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BW-0325事象<開腹処置>※4-3

 タンタンと瓦礫が踏みしめられ、慌てたような息遣いが大きくなっていく。アンタレスがM4カービンのトリガーに指をかけ、それをそっと戻した。

「はぁ、はぁ。アンタレス、ここにいたんだ。もう、全然帰ってこないから迎えに来てやったわよ」

 戦闘服の上着を羽織ったカローラが、アンタレスの姿を見て安堵した表情を浮かべる。だが、戦場で無防備な姿をさらす少女にアンタレスは遠慮しなかった。

「……おい。俺は何があっても、絶対にトレーラーから出るなといったはずだ。それなのに君は何しにここに来た? ふざけるんじゃない!」

 本気の怒り。彼の一喝を浴びたカローラが脅え、委縮する。それでも彼女も怯まなかった。

「ふざけてない! 私は、私の疑いを晴らすためにここに来たの!」

「っ!」

 カローラの強靭な意志に、逆にアンタレスが衝撃を受ける。

「何故だ? 敵の反応がないとはいえ、ここが危険なことに変わりはない。下手をすれば、君は死んでいたかもしれないだぞ」

「そんなこと分かってるわよ! でも私のせいで、あんたはあの部隊の中で孤立してる。ヴァイパーさんとも、さっきみたいに言い争いになってた。そんなの、嫌だって話なのよ!」

「……聞いてたのか」

「あんたの声しか聞こえなかったから、そうなんじゃないかって思ってただけ。でも、ここに来る前も何か揉めてたみたいだし。ヤバそうだったら私が直接ヴァイパーさんに弁解しようと思ってた」

 バツが悪そうに顔を伏せるカローラを、アンタレスはもう責める気になれなかった。自分の立場を案じ、身を挺してかばおうとしてくれた。アンタレスが肩から力を抜く。

「気持ちは嬉しいよ。でも、ただ否定したところで疑いは晴れはしない。ヴァイパーだって、部隊のみんなを守りたいから冷徹な態度を取っているだけだ。本心から君のことを嫌っているわけじゃないさ」

「うん。それは分かる。何となくだけど、私があの人と話してる時、悲しみと懺悔みたいな感情が伝わってきた。ドロドロしてて震えてて、とってもか細い感じだった」

「前に話してくれた、感情が読み取れるというやつか?」

「そ。……ちなみにさっきのあんたは凄く熱くてまっすぐで、誰かを必死に守ろうっていう気持ちでビンビンだった。ホント、バカだよね。…………でも、ほんのちょっとだけ嬉しかった」

 目を逸らしながら、カローラがためらいがちに謝意を示す。そんな彼女の言葉にアンタレスが驚き、うなずき、そっとカローラの肩に手を置いた。互いの温もりが、感触と共に交わり合う。直後、顔を真っ赤にしたカローラが慌てて飛び退き、そっぽを向いた。

「ちょ、あんまし調子に乗らないでよ。ここに来たのはあんたにこんなこと言うためじゃなくて、私がさらわれた手掛かりを探るためでもあるんだから。この女ったらし!」

「散々な言われようだな。まぁ、いいさ。それで、何でここに君の手掛かりがあると思ったんだ?」

 アンタレスが何事もなかったかのように問いかける。その態度にふくれっ面を浮かべながら、カローラが腕を組んで虚空を見上げた。

「ここにいた人たちが、私を誘拐したんじゃないかって思ったのよ。あんたたちはテロリストに捕まってたって言ってたけど、実際は別の人間にさらわれた可能性もあるわけでしょ。それに私、空港についてからのことを全然覚えてないんだけど、もしかしたらあの箱に入れられる前に何か見聞きしてたかもしれないし。ここに来れば、何か思い出せるかもしれないって考えたわけ」

「だがここは危険だと何度も言ったはずだ。それに戦場には、君の見たくないものだってたくさんある。つらいことだって思い出してしまうかもしれない」

「覚悟の上よ。……正直、死体とか見たくないから行きたくなかったけど、動かなきゃ何も変わらないでしょ。あんたの気遣いは嬉しいし、勝手な行動を取ったことも謝るよ。けど、これ以上みんなに迷惑はかけたくない」

 カローラが仲間たちの関係を取り持とうとしてくれていることは、アンタレスも分かっている。その上で、彼は少女に現実を突きつける。

「それで? 君のいう手掛かりは何か掴めたのか?」

「……それは、まだだけど」

「確かに君の気持ちは嬉しいよ。でもひと口に手掛かりと言っても、ドラマや映画のように簡単に見つけられるものじゃない。素人に勝手に動かれて、藪の中の蛇をつつかれても困る。本当に俺たちのことを想ってくれているのなら、まずは自分の命を大事にしてくれ。信じてくれているのなら、俺たちの力を頼ってくれ。それができないやつに、何もしてやれることはない」

「っ! 分かった、わよ」

 カローラが反論しようとして押し黙る。かつてソードリザードの群れに襲われたことを思い出したのか、じっと彼女を見つめるアンタレスの内心を読み取ったのか。ふてくされながらも、彼女はアンタレスの忠告を受け入れた。ガスマスクの奥でアンタレスが優しい笑みを浮かべる。

「大丈夫だ。君の無実は俺が晴らす。だから、今度こそ本当に、自分から危険に飛び込むような真似は止めてくれ。いいね?」

「もう、分かったって言ったでしょ。次からは本当におとなしくしてるわよ。何ならあんたが帰って来る度に、おかえりダーリンとでも言ってあげようか? ロリコンのオジサンからすれば、嬉しいご褒美でしょ?」

「あぁ、そうだな。そこまで元気があり余ってるなら、さっさとトレーラーに戻れるだろ。無駄口を叩かず、黙って俺についてこい」

「えっ、ちょっと、待ってってアンタレス。流石に私も言い過ぎたからさ」

 呆れながら歩きだすアンタレスを、カローラが慌てて追いかける。さり気なく彼が歩幅を合わせ、彼女が寄り添うように横に並ぶ。守るべき者、信じられる人。二人の中の距離が縮まっていく。


 空間をひと筋の電流がほとばしった。


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