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煉獄ウォアウォルフ

 ハルマゲドンの拳がクレーターを穿つ。その間、溝口は20メ-トルほど離れた場所に運び出されていた。

 たちこめる砂煙がはけ、太陽の光が空間を引き裂く。そこに、20式とは異なる、新たなアヴィスーツが立っていた。

 その名はヴェネーノ・ツヴァイ。

 無数のナノマシンによって構成された漆黒の人工筋肉、フルナノマッスルに纏ったオウラメタルが深紅に揺らめく。左肩にはΦ(ファイ)のマーキング、右膝には製造元であるMACHINA/WORKS(マキナワークス)の文字が刻まれ、胸と腰のホルスターには四つの銃器が収められていた。

「ご無事ですか溝口さん。到着が遅れて申し訳ありません」

「おぉ、来てくれたかアンタレス! 待っていたぞ」

 ツインアイのフルフェイスヘルメット、内蔵型エアフィルターから、くぐもった青年の声が聞こえた。WHOから日本に派遣されたスターライト・バレットのエージェント、アンタレスは溝口にうなずきかけると、うなり声をあげるハルマゲドンを見据えた。

「状況を説明していただけますか? ハルマゲドンが暴れていたにしては、現場が荒れすぎています。まさか交戦したのですか?」

「すまん。うちの隊長がトリアージで生存者の確保を後回しにし、攻撃したんだ。それで被害が拡大した。こちらも13名が犠牲になった」

「その隊長とやらを止められなかったのですか? 副隊長であるあなたでさえも?」

「どうやら、警察官と自衛官とでは物の考え方が違うらしい。バイオテロに対する考え方も、お前に対する考え方もな」

「そう、ですか」

 申し訳なそうに話す溝口に、アンタレスは無言を貫いた。わずかに拳を震わせ、やりきれない想いを振り払うように、意識を頭に集中させる。

 溝口のヘルメット内のディスプレイに、マップが表示された。いくつもの点がグラウンドに移動している。

「これは?」

「私の仲間が救出している生存者の情報です。敵は私が引き付けます。その間に溝口さんは他の隊員と合流して、応急処置をお願いします」

 アンタレスに言われ、溝口が二人の少年がいた地点に目を向ける。そこにあったはずの瓦礫は粉砕され、子供たちも消えていた。

「いつの間に……。だが大丈夫か? いかにお前でも、奴の相手は相当危険だ。ここは俺も加勢したほうが」

 その言葉を遮るように、紅いアヴィスーツの手が20式の肩に触れた。激痛で溝口が震える。ハルマゲドンに負わされたダメージは、溝口の予想以上に深刻なものだった。

「ここは、私にまかせてください。今は人命救助が最優先です。どうか、ひとりでも多くの命を救ってあげてください」

 アンタレスが頭を下げる。彼の優しさ、気遣い、そして想いがこもった行動に、溝口は何も言えなくなった。溝口が傷ついているから遠ざけるのではなく、彼を信頼し、わずかな生存者の命を託した。

「分かった。幸い、生き残った連中はレスキューや救急隊出身が多い。やれるだけやってみる。だから死ぬなよ、アンタレス」

 アンタレスは溝口にうなずきかけ、腰にマウントした二丁の拳銃を構えた。

 それを見て溝口はきびすを返し、グランドへと向かう。その背中に飛んできた無数の甲殻は、金属の牙によって残らず喰いちぎられた。

 紅いアヴィスーツの得物、50ヴェノムリボルバー、漆黒のメタルボアと白銀のアイアンヴァイパーの銃口が、硝煙を吐き出している。

 六発式弾倉から薬莢を排出、腰に吊り下げたリローダーで瞬時に激装弾を装填する。対生体兵器用拳銃が息吹を取り戻し、再び咆哮した。ハルマゲドンの左側の触覚を吹き飛ばし、残った甲殻にもひびが入る。

 悪魔が複眼をギラつかせ、歯をむき出しにした。新たな敵に怒りを露わにし、口から粘液質のヨダレを垂らす。インド象を粉々にする銃弾を受けても、怯む気配すらない。

 それでも、アンタレスは静かに殺意の塊と相対する。冷たい装甲の中で、彼の心がブラックコーヒーのごとく深く、黒く煮えたぎる。両手に握った拳銃が鈍く瞬き、アンタレスの言葉を代弁した。

