BW-0325事象<開腹処置>※3-4
「ねぇ? 何であんたって傭兵になりたいなんて思ったわけ? 全然向いてなさそうなのに」
≪どうしたんだ、突然?≫
「別に。ちょっと気になっただけよ」
ESライノがホバー走行でトレーラーへと帰投する最中、その腕に腰かけていたカローラがアンタレスに尋ねた。風に揺れる少女の髪、そこから見える儚げな表情。まっすぐな瞳がヘルメットの奥、アンタレスの真意をのぞきこもうとする。
彼の使命、生体兵器を全て駆逐する。嘘ではない。そう言うだけで良かった。だが信じると決めたカローラに対して、アンタレスは見せかけの仮面をかぶることを止めた。
≪罪滅ぼし、かな。昔、そして今も、俺のせいで多くの人たちが傷ついた。だから俺はその人たちのために戦い続けなくちゃいけない。俺の存在を、生きていることを認めてもらうためにね≫
「うわ、重っ! はぐらかされると思ったけど、そんなストレートに来られても普通にキツいし」
≪嘘じゃないと分かるのか?≫
「まぁね。第六感みたいなやつ? 二年位前から、人の感情がだいたい読み取れるようになったの。おかしな話でしょ?」
≪いや、信じるよ。君が俺を信じてくれたようにね≫
「……あっそ。またそうやって人を口説く。別にもう慣れたからいいけど」
カローラが呆れたように顔を逸らす。そこに嫌悪感はなく、どこか遠く、過ぎ去った何かを見つめようとしている。
「ま、あんたも傭兵やってるんだし、色々と人の生き死に関わってきたってことは分かるよ。それでいて、あんたは私が知ってるような傭兵たちとは全然違う。まじめで、甘ちゃんで、どうしようもないお人好し。じゃなきゃ罪滅ぼしなんて言葉、出てこないだろうし。私みたいな女の子限定とかだったら引くけど」
≪相変わらず言ってくれるな。……ところで、君の知る傭兵とはどういう連中だったんだ? 言いたくないなら言わなくてもいいが≫
アンタレスの問いかけに、カローラがためらうような表情を浮かべた。目を伏せ、唇を噛み、ゆっくりと口を開く。
「……傲慢で自分勝手で、人の不幸を何とも思わない奴、かな。二年前、私リオネジャネイロに住んでたんだけど、そこでテロに巻き込まれたんだ。テロリストが何か重要な医薬品を奪おうとして、それを運んでた傭兵と戦いになって。街のど真ん中で、銃声とか爆音とか、凄い音がたくさんして。人がいっぱい死んで、私の父さんと母さんも死んじゃった」
≪…………≫
「死んだ人の体がぐちゃぐちゃになってて、父さんも母さんもバラバラで骨すら残らなかった。当たり前だよね。テロリストも傭兵もみんなアヴィスーツを纏ってて、生体兵器用の武器をぶっ放っしてたんだから。気付いたら、私も肉の一部が削がれてた。痛みは感じなくて、ただ頭がぼーっとして、そのまま気絶しちゃった」
淡々と語られるカローラの告白を、アンタレスは静かに聞いていた。ライノの拳がわずかに軋む。
「目が覚めたら病院で、体は元通りになったけど、やっぱり父さんも母さんもいなくて……。とても悲しくて、怒りが湧いてきた。私たちをこんな目に合わせた奴に、報いを受けさせようとした。でも駄目だった。テロリストはみんな死んでて、傭兵も別の国に行った後だった。政府、国、雇い主の企業に訴えても知らぬ存ぜぬの一点張り。謝罪どころか、傭兵が国民を撃った事実はないとか、逃げ遅れたのが悪いとか、私たちが悪いみたいに言ってきた。何でそうなるんだろうね」
≪……その後、君はボランティア活動を始めたんだね?≫
「そ。はじめは傭兵たちを追いかけて殺そうとしたけど、私には無理だし、そんなことしたら連中と変わらないでしょ。だからせめて私と同じような人を助けようとして、あちこちの国に行ってた。バイオテロで被害にあった村とか、紛争地帯の難民キャンプとかね。私はまだ子供だったけど、どこも人手が足りなくて、すんなり手伝わせてくれたよ」
カローラが拳をゆっくりと握る。
「そこにもやっぱり傭兵がいたんだけど、まともな人はほとんどいなかった。フランスとかヨーロッパから来たみたいだったけど、あきらかに現地の人たちを見下してた。生体兵器やテロリストを退治しているからって我が物顔でのさばって、問題行動を起こしてもお咎めなし。権力かなんかで守られてたみたいだけど、いい加減にしろって話なのよ。偉そうなこと言ってても、結局人殺しには変わりないじゃない」
握り込まれた拳が、彼女の膝に叩きこまれた。
「なんで分かんないかなぁ? みんな同じ人間じゃん! 敵も味方もない。言葉とか肌の色とか、性格とか性別の違いみたいなもんでしょ? なのに自分勝手な都合で殺し合うなんてバカバカしいって話なの! それに巻き込まれて、傷つく人のことなんて何も考えてない! ほんと、ふざけてるよ!」
カローラが体を震わせ、ため込んだ感情を一気に吐き出した。ライノの腕が彼女にのびかけるが、血で汚れたマニピュレーターを見て思いとどまる。
≪すまない。俺たち大人のせいで、君たちをつらい目に合わせてしまった。本当にすまない≫
「だから、そうやってまた自分で抱え込むなっての。こっちこそ、いきなり怒鳴ってごめんね」
頭を下げたライノの胸部を、カローラの手が優しくなぞる。アンタレスを、そして彼女自身をなだめるように、カローラが微笑んだ。
「でも、あんたみたいな奴もいるんだなってことも分かった。テロリストに捕まってたって聞いた時はどうなることかと思ったけど、あんたは親身になってくれたし、さっきもちゃんと守ってくれた。癪だけど、あんたのおかげで、少しは前を向いていけそうな気がするよ」
≪っ! 俺は……、自分がしたいようにしてるだけだ。でも、一応礼は言っておこう≫
「えー? こういう時こそ素直に喜びなよ。折角私が褒めてあげたんだからさ」
≪君がもう少し、目上の人間を敬ってくれたらな≫
からかうようなカローラの言葉をアンタレスが咎める。だがその胸中は温かく満たされようとしていた。自分の行いが認められ、感謝される。それだけでアンタレスという存在が赦され、贖罪が果たされた気持ちになる。
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、あんたのこと信用してあげる。だから無事に私をここから連れ出しなさいよね。私もあそこにいる間は、家事とか手伝ってあげるからさ」
≪了解した。戻ったら一応ストームには謝っておけよ。あれでも俺たちの上官なんだからな≫
カローラの笑顔、ストームの忠告、ハルマゲドンとCIAの来襲。様々な事象が複雑に絡み合っていく。仲間の言う通り、彼女は敵のスパイで、先ほどの話も全て嘘なのかもしれない。それでも今は、目の前の少女を守りたいと思った。アンタレスは強く、そう願った。




