナがアンタレスの持っていた缶をひったくり、自分のもの共々放り投げる。立て続けにゴミ箱に吸い込まれたそれらを見て、マリアが目をパチクリさせていた。


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