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BW-0325事象<開腹処置>※4-2

「一体……、一体ここで何があったんだ?」

 動揺したアンタレスの口から言葉が漏れた。轟々と燃える装甲車。血に塗れたアヴィスーツ。へし折られた無数の銃火器。破壊という名の地獄が顕現している。

≪こちらホッパー。周囲に敵勢力、および移動物体の存在は確認できない。……そちらはどうだ、アンタレス?≫

「地上も同じだ。生存者はおろか、死体すら見当たらない。完全に消えてしまっている」

 黒い戦闘服を纏ったアンタレスが上空のホッパー、ヴァイパーに返答した。フルフェイスヘルメットにガスマスク、手にはアメリカ製突撃銃、M4カービンを携行し、注意深くあたりを観察する。数台ある装甲車は全てアメリカ製、アヴィスーツも同様にメタルボディ。散乱する破片は切断され、穿たれ、歪んでいて、その一部は抉られたように溶解していた。

「あいつが、あいつがやったんだ……」

 アンタレスの脳裏に迎賓館の地下で見た悪魔の姿がよぎった。サソリのような体躯から高速で繰り出される鎌と拳。かすっただけで傷口が膨大な熱を帯びた。おそらく、あの一撃によってメタルボディたちは蹂躙され、中身は飢餓に満ちた円口の奥へと消えた。ガスマスクの奥で冷たい汗が頬を伝う。

≪……お前の言う通りかもしれないな、アンタレス。俺たちが追っているハルマゲドンがここで部隊を襲い、大量の人間を捕食した。テロリストどもが地下でそうしていたようにな。……どうやらあの巨体を維持するためには、大量のカロリーが必要らしい≫

「そうだな。本当にこれがやつの仕業なら、ストームの仮説も正しかったことになる。俺たちの向かう先に、ハルマゲドンはかならずいる」

 アンタレスたちは何の根拠もなくハルマゲドンを追っていたわけではない。ターゲットが逃走した後、迎賓館の地下をくまなく捜索し、いくつかの手掛かりを得ていた。ハルマゲドンは別の場所で孵化させられた後、あの場所に持ち込まれて生育された。付近のゴーストタウンをはじめ、至る所から人が拉致され、その餌とされていた。子供は労働力として洗脳され、テロの片棒を担がされていた。

 それらの情報を部隊内で精査する中で、ストームがさり気なく言葉を漏らした。

 ――こいつ、もしかして自分が生まれた場所に還ろうとしてるんじゃないか? ほら、人間だってホームシックになるだろ? あれと同じさ。

≪あの、テロリストがかつて放棄した拠点に向かってるというやつか。俺もお前も、あの時は信じてなかった。その通りならそれでよし。例え間違っていても、そこに新たな手掛かりがあるかもしれない。……そう話し合った≫

「確かに。元となる種にそうした習性を持つものがいれば、生体兵器にそれが発現する可能性がなくはない。だから俺もストームの意見に従った。その結果が、この惨劇だ。予測が正しかったから、ここで大量の人間が殺されることになった」

 アンタレスが燃え盛る炎から目を逸らす。生体兵器による暴虐を防ぐことが出来ず、ただ立ち尽くすことしかできない。そのやるせなさが、彼の心にもうもうと立ち込める。そんなアンタレスの感傷に、ヴァイパーが容赦なく牙を突き立てた。

≪違うな、アンタレス。ハルマゲドンがいたから、ストームの仮説通りだったからこそ、俺たちはこいつらに襲撃されずに済んだ。俺たちの中の潜り込んだ内通者の罠から、抜け出すことができたんだ≫

「くどいぞ、ヴァイパー。その話はケリがついているはずだ。今はスパイの話は問題じゃない」

≪ならこの状況をどう説明する? ここに駐在していた部隊、俺たちの死角となる地点にピンポイントで存在していた。しかも全てのメタルボディが耐レーザーコーティングされたステルス装甲に換装されている。武装もそうだ。テロリストどもも使用していたボルケーノにバンブーランス、更には対高機動兵器用の電磁ネット。あきらかに俺たち、キメラボディ対策だ。誰かが情報を漏らしたのは確実だ≫

「……まだ断定するのは早い。ある程度事情を知っていれば、外部の人間でも予測できることばかりだ。進行ルートにせよ、キメラボディにせよ、誰かが内通したという証拠にはならない」

≪アンタレス。気持ちは分かるが、いい加減認めろ。あの女だ。カローラが俺たちに同道するようになったから、敵は本格的に俺たちを待ち伏せ、キメラボディの戦術に合わせた対策が取れるようになった。こいつらがストームの言うように、ラングレーの刺客かどうかは分からん。だがそんなことはどうでもいい。カローラがこいつらと繋がり、俺たち全員を≫

「いい加減にしろ! ……ヴァイパー。いくらあなたでも、それ以上続けるなら俺はあなたを許せなくなる」

 アンタレスの怒り、底冷えするような声が、無線機のスピーカーを震わせる。

≪正気か? 俺たちはあの女に皆殺しにされるかもしれないんだぞ?≫

「それでもだ。情報を漏らすことが出来るのは彼女だけじゃない。あの部隊にいる全員が可能なことだ。俺やあなた、ストーム、ボアも含めてな」

≪馬鹿な! あいつにそんなことは≫

「できないとは言わせないぞ。あなたがカローラを疑っているように、各々がお互いを疑い始めている。こんな状況で誰かを糾弾すれば、俺たちは間違いなく自滅する。殺される以前の問題だ」

≪……っ≫

 冷静に状況を告げるアンタレスに、ヴァイパーは二の句を継げなくなる。カローラが疑われ、ボアが疑われる。誰もその潔白を証明できない。彼ら二人も十分に理解していた。わずかな沈黙の後、ヴァイパーがゆっくりと息を吐いた。

≪分かった。今はこの話はやめよう。……できるだけ早くハルマゲドンを駆除し、俺たちの身柄を保障する必要がある。スパイ探しはその後だ。だが、俺はカローラへの疑いを解いたわけではない。何かおかしな真似をすれば、即刻彼女を拘束する。それでいいな?≫

「分かった。先ほどは、取り乱してすまなかった」

≪構わんさ。俺も少し言い過ぎた。……そろそろ任務に戻ろう。俺はもう少し遠くの方を見てくる。敵の別動隊がいないとも限らないからな。お前は長居せず、早めにトレーラーへ戻っていろ。オーバー≫

「了解。そっちも気を付けてくれ」

 見上げた先、黒煙の向こうでホッパーがブースターを点火し、遠ざかっていった。徐々に小さくなる轟音、内部分裂という危機が去ってアンタレスが安堵する。

 そのすぐ傍で、かすかな物音が響いた。


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