BW-0325事象<開腹処置>※3-3
「は? 何なのよこれ!」
≪黙って口を閉じろ! 舌を噛むぞ!≫
巧みな機動でESライノが剣の間をすり抜けていく。そのまま離脱しようとした矢先、目の前の地面から無数の生物が這い出してきた。全長3メートル以上の巨大なトカゲ、全身が鉛色の鎧のようなもので覆われ、尾の先が刃物のように尖っている。
≪くそ、よりにもよってソードリザードか≫
「何よそれ、ヤバいの?」
≪厚い装甲を纏うアヴィスーツに対抗するために生み出された生体兵器だ。銃弾を通さない鉄分とカルシウムで構成された生体外骨格、尾の骨が変異したブレード、どう猛な性格と仲間と連携を取れる知性と狡猾さ。アヴィスーツの天敵と言っていいほどの相手だ。君はライノの後ろにしがみついていろ。振り落とされたら死ぬと思え≫
「はぁあ! もう信じらんない! 厄日よ厄日! 死んだら絶対許さない!」
カローラが罵詈雑言を吐きながらライノの背部ユニットにしがみつく。その間に無数のソードリザードが俊敏な動きでライノたちを包囲した。
(ざっと確認しただけでニ十体以上はいる。どこかの勢力が投入したものが群生化、あるいは突然変異で抑制されていた生殖機能が発現したか。……本当にどうしようもないな、この世界は)
戦況を分析しながら、アンタレスが油断なく剣闘竜たちを見据える。みな飢えているのか、よだれを垂らしながら自らの尾に喰らいつき、突き立てた歯で剣を入念に研いでいる。もし狩られてしまえば、人肉のステーキが二つ、唾液まみれのナイフで切り刻まれることになる。
その運命を振り払うべく、ESライノがブースターに点火する。その瞬間、ソードリザードたちが白い鉄塊に殺到した。加速せず、体を逸らすことで無数の斬撃をかわしていく。ライノだけなら超加速で突破できる。だがそれではカローラの体が耐えられない。
飛びかかってきた複数の個体、脚部アンカーを地面に突き刺し、前方にブースターを噴射する。風圧とバックファイヤ、落下した敵を踏みつけ、蹴り飛ばし、アッパーカットを食らわせる。鎧ごと粉砕し、頭を潰し、内臓ごと千切り飛ばす。続けざまに突進してきたソードリザードをいなし、肩部シールドを土手っ腹に叩きつける。
まるで埒が明かない。数匹は仕留めたが、徐々に装甲に刻まれていく傷跡がアンタレスを追い詰める。そしてカローラの疲労と恐怖も、ライノの背中越しに伝わってきていた。ESライノの拳に力がこもる。
≪カローラ! これから奴らを一網打尽にする。俺が合図したら目を塞ぐんだ。いいね!≫
「ちょっ、何するつもりよ! あーもう! 分かったから早くして!」
≪了解した。いくぞ!≫
ESライノのカメラアイが輝き、左腕の盾型ジェネレーターが作動した。内部機構が著しく回転し、プラズマエネルギーが充填されていく。斬撃の雨をかいくぐりながら敵との距離を開け、右腕にマウントされた剣状の砲身をソードリザードの群れに向ける。
≪今だ目を塞げ! レーザーランチャー、ファイア!≫
フルチャージされた砲身から、青白い光の奔流が吐き出された。プラズマを纏ったレーザーが敵を次々と飲み込む。赤熱化した鎧が黒煙を噴き上げ、肉体が溶けだし、全身が蒸発する。十数匹のソードリザードたちが骨も残さず消滅していく。
≪敵生体兵器、約半数の消失を確認。残り10≫
「うっ、どうでもいいけど、さっさともう一発撃ってよ。酔って吐きそう……。もう一回くらいなら我慢できるから」
≪悪いがそれは無理だ。吐いてもいいから、しっかりとつかまっているんだ≫
ESライノが視線を向けた先、右腕のレーザーの砲身が焼けただれていた。それを見たカローラが絶望したような表情を浮かべる。敵地での退路確保、突入部隊への支援砲撃用に調整されたそれは、高出力ゆえに負荷も凄まじい。試作段階でも砲身の冷却が追い付かず、半ば使い捨ての兵器として開発が放棄されていた。
それを見逃さず、ソードリザードたちがどう猛な唸り声をあげて殺到した。尾の剣が突き出され、振り下ろされ、ESライノの背後からも数体が迫る。斬撃を両肩のシールドで受け止め、使い物にならなくなったレーザーランチャーを後ろの敵に叩きつける。怯む敵の首筋に手刀を突き立て、溢れ出る血に構わず喉笛を引きちぎる。
「うぇ、……もう駄目っぽい」
≪駄目じゃない。君は必ず守る≫
青い顔をしたカローラの言葉に応えながら、ESライノが仕留めたソードリザードの尾をへし折った。露出した骨のつけ根を片手でにぎり、左腕の盾型ジェネレーターで刃の汚れを払う。摩擦によって火花が散り、熱を帯びた刀身がライノの姿を投影する。そこに映る異物、突進してきた敵の首を跳ね飛ばし、切っ先を残りの群れに突き付けた。
白銀の装甲が月光に瞬く。カメラアイに紫の光がほとばしる。放たれる重圧にソードリザードたちが釘付けになる。一瞬の間。ESライノのプラズマジェットが一気に間合いを詰めた。敵を一か所に纏めるように外側から追い込み、次々と手足を切断していく。血飛沫が舞い、断末魔が響き、ESライノが敵の群れから離脱した。
右腕に持っていた尾の剣を捨て、もはや意味をなさないはずの盾型ジェネレーターを最大稼動させる。甲高い駆動音が吠えたけり、臨界点を超えた左腕が火花を散らす。
≪これは奢りだ。たんと喰らえ≫
取り外したジェネレーターを群れの中心に放り投げる。
≪カローラ、俺の前にまわれ。早く!≫
背中のカローラを胸の前で抱き寄せ、加速しながらシールドを後方に向ける。
そしてジェネレーターから光が漏れ、行き場を失った膨大なエネルギーが一斉に爆ぜた。
土砂、爆炎、肉片、凄まじい衝撃が空間を伝播する。白銀の装甲がビリビリと振動し、細かな破片が表面を打ち付ける。衝撃を正面から受け止めた肩部シールドが冷却液が噴霧し、爆発の熱と摩擦を相殺した。
再び大地に静けさが戻る。そこに残っていたのは地表に穿たれたクレーターと、もうもうと立ち込める噴煙のみだった。遠く離れた場所でESライノが停止し、傷ひとつないカローラを地面に下す。
≪敵のせん滅を確認。椀部レーザーランチャーと背部ユニットの一部が損壊。装甲のダメージレベル、イエローゾーン。帰還に問題はなし。……よく我慢してくれたな、カローナ。今度こそ戻れるぞ≫
「ねぇ? あんたって、いつもこんな無茶苦茶なことしてるわけ? まじめでバカで、破天荒な行動を繰り返す傭兵のオジサン。呆れてものも言えないわ」
≪心外だな。俺はいつでも最善最適な方法を取っているつもりだ。そうやって君を守ることが出来た。本当に良かったよ≫
「……あぁもう限界、ついていけない。……うっ!」
≪お、おい。大丈夫か?≫
「大丈夫じゃないわよ、バカ……」
這いつくばり、口元を拭いながら、カローラが戸惑った様子のライノ、その中のアンタレスを睨みつける。だがその口元には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。




