BW-0325事象<開腹処置>※4-4
(これは! この前の感覚とは違うが)
カローラをはじめて見た時のものとは違う。ヴィーナスによって視覚化された、ひと筋の白い電流が視界の奥へと消えていく。直後、爆音と共に瓦礫が舞い上がり、何かが猛スピードで飛び出してきた。
「もう今度は何なのよ! 私何もしてないわよ!」
「あれはメタルボディ、いやパペットシステムか!」
焼け焦げ、左腕がもげたメタルボディが、ジェットパックで飛翔しながら突っ込んでくる。カローラを庇いながら、アンタレスがM4カービンを襲撃者に向ける。
「何、パペット、人形? あれって人間じゃないの?」
「本来人間が纏うべきアヴィスーツを自律起動式に改造したものだ。単純な動きしかしないが、腐ってもアヴィスーツだ。今の装備で敵う相手じゃない。逃げるぞ!」
アンタレスが声を荒げながらカローラを促す。それを嘲笑うかのように、メタルボディ・パペットが彼らの周囲を飛び回る。割れた装甲からケーブルやシリンダーが露出し、破損したヘルメットの奥で単眼のセンサーカメラが鈍く瞬く。その剥き出しの弱点を狙い、アンタレスが銃の引き金を絞ろうとする。だがパペット背部のミサイルコンテナ、そこに刻まれたハザードマークが攻撃を躊躇させた。
(生物兵器! 対ハルマゲドン用の武装か。あんなものを誘爆させたら彼女が危ない)
パペット化されたアヴィスーツは人体の代わりに外装式だったフレームを内部に収め、人工知能でそれらを制御している。それ故に生身では耐えられないような高負荷のジェットパックや爆装、生物兵器で武装し、危険度の高いミッションや高濃度の汚染区域での活動を可能にした。
撃破するだけなら、ホッパーに援護を要請すればいい。だが下手に攻撃してミサイルの中身を流出させてしまえば、カローラが有害物質に侵される恐れがある。アンタレスが歯を食いしばりながらメタルボディの突進を躱す。
(こうなれば奴の動力源かAIを撃ち抜くしかない。しかし、できるのか?)
アンタレスがメタルボディの胸部、ジェネレーターと制御装置が集約された部分に銃口を向けた。敵は高速で動き回り、アンタレスたちから離れようとしない。しかも胸部は増加装甲で守られている。銃弾を当てられたとしても内部を穿てず、跳弾でコンテナを損傷させるリスクもある。
思考の最中、更なる電流が空間をはしった。アンタレスを狙っていたメタルボディがカローラの方を向き、右腕に格納されたヒートブレードを展開する。
まずい!
アンタレスが猛然と少女の前にまわり込み、M4でヒートブレードを受け止めようとする。そのわき腹を人形の右脚が蹴り上げた。吹っ飛ばされたアンタレスが地面に叩きつけられ、立ち上がろうとするが、あばら骨と内臓に激痛がはしり、吐血する。
「アンタレス! ちょっと、ウソでしょ!」
カローラが悲痛な表情でアンタレスの元に駆け寄ろうとする。目前にヒートブレードを振り上げたパペットが立ち塞がった。焼け焦げた自動人形の黒い影が、カローラの全身を覆い尽す。無機質なカメラアイに見つめられ、呆然とした少女は動くことすらままならない。
(カローラ! くそ、動け俺の体! 動いてくれ!)
アンタレスが声にならない叫びをあげる。ダメージを受けた体を無理やり動かそうとするが、激痛がそれを拒む。ヴィーナスでパペットをハッキングしようにも、意識が混濁して集中できない。ただ右手だけが空しく、カローラの方へ伸びる。
頭の中で紫の影たちが囁く。――お前は誰も救えない。破壊しかもたらさない。嫌だ。何もできず、むざむざ彼女を死なせたくない。――お前の抱く希望は、絶望にしかならない。俺を信じてくれた、認めてくれた彼女を失いたくない。
いつか見た夢と同じように、断罪のギロチンがカローラの命を絶とうとする。稼働したブレードが赤い熱を帯び、禍々しく歪む。与えられた命令どおりに、最適化された角度で、ためらいなく、ヒートブレードを少女の頭に振り下ろす。アンタレスの視界が絶望に染まる。
その全てを陽気な男の声が遮った。
≪どこに行ったかと思えば、こんなことになっていたとは。ちゃんと大人の言う事は聞くべきだぜ、お嬢ちゃん≫
高速で飛来した紫電、ストームの纏うキメラボディ、トータスがヒートブレードを左腕で受け止めていた。訳が分からずにオロオロするカローラ、よろけながら立ち上がるアンタレスを一瞥して肩をすくめる。そしてトータスの腕を切断しようと、得物を押し付けるパペットに空いた右腕を向けた。
≪人形風情が、よくも俺のタキシードを台無しにしてくれたな。償いはその小汚い体でしてもらおうか≫
両腕のレーザーユニットの装甲は幾重にもシールドされ、耐熱処理も施されている。それでも表層はわずかに溶け、白煙を噴き上げていた。黄色いカメラアイがそれを忌々し気に見つめ、椀部のレーザーカッターを起動する。プラグ状のパーツが青白いレーザーを纏い、ブレードを装甲に喰い込ませたまま溶断した。人形がバランスを崩し、前のめりに倒れかける。
≪寄るなよ、木偶が≫
それをトータスが膝蹴りで引き起こし、両椀のレーザーカッターで細切れにした。ミサイルコンテナ、ジェットパック、両脚、頭部。支えを失った部品が次々と宙を舞う。最後に残った胴体もボールのように蹴り飛ばされ、光の奔流に飲まれて消滅した。
≪一丁あがりってか。ったく、折角の被弾ゼロの記録が途絶えちまったよ≫
トータスがぼやきながら背部レーザーキャノンを格納し、左腕に刺さったブレードを振り払う。黒焦げた刀身が地面に落ち、踏みにじられ、粉々に砕け散った。




