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BW-0325事象<開腹処置>※4-1

 焼けつくような日差しの中を、軍用トレーラーが疾走する。タイヤが大地を踏みしめ、敵の姿を追い続ける。だが黒い悪魔、ハルマゲドンの姿は一向に見えない。永遠とも思える時が、いたずらに過ぎ去っていく。その流れが、わずかながら変化しつつあった。

「ちょっとストーム! あんた何度言ったら分かるのよ! 私物やら服やら、そのへんに放置しとかないでよ! 自分の尻ぐらい自分で拭いなさいっての」

「アンタレスも、いくら缶コーヒーが好きだからって飲み過ぎ! 健康に悪いでしょ! そんなんだから言動も甘ったるくなるのよ」

「ヴァイパーさんは、まぁ手間はかからないけど、もう少し休んだら? 無理しなくても、面倒は私たちで片づけるからさ。ストームもアンタレスも変人だけど、バカとハサミは何とかって言うでしょ」

 強気な姿勢、しかし繊細な動作でカローラがテキパキと体を動かす。トレーラー内にちらばったストームの私物を片付け、アンタレスがテーブルに置いていた缶コーヒーの山を撤去する。イスに座っていたヴァイパーをいたわりつつ、彼の手元の水差しを新たなものに交換した。

「相変わらずだな、カローラは。気配りができるのはいいが、缶コーヒーは俺にとって血液も同然だ。勝手に片づけられても困るんだけどな」

「まぁ、そう言うな……。飲みすぎが体に毒なのは間違いない。折角彼女もおとなしくなったんだ。それを素直に喜ぶべき、だろう?」

 落胆した表情でテーブルについたアンタレスに、ヴァイパーが慰めの言葉をかける。それに手で応えながら、アンタレスが雑務をこなすカローラに目を向ける。ソードリザードの襲撃から三日、彼女は受けた恩を返すかのように部隊の世話をはじめ、アンタレス以外のメンバーとも交流するようになった。

「確かに、はじめて出会ったころよりは幾分か態度がマシになったし、部隊の雰囲気も明るくなったような気がするさ。だが一番大きいのは」

「あぁ、あれか。俺も驚いたよ。彼女が子供だからなのか、……それともあの子が特別なのか?」

 二人の視線の先、仮設ベッドに向かったカローラが、横たわる黒い巨漢に微笑みかけた。点滴の残量を確認しつつ、男の汗を拭っていく。

「ちょっとボア、私が来ただけで目を覚ますなんてキモイんですけど。はいはい、分かったからはやく元気になってよね」

 眠っていたボアが、かすかにうなずきを返した。

迎賓館で洗脳された子供たちに殺されかけ、ボアは心身ともに損耗していた。過去のトラウマに苛まれながら昏睡状態に陥り、目覚める度に錯乱を繰り返す。その看病をカローラが行うようになってから、症状が劇的に改善した。特別な処置を施したわけではない。だが彼女が傍にいる時は暴れることがなく、意識も徐々に覚醒しつつあった。

「理由は分からないが、彼女の存在がやつの救いになっていることは間違いない。複雑な気分だが、ボアが復調すればストームは喜ぶだろうな。無論、あなたも」

「そう、かもしれないな」

「……カローラに何か気になることでも?」

 気のない返事をしたヴァイパーが、カローラに鋭い視線を向けていた。その様子をアンタレスが訝しがる。

「アンタレス。……お前は、彼女がお前にしたという話の内容、信じているのか? 本当に彼女は一般人で、ただ巻き込まれてこの場にいると?」

「それは分からない。だが、ただの一般人が地下にわざわざ箱詰めで放置されるとは思えない。何か本人も知らないような秘密があるはずだ」

「……そこまで分かっていながら、お前は彼女を信じようとしている。会って数日しか経っていない、素性も知れない子供に無防備に入れ込んでいる」

「ヴァイパー。何が言いたい?」

 非難めいたヴァイパーの言動に、アンタレスの表情が険しくなる。

「俺はお前のように、カローラのことは信じられない。……いくらなんでも、都合が良すぎると思わないか? 絶妙なタイミングで俺たちに助け出され、お前やボアを懐柔した。カローラに懐疑的なストームですら、あの子には甘い。ずいぶんとうまく取り入ったものだ」

「それが彼女の人柄なんじゃないのか? 誰とも打ち解けられる。彼女の純真さが俺たちの心を開いた」

「……あるいは、俺たちのことをすでに知っていた、とも考えられるな。だからお前たちの心につけこめたんだ」

「っ! それは……」

 ありえない。アンタレスが言いかけて口をつぐむ。彼らの部隊の情報は雇い主である国防省によって敵側に漏れていた。試作アヴィスーツであるキメラボディの戦闘データを採取するため、そしてアンタレスの中に眠る女神の秘密を探るため。だとすれば、アンタレスやヴァイパーたちの個人データが流出している可能性も考えられる。

「お前も気付いているはずだ。あの子は俺たちの内の誰かを狙ってこの部隊に潜り込んだ可能性がある。何かを探るか、……あるいは誰かを殺すために」

 アンタレスは彼女の無実を信じたかった。心を通わせたことを嘘にしたくはなかった。だがそれを証明する手段がない以上、ヴァイパーの言葉を否定することはできない。握られた拳の爪が手に食い込む。

「分かった。ストームには俺の方から伝えておく。カローラの行動にも、これまで以上に目を」

「いいやお前は何も分かっていない」

 アンタレスの言葉を語気を荒げたヴァイパーが遮った。

「俺はこれでも傭兵だ。彼女が何かを仕掛けてくれば、反撃することができる。どこかに細工をされても、見破るくらいの警戒心は持ち合わせている。簡単には殺されない。無論お前やストームもな。……しかし、ボアはそうもいかない」

「ボアだって? 何故?」

「あいつも意識が回復したとはいえ、まだ満足に動けない。あの子に何かされても何もできない。いや、あえて何もしないかもしれない。自分の罪の重さに耐えかねて……。そんなことをさせるわけにはいかないんだ」

 自分に言い聞かせるようにヴァイパーが言葉を連ねていく。彼自身やアンタレスたちではなく、ボアの身を案じている。冷静かつ寡黙なヴァイパーらしからぬ態度に、アンタレスは心当たりがあった。

「ヴァイパー。ボアには何か子供に殺されるような理由があるのか? それを知っていて、あなたは彼を守ろうとしているのか? 迎賓館の地下であなたが話してくれた、仲間に裏切られた傭兵の二の舞にならないように」

「…………」

「何も知らないならそれでもいい。無理に言わなくてもかまわない。だが、あなたはカローラは危険だと言っておきながら、ボアの看病を止めさせようとはしない。それは内心では彼女を認めているからなんじゃないのか? あいつの心を癒し、笑顔をもたらしてくれる存在として」

「違う。……俺は」

「ボアのことは俺も気にかけておく。だからあなたも、自分を見失わないでくれ。そしてできることなら、カローラを先入観なく見定めてほしい。……お願いします」

「…………善処しよう」

 ヴァイパーが力なくうなずいた。その姿をアンタレスは幾度となく見たことがある。過去の罪にさいなまれ、自分を責め、許しを乞うている。アンタレスやボアと同じだった。彼も何か、大きな十字架を背負っている。

 ふと、ボアの世話をしていたはずのカローラと目が合った。こちらの話を聞いていたのか、悲しそうに視線を逸らし、奥の方へと消えていく。

 フォローすべきだろうか? アンタレスが静かに立ち上がり、少女の後を追う。

 だから全身にほとばしった微かな電流に気付くことができなかった。



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