BW-0325事象<開腹処置>※3-2
小型端末に映し出される液晶の宇宙、その一点に輝く星に向かってESライノが疾走する。観測地点、闇の中でとぼとぼと歩く少女を捕捉し、瞬く間に追い抜く。直後に急旋回、ブースターの炎が軌跡を描きながら運動エネルギーを相殺し、信号の発信源へと到達した。
≪何をしているんだ? ここは危ない。早く戻ろう≫
「その声、アンタレスだっけ? 何でこんなに早く居場所が分かったわけ? 最悪なんだけど」
背中にバックパックを背負ったカローラが、バツが悪そうにつぶやいた。
≪そうだな、匂いをたどってきた、とでも言っておこうか≫
「うわ、キモっ。どうせ発信機か何かつけてたんでしょ。とても信用してほしい相手にすることじゃないと思うんだけど?」
≪……、それに関してはあやまる。みんな君が心配だったんだ。君が眠らせたストームも含めてね≫
敵意のこもったカローラの視線を受けながら、アンタレスがはぐらかすことなく謝罪をする。その真摯な態度が、カローラの感情を爆発させた。
「は? 何よそれ! 意味分かんない! だいたいアンタ、ことあるごとに仲間仲間言ってるけど、あのストームって奴とはずっと険悪なムードだったじゃない。ヴァイパーって人もずっと具合悪そうなのに無理してるし、あの寝たきりの人だってまるで死んだように動かない。あんたらそんな状況で本当に互いが仲間だって認識してんの? そんなのに私を巻き込むなって話なのよ!」
≪…………≫
「どうせ私だって何か利用価値があるから手元に置いておきたいだけでしょ。私が何も知らないって分かったら、あんたもあいつらも手の平を返すに決まってる。そんな連中、どうやって信用しろっていうのよ!」
本当によく見ているな。ESライノの胎内で、アンタレスはカローラの洞察力に感嘆していた。当初こそアンタレスは部隊の人間を仲間だと認識していた。それが今ではストームに脅迫され、同士討ちをしかけてきたボアには関心を失い、そんな彼を気遣うヴァイパーとも溝ができてしまっている。
≪確かに、簡単に信用してもらえるとは思っていない。部隊がギクシャクしていて、君が不安に感じるのも仕方がない≫
「またそうやって言い返しもせず、謝って済まそうとする……。それが勝手だって言うのよ。だったら私だって勝手にする。生きようが死のうがあんたたちには関係ない。あのままあそこにいるぐらいなら、野垂れ死んだ方がマシよ!」
激しい罵倒が超重量を誇るはずのライノすら吹き飛ばしそうな重圧を放つ。カローラの怒り、不安、恐怖。その全てがアンタレスを真っ向から拒絶していた。
≪なるほどな。分かった、ならそうすればいいさ。俺も俺で勝手にさせてもらう≫
「えっ?」
≪たとえ君に嫌われようと、拒まれようと、俺は君を絶対にこの場から助け出す。もう誰も生体兵器の餌食にしない。馬鹿げた戦いの犠牲者にしたくない。俺の巻き添えを食わせない。誰かのためなんかじゃない。俺は俺のために君を守る。それがまぎれもない本心だ≫
アンタレスの言葉にカローラが動揺する。信じられないような内容に彼女は思わず叫んでいた。
「……ふざけんじゃないわよ。あんた傭兵なんでしょ? そんな正義の味方みたいな理屈で今まで戦ってきたわけ?」
≪正義じゃないさ。俺のエゴをまわりに押し付けているだけにすぎない。君の言う傭兵の様に、自分の利益のために他人を食い物にする。そうして自分の有用性を証明する。多分あの部隊の連中も俺と同じだ。譲れない何かのために、自分の勝手のために戦っている。だから俺も彼らをいまだに仲間として信じられるんだと思う≫
「知らないし、そんなの……。あんたがそう思ってたって、相手はあんたのこと利用してるだけかもしれないじゃない! それでも、あんたあの人たちのこと信じられるの?」
≪生死を共にしてる限りは信じるさ。でも、もし連中が牙を向けてくることがあれば、俺はためらいなく報復にでるつもりだ。君に手を出そうとすればなおさらね≫
「……ワケ、分かんない」
≪分からなくていいさ。所詮は俺が好きでやってることだ≫
ESライノから放たれる言葉がブレることはない。どっしりと、それでいて鮮明に響き渡る。静かに、カローラがうつむきながら肩を震わせる。
「……じゃあさ。もし私がここから逃げ出したいっていったら、あんた私と一緒に逃げてくれるの?」
彼女のつぶやきに考え込むような仕草を見せ、白銀の鉄塊が天を仰ぐ。
≪今は駄目だ。果たすべき使命がある。でもこの作戦が終わって、それでも君がどこかへ逃げたいのであれば、俺は君に手を貸すよ。その時は、俺も逃げたくなってるかもしれないしな≫
カローラ、それよりも遠くの星々に語りかけるように、アンタレスが自身の気持ちを吐き出した。
少女の肩の震えが大きくなる。腹を抱えてよじれはじめ、やがてプッ、と噴き出した。
「何よ、何よそれ。ただのバカじゃん! お利巧さんの真面目くんかと思ったら、底抜けのバカで、女たらしで、夢見ちゃってるオジサンだったなんて、ほん、とーにダサいよ!」
ゲラゲラと笑い出し、カローラが好き放題に罵倒する。だがそんな彼女の目尻には、涙の滴が浮かんでいた。
「オジサンの言うこと聞いてたら、こっちまでバカバカしくなっちゃった。こんなつまらないことで死んだら、それこそ私の人生何だったのって感じになっちゃうし。……いいよ。スッキリしたし、今回はオジサンに免じて許してあげる」
≪君に許してもらうようなことはしてないんだけどな≫
「したよ。何かとまでは言ってあげないけど」
≪何だよ、それは≫
「さぁ、何でしょう?」
自然と二人の顔に笑みが浮かぶ。互いの感情をぶつけ、分かち合い、歩み寄ることが出来た。距離が近くなったことで感じられた温もりが、彼らの心を満たしていく。
唐突に、腹の鳴る音が響いた。
「えっ? ちょ、ちょっとアンタレス。ここでそれなの。また私のこと笑わすの止めて欲しんだけど。お腹痛くなっちゃう」
カローラがにやにやしながらESライノに目を向ける。その巨体がカローラに急接近し、彼女をかばうようにして抱きかかえた。
「ちょ、何よ突然!」
≪まずいことになった。どうやら君の匂いにつられたのは俺だけじゃなかったらしい≫
またも腹の鳴る音が響いた。
焦るアンタレスが周囲を警戒し、不安を感じたカローラがライノの装甲にしがみつく。
腹の鳴る音が響いた。腹の鳴る音が響いた。腹の鳴る音が響いた。
大地が震え、無数の飢え、具現化した食欲の咆哮が徐々に迫ってくる。
腹の鳴る音が響いた。腹の鳴る音が響いた。周囲から腹の鳴る音が響いた。
ESライノがブースターから爆炎を噴き上げる。
地中から無数の剣が突き出された。