 ――殺す。

 ハルマゲドンが拳を繰り出す。だがそこに獲物の姿はない。

「ヴェネーノ・ツヴァイ。状況を開始する」

 ハルマゲドンの側面に降り立ったヴェネーノが戦闘オペレーションを発動した。ツインアイが水色に輝き、二匹の蛇、ヴェノムリボルバーがハルマゲドンの頭部に牙を突き立てる。悪魔は頭だけ動かして避け、敵の姿を見ずに尾を振るった。ヴェネーノが上へ跳躍し、針が地面に突き刺さる。

 滑るように空間を移動する。回転して慣性を殺す。

 ヴェネーノがハルマゲドン後方に着地し、再生を始めた針に向かって発砲した。細胞分裂を始め、脆くなっていた先端が粉々に吹き飛ぶ。直後に振るわれた尾を側転で避ける。紅い装甲が風圧で軋み、バランスを崩す。正面を向いたハルマゲドンの鎌が首元をかする。

 もう一度拳銃を構えようとして、ハルマゲドンの口から溶解液が吐き出された。後方に大きく跳び、20メートルほど後退した。元いた場所に白い煙が立ち込め、地面から水が勢いよく噴出する。地面に浸透した溶解液が、下水管にまで到達していた。

 そしてヴェネーノの左手に握られたアイアンヴァイパーの銃口も、禍々しい煙を吐き出していた。ヴェネーノの装甲と同じくオウラメタル製で、防食処理もされていた。にも関わらず、地面に跳ね返った数滴だけで、銃口が塞がれてしまった。

 ヴェネーノが戸惑いなくそれを放棄し、左胸のホルスターからマシンピストル、PP2000を取り出した。弾倉に9ミリシェルピアシング弾を装填し、追加マガジンを銃床状にマウントしている。それをハルマゲドンの頭に浴びせかけるように撃つ。

 ハルマゲドンが銃弾の雨に翻弄されつつ、ヴェネーノ目がけて突っ込んだ。鎌で攻撃を弾き、拳の風圧で軌道をそらす。金属のしずくが滴り落ちる。雨が止み、ハルマゲドンが反撃に転じようとした瞬間、視界が紅く染まる。

 ヴェネーノがハルマゲドンの頭部を踏みつけ、上空30メートル近くまで跳躍した。ハルマゲドンがヴェネーノの姿を捉え、尾を振りかざす。だが先端が破壊されていたため、対空用の針が射出できない。

 ヴェネーノの右手に握られたメタルボアが、ハルマゲドンの口部に狙いを定めた。甲殻では真上にいるアヴィスーツは狙えない。

 機動力で翻弄しつつ攻撃手段を潰し、安全圏から唯一装甲に覆われていない弱点、口の中を狙い撃つ。対ハルマゲドン用にアンタレスが編み出した戦術だった。

「これで終わりだ」

 最後の引き金を絞ろうとして、右から強い衝撃を受けた。

「なっ!」

 右わき腹のオウラメタルが砕け、叩きつけられたかのように落下していく。ヴェネーノの視界の先に、黒く長い何かが見えた。その先端は砕け散ったように破壊されている。

 ハルマゲドンの尾が、何十メートルも伸びていた。関節部の筋肉が膨張、脈動し、蠢く。

 ヴェネーノが地面に落下し、体が瓦礫にめり込む。殺しきれなかった衝撃がアンタレスの肉体を傷つけ、ヘルメットのディスプレイがスーツ全体の異常を伝える。背部装甲の破損、フルナノマッスルの断裂。内臓にもダメージが通ったらしく、口から血を吐き出した。

 ヴェネーノの目の前に、ハルマゲドンがノソリと近づいてくる。鎌を畳み、紺色の装甲がへばりついた拳を現出させる。伸びきった尾の先端から、白い液体が漏れ出す。

(先ほどの反応速度と、伸びる尾。過去の個体より、進化しているのか)

 ボロボロのアヴィスーツがひざを立て、何とか立ち上がるが、両手の武器を取り落としてしまっていた。格闘戦に持ち込もうにも、自己再生による機能回復にはあと十秒ほどかかる。

 ハルマゲドンの足音が近づいてきた。死へのカウントダウンが始まる。

 水色のツインアイが、悪魔の複眼と交錯する。ヴェネーノが右胸からもう一丁のPP2000を引き抜き、発砲する。左脚の鎌に弾かれる。なおも抵抗する相手を嘲るように青白い閃光、ハルマゲドンが右脚を振り上げる。

 その拳が無残に砕け散った。

 一瞬、ハルマゲドンの動きが止まる。何が起きたか分からず呆然としている。右脚の関節から先が消え去り、傷口が焼け焦げたようにドス黒くなっている。

 青白い閃光、動揺に染まった複眼が猛烈な勢いで上を向く。衝撃の加わった下あごがドス黒く染まり、甲殻が剥がれ落ちる。脳震盪を起こし、脚がガクガクと揺れる。

 ハルマゲドンとヴェネーノの間に灰色の狼が降り立った。

 フルナノマッスルを内蔵した銀色のフレーム、灰色のオウラライトメタルの装甲、背部には二門のレーザーキャノンがマウントされている。2メートルほどの体躯、二つの脚で大地を踏みしめ、電流のほとばしる巨大なクローをハルマゲドンに向けて構える。

 青いフェイスペイントが施された頭部が振り向き、水色に輝くゴーグル型カメラがヴェネーノの姿を捉えた。

「グラウ、生存者は確保できたのか?」

『はい、マスター。ほとんどは確保できましたが、瓦礫の奥深くに埋まっている生存者を何名か確認しました。まずはターゲットを駆除してから、救出に当たるのが賢明かと判断します』

「分かった。なら、さっさと片づけて救助作業に移行しよう。頼むぞグラウ」

『イェッサー』

 ヴェネーノの言葉に彼、MFDボークス・グラウが首肯を返した。

 スターライト・バレットが保有する超AI搭載ロボット、多機能形態自律型兵器・マルチフォームドローンは自我を持ち、多様化するバイオテロに対応するため、三つの形態を状況に応じて使い分ける。

 特にボークスタイプ、ワーウルフ型MFDは、人間とほとんど変わらない思考力と柔軟性を持っていた。従順でありながら的確に状況を認識し、作戦の立案、検討、実行までをこなすことができる。

 ヴェネーノにとって彼はただの機械ではなく、かけがいのない仲間だった。

 ハルマゲドンが意識を回復し、左腕の鎌を振り回し始めた。複眼が逆立つ。地団太を踏むように脚で地面を踏みつけ、尾で瓦礫を弾き飛ばす。

 そこに円筒形の物体が投げ込まれ、中から大量の蒸気が噴出した。一帯が覆い尽され、ハルマゲドンの視界が塞がれる。

 スチームグレネード。暴徒鎮圧用の蒸気を発生させ、高温による無力化、温度探知の妨害などの効果がある。

「よし、敵の動きは止まった。グラウ。ここは一気に決める。準備はいいな?」

『ヴェネーノの自己再生を確認。ナノマシンも正常。私にも支障はありません。コントロールはマスターに譲渡します』

「了解」

 白く彩られた世界からヴェネーノとグラウが飛び出す。アンタレスの意識とグラウのシステムが同調する。二人の声で合体コードが入力された。


 ダブル・クロス・オン!


 人狼が鎧へと姿を変える。グラウが人工筋肉を収縮させ、アヴィスーツに覆いかぶさるようにパーツを分離させていく。ヴェネーノの紅い装甲が展開し、合体用アタッチメントを介してドッキングを開始した。

 クローユニットが椀部に装着され、脚部ユニットが収納されてフットパーツを形成。テールスタビライザーと脚部余剰装甲がフォールド、タセットアーマーに変形する。

 戦士が鎧を纏う。グラウの胸部がヴェネーノのそれと一体となり、両側から分かれたデュアルセンサーユニットが肩部装甲に変形する。レーザーキャノンは背中に、各アーマーパーツがヴェネーノに装着され、青白いパルスがほとばしる。

 覚醒。ヴェネーノの頭部にグラウのヘッドユニットが食い込む。狼の口が展開し、フェイスマスクと二対のデュアルアイが顕現した。五つのライトブルーの瞳が輝き、収縮していた人工筋肉が、ヴェネーノとひとつになる。

 互いのナノマシンが細胞活性化電波グラシャラボラスによって再結合、増強され、混じり合った金属の装甲が煌々と唸る。

ヴェーパー、ヴェール、ヴァリアブル。熱く立ち込める蒸気の向こうで、蒼い眼の騎士・V・グラウが産声を上げた。


 

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